side7-1 熚永アカリ、パートナールート前編

この話は「和風ゲーム世界悪役令息の憤怒」本編では死亡したクーデター系狙撃アイドル熚永ひつながアカリをパートナーとして確保し、彼女とともに帝都騒乱の仕掛け側になったら? というIFです。

普通に騒乱後のアカリ生存ルートを書こうかなと思ったら、生き残る未来がなさすぎて転生開始時からパートナーに選ぶIFを書く羽目になりました。

あと梅雪ばいせつの人格でアカリとうまくいく未来がなさすぎたので、『中の人』がアカリを強烈に推してるIFになります。

ありえんIFすぎてかなりいろいろ変わっていますので、本編とはまったく別物です。

ご注意ください。


この話は前後編。

こちら前編です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(まァいい。得た知識をもとに真っ先にこの俺がすべきこと、それは……熚永ひつながアカリとの接触だ!)


 熚永アカリ。

 ゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんにおいては『永遠の十八歳』を自称する年増系アイドルである。

 実際の年齢はわからない(ユニット全員ぼかされているので年齢不詳はアカリのみの特権ではない)が、やりすぎなぐらいあざとい言動と、自己愛と自信に満ちたアイドルムーブが特徴的なユニットである。


 詳しい経緯はゲーム中では描写されなかったが、帝都騒乱、ようするにオープニングで一行だけ表示される『帝、弑逆しいぎゃくされる』の事件において、なんらかの活動をしたらしく、三種の神器のうち一つを確保している。


 登場時は熚永家という大名家の当主であり、ゲームにおいては特殊ユニットに分類される『弓兵』ということになっていた。

 クソデカ弓を体いっぱい使って引く(足を弦につけて両手で弦を持ち上げるようにして引く。レアエフェクトで矢と一緒にアカリが飛んでいくというものがある)モーションが特徴的であり、行動するたびいちいちお花のエフェクトが散るので画面がうるさい。

 ボイスはない(このメーカーのゲームにはボイスがない)が、すげぇあざとい鼻にかかった声でしゃべってるであろうことが予想できる、あざとすぎてウザいまであるセリフの数々は多くのプレイヤーに『BBA、無理すんな』と言われた歴史を持つ。


 だが……梅雪の『中の人』は考える。


〝だから、いいのではないか〟


 もしもこれが『かわいい女の子』としてお出しされていたら、ちょっと『かわいい』を狙いすぎていて、引いてしまう。


 だが名門熚永家をクーデターでとり、なんか知らんけど帝が死んだどさくさにまぎれて三種の神器を手に入れており、あざとかわいい言動とどう見ても十代中盤のグラフィックでBBA扱いされ、しかも自称『永遠の十八歳』。


 ここまで『いや、その経歴でアイドルは無理がないか?』みたいな盗人畜生経歴を持つ自称十八歳だからこそ──あざとかわいい言動を素直に受け入れることができるのだ。


 そして連れまわしてイベントをこなすうちに、中身が戦国時代豪傑の自称十八歳アイドルが癖になっていく。


 梅雪の『中の人』もアカリが癖になってしまったうちの一人であり、ほぼ自我は統合されたが、アカリへの愛だけは梅雪の言動に影響を与えるぐらいに残っていた。


 梅雪視点では呪いのようなものではある、が……


 確かに、アカリを確保する、氷邑ひむら家としてのメリットもあるのだ。


 アカリは三種の神器を確保する。

 すなわち、帝弑逆になんらかの関連があり……


 プレイヤー知識では、帝が弑逆された事件の詳しいことがわからない。

 だが、重大な事件であることは間違いない。


 そこで、戦国時代の幕開けとも言える帝弑逆事件の情報をいち早くつかむ目的でも、アカリと接触、可能なら協力関係を結ぶことには、一定の理があると言えた。


 というわけで……


『この梅雪』は、阿修羅あしゅら確保より先に、アカリに協力を申し出ることにしたのだった。



「あのぉ、アカリさん、また花が届いているんですが……」


 アカリはこの時期、帝都火撃かげき隊トップスタァの一人であるため、公演ともなればアカリ個人に宛てた花が届くなど珍しくもない。

 だが、世話人マネージャーの言葉のイントネーションでわかる。


 またあいつだ。

 また、氷邑梅雪あいつからの花が届いた……!


