第104話 プール・パレード 一幕の二
斬りかかられながら、シンコウは相手を観察する。
(なるほど、強い)
相手……なんだか奇妙な人型の神威。
シンコウは目が見えない。だが、相手の姿を捉える術の多さは、目が見えている者の比ではなく多い。
その感覚が、相手の強さをはっきりと捉えている。
相手の得物、唐突に伸びた腕部分の神威を『武器を生成した』と判断するならば、おおよそ
幅は
そして剣は一つだけではなく、左手にも出現しているようだ。
そちらは
大小二刀使いの、神威の塊の剣術使い。
おそらくその身体能力を神威で強化しているのだろう。迫り来る速度は速く、力もありそうだった。
シンコウは──
左手をサッと動かしていまだに握っていた鞘を放し、同時に短い方の刀の柄を掴む。
すでに抜き放っていた大刀の鞘が火山のふもとの黄土色の地面へ落ちていく音がする中、左手に握った小刀の刃部分で相手の剣を受けた。
受けると同時、鞘が相手の一撃によって砕かれる。
あらわになった刀身はやはり禍々しい黒。異様な気配がある、反りの少ない二尺ほどの刃。
そこに受けた勢いから、シンコウは相手への評価を改める。
(強い、ではなく、すさまじく強い)
戦いの最中のシンコウの思考はこのように、どこか俯瞰的であった。
それは
愛神光流は、弱者が強者に立ち向かうための剣。
想定する敵は常に己よりも強き者。
強い、とは何か?
強い者とは、力が強く、動きが速く、技に優れ、手数が多い者。すなわち、まともに対抗しようと思っても、決して対抗できない者を指す。
であれば、そのような相手に対応するにはどうするか?
シンコウがたどり着いたのは、理外の理念であった。
相手に任せる。
戦闘という状況において、必ず、相手は自分へ働きかけてくる。
で、あるならば、相手が振るった刃、あるいは打ち込まれる道術、もしくはもっと他の兵器であろうが、その勢いを受け止めず、殺さず、勢いに乗って方向を変え相手に返すというのが、圧倒的弱者が圧倒的強者に立ち向かうための唯一の方法である──と、シンコウは考えた。
ゆえに、逆らわない。殺さない。抵抗しない。
自分の動きを俯瞰し、他人事の如く見つめる。
それこそが愛神光流の『観の目』であった。
シンコウは左剣で受け止めた相手の勢いのままに回り、右手剣で相手の首を横薙ぎにする。
それは奥義
だが、剣聖に言わせれば、『さあ、奥義を放つぞ』という気概で放たれるものは、まだ奥義とは呼べない。
奥義とは、流派の術理と理念の集大成。
で、あれば、動きすべてに自然と奥義が宿ることを志すべきなのだ。
ゆえに剣聖の動きはすべて奥義。極まった術理、身についた理念、ただ自然と動くだけですべてが必殺となる。剣の聖とはその領域に身を置く者である。
だからこそ、剣聖はわずかに驚く。
剣聖シンコウの動きには相手を生かそうという情緒などなかった。
であるならば、その動きを振るわれれば相手は死するが必定。だというのに──
相手の二撃目。
神威の剣士は首に迫った一撃を左手の剣で受けた。
瞠目に値する。なぜならシンコウの技は相手の力を受け、それに乗って放たれる。すなわちカウンターが成立した時点で相手の体勢は致命的に崩れているのだ。
だというのに受けた。
さらに、崩れた体勢のまま反撃までしてきた。
振るわれるのは、シンコウの剣を受けた敵方左剣。
剣を弾く反動を乗せての投擲である。
二刀の剣士と思われた相手は、左手の剣を迷いなく投げ放ち、シンコウの頭蓋を貫かんとする。
あまりにも思い切りがいい。
そのうえ、その投擲、あまりにも速い。
シンコウの額に投げられた左剣が触れる。
同時、シンコウの体が縦に回転。後ろへ倒れ込むような勢いでくるりと低い宙で一回転し、そのまま足先で相手の顎を蹴り上げんとす。
神威の剣士、跳びずさってこれをかわし……
はらり、とシンコウの目隠しが落ちる。
二者のあいだに、距離と時間が生まれた。
「……なるほど。我がフラガラッハが力を貸すわけだ」
最初の狂乱しながら剣を求めていた様子はどこへやら。神威の剣士は極めて冷静な口調でつぶやいた。
かすかにかすれたハスキーな声。声の位置から、女性にしては高い身長なのがうかがえる。
体も分厚く肉感的であろう。剣が合った時の音から察するに、全身に体をぴったり包むような金属鎧をまとっている。