「いやいやいや……だから不気味すぎなんだってば……! そりゃあ、アタシは宇宙一カワイイけどさァ!? あのでしょ!? なんで急にアタシの聴衆ファンになってるわけ!? 何があった!?」


 アカリは熚永家、すなわち氷邑、七星ななほしと並ぶ帝の御三家のうち一つの縁者、かつ家宝を託されるほどその才覚と実力を評価された秘蔵っ子である。

 なので当然、氷邑梅雪の狼藉の数々にも聞き覚えがある。


 これが唐突に公演のたびにを贈って寄越すというのは実に不気味だった。

 氷邑家の権力でゴリ押しして直接会いに来ない、その微妙な奥ゆかしさもまた不気味である。噂に聞く梅雪の性格であれば、アカリのファンになったなら、実家の権力と金の力でゴネてアカリを呼びつけるぐらいはやってのけそうなものなのだ。


「ど、どうしましょうアカリさん……氷邑梅雪、ファンクラブの順位もどんどんあげています……」


 アカリは愛されるのが好きなので、自分のファンクラブに『ナンバー更新制度』を導入している。

 それはアカリへの貢献によって毎週順位が変動するというもので、クラブNo.1の座は『古参だから』という理由で維持できないようになっていた。

 これによってファンどもは他のファンにマウントをとるため異常に熱狂し、競ってアカリへの愛を示すという状況を形成していた。


 が、それがあだになった。


 氷邑梅雪──

 実家が金持ち。


 もちろん貢献させるからには見返りリターンも用意するのが真のアイドルというもの。順位によっては秘密公演シークレットライブのチケットが贈呈されたり、握手会、そしてそののNo.1ファンには、アカリとの食事会チケットさえ与えられる。


 アカリはあくまでもかわいさと歌や踊りといったパフォーマンスによって人々を夢中にさせている自負があるので、ただただ搾取するだけということはしない。貢献には見返りをという基本原則は守っている。


 そして氷邑梅雪、実家が金持ちなので、金の力でファンクラブで無双し、このままだと食事会チケットを贈呈しなければならない。


 明らかになんらかのおぞましい計画を感じる急な、そして急激な投資である。

 貢献度の料金設定について、御三家の財力など想定していない。せいぜい御三家に仕える剣士がアカリを推す以外の趣味に費やす金を失う程度の料金設定である。

 つまり御三家の財力を直接引っ提げてきた時点で、勝利は確定なのだ。


「っていうか息子が身代傾ける勢いでアタシのこと推してんだけど! 現当主はどういう気持ちで息子がアタシを推してるのを見守ってるわけ!?」


 何より氷邑家現当主・銀雪ぎんせつの気持ちがわからなくてアカリは怖くなってきた。


 ちなみに銀雪は無軌道に全部与えているようでいて家が傾かないだけの備えは残している。アカリが読み間違えているのは『梅雪が家の身代を傾ける勢いで推している』ということであり、氷邑家はこの程度では傾かないのだった。


 意味不明と意味不明が協奏曲を奏で始める状況……


 だがここでアカリは、ある結論を閃く。


「……もしかして……氷邑家の悪童を、アタシのかわいさで改心させた……ってこと?」


 そう、アカリは完全無欠のアイドルである。

 そのかわいさは冗談でなく他者の人生を変えたことが幾度もある。


 氷邑梅雪。なるほど悪童としてその名が帝内ていない地域に轟いている、が……


 それさえも、熚永アカリに浄化された可能性は、充分にあった。

 いや、『充分にあった』というか──


 あの梅雪が一心にアイドルを推すきっかけを与えられる存在など、天上天下すべてを見渡しても、この完全無欠にして究極無比の世界一かわいい、歌も踊りも芝居も最高のアイドル、熚永アカリ以外にありえない。