「そなた、
冷静になった神威の剣士の口調は、どこぞの高位の名家の武士であるかのような雰囲気があった。
真面目な性格なのが、声の固さからはうかがえる。
シンコウは、応じた。
「奴隷出身ゆえ『名乗り』ができるほどの血脈はあらねど、我が名はシンコウと申します。世間では剣聖などと呼ばれており……おそらく、現在、この大陸でもっとも多く人間を斬った者ではあるかと」
すると、相手はかすかに笑む。
「なるほど。……私も奴隷出身ゆえ、滔々と語れる家名などはない。が、この身は幼少のころ我が王に救われ、我が王の目的のために存在する、我が王の剣。その銘を……ここでは、もともとの名である、『ルウ』と名乗ろうか」
「随分と理性的でいらっしゃいますね。どうにもあなたの気配、妖魔のもののようにお見受けしますが」
妖魔とは、その時代のマジョリティに敵対する脅威の総称である。
だが、世界から妖魔と認められた者には、ある共通点が生じる。
それは、『その身が神威の塊になること』。
意思と命を持つ神威生命体こそ、世間一般で言われる『妖魔』の定義であった。
その定義でいくと、ルウは明らかに妖魔だ。
ルウは、軽くため息を吐き出す。
「そのようだ。どうにもこの世界は、世界にとっての敵対者を魔力エネルギー生命体に堕とす法則があるらしい。だが、我々は人だ。この世界を欲して、あなたたちのとっての『異世界』から来た、人だよ」
「つまり、侵略者ということでしょうか?」
「確かにそうだ。……だが、我々の侵略は失敗し……私は封じられ、こうして、我らが王のいない地上でまた復活した。ゆえに、王の形見であるフラガラッハの返却を求める。それは、私が何より大事な人からもらった、命よりも大事なものなんだ」
「……剣を返せば、我々は争う必要がない、と?」
「その通りだ」
「なるほど」
シンコウは手の中の刃の握りを確かめ……
微笑む。
「お断りします」
「……なんだと?」
「大義名分を語らば、あなたは敗北者です。それが奪われた戦利品を無償で差し出せというのは、いかにも身勝手がすぎるかと」
「……」
「さらに言えば、あなたは侵略者かつ妖魔です。クサナギ大陸に生きる者として、そのような存在に、『力』を返すわけにはまいりません」
「……なるほど、道理だ」
「それに何より」
「……?」
「わたくしは、あなたのことを好きになりました。ゆえに斬り合いましょう」
そこでルウが眉根を寄せたのは、戸惑いからだった。
目の前の女が何を言っているかわからなかったのだ。
……ルウ。
異世界勇者のパーティメンバー。
彼女はそのパーティの中では生真面目で常識的だった。
だからわからない。
強者を好み、強者を斬る感触を確かめることを好み、それを当たり前のように求めてくる逸脱者の思考など追えるはずもない──
逸脱者は聖母のように微笑んでいた。
「妖魔というのは神威の塊。通常の手段では殺せぬと聞きます。ゆえにこそ──殺しましょう。あなたが死ぬまで幾度でも」
「……そうか、わかった。あなたは……頭がおかしいのだな」
「わたくしは、目が見えませぬゆえ。刃でしか世界を観測できぬのです。普通の人々が花を愛でてその色を見るように。月を見上げて叢雲の影に想いを馳せるように。愛しい人と見つめ合って愛の誓いを交わすように──愛するものに刃で触れる。ただそれだけのことなのですよ」
「……戦狂いめ」
「では、睦み合いを始めましょう。きっと我々は、良いものを育んでいけるはずです。……さ、いらして?」
侵略者と逸脱者は、改めてわかりあえなさを分かち合って、刃を構える。
緊張感が高まっていく。
空気がねばつくような、二人のあいだにとてつもない重さが集まってくるような、そういう感覚があたりを包む。
だが……
「おい」
その空気に割って入る、風があった。
シンコウとルウが視線を向ける。
そこにいたのは……
「この俺を有象無象の雑魚が如く無視するとは、どういう了見だ? 貴様ら──この俺を馬鹿にしているのか!」
この明らかな大一番に、存在を『いないもの』として扱われるなど、この男が我慢できるはずもない。
侵略者vs逸脱者の戦いに、煽り耐性ゼロ男が乱入する。
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