 その結論にたどり着いて、熚永アカリはニヤニヤし始めた。


「ふゥん……なら、しょうがないかァ。ファンならしょうがないよねェ。しょうがねぇなァ、会ってやるか、氷邑梅雪に……ファンならしょうがないもんねェ」


 熚永アカリ──


 推されると、チョロい。

 愛されることが大好きな、自己愛の化身であった。



 かくしてアカリとの食事会チケットを手にした梅雪は、一等いい着物を仕立てさせ、最高の馬(大名の移動手段として馬を育てる風習はないので、金の力で手に入れた高級品)に乗り、土産の行列を引き連れて帝都に向かうことになった。


 帝への献上品の行列にしか見えないこれは、すべて熚永アカリへのプレゼントである。


 なお、この梅雪……


 アカリ攻略に夢中なので、阿修羅を連れ戻したり、剣聖に連れ去られたウメ(ゲーム本編ではトヨ)を連れ戻したりといったことを



 食事会での梅雪の振る舞いは完璧であった。


 たくさんのプレゼントを渡し、ゲスト側だというのにホスト側のごときもてなしをし、さらに熚永アカリをとにかくほめちぎった。


 梅雪はすべてを煽りとみなすセルフ認識阻害男である。

 彼は基本的にステータスが見える相手、すなわち自分のために命を懸けられる味方しか信用しないし、味方以外には甘くないが……


 ファン心理は、すべてを塗りつぶす。


 むしろアカリに煽られるならそれは御褒美であり、アカリが気に入らない点を備える自分が悪いのだと反省までするほどであった。


 心の底からファンなのだ。


 そしてアカリは、人の好意の真偽を判別することができた。


 彼女は『熱視線』と呼ばれる温度を見る魔眼を持っている。

 これによって人の体温の上昇などを見続けてきた人生が、彼女に『本気で推してる者を前にした時の人間の体温の変化』を学習させていた。


 つまり、梅雪が『なんらかの企みをもってファンのフリをしている』のか、『ガチ推し』なのか、


 その結果、ガチ推しであった。


 まごうことなきガチ推しであった。


 むしろ、ガチ推しを通り越してガチ恋かもしれないとさえ思うほどだった。


 ところで氷邑梅雪、この時期まだ十歳の、銀髪碧眼の美少年である。


 アイドルなんてしているのでアカリもルッキズムに囚われたところがあり、まあ、ようするに、


 しかも相手は御三家という名門を背負う後継者。つまり将来エリートになることが確定している御曹司である。

 顔よし、家よし、将来性よし。しかも話してみれば悪童ということもなく、むしろ年齢に見合わぬ紳士っぷりであり、最近は努力して道士としての技能も極めつつ、剣の鍛錬もしているのだとか。


 そういう少年にガチ恋トーンで、大量のプレゼントを捧げられながらもてなされると、どうなるか?


(あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~……やばい、


 美少年の初恋を奪ってしまったかもしれないという背徳感。

 精一杯の背伸び感をやや残しながらも、如才なくもてなす手腕。

 あと、顔。


 それらすべては、長年アイドルとして多くの者から愛を捧げられて来たアカリをして初体験と言えるほどの、脳を焼かれる気持ちよさであった。


 かつて、家で弓の才能を見せた時に感じた、すべての者の賞賛が集まる、あの感覚……

 ぶっちゃけ、


 家中の賞賛が集まったあの日より、アイドルとして数万人の歓声を一身に集めた日々より、美少年にガチ恋されて貢がれる今が、一番気持ちいい。


「──そういうわけで、今後も推させてもらいますね」

「アッハイ、うん、うん、もう喜んでっていうか、むしろアタシが推す勢いでぇ」

「はい?」

「ううん。なんでもないの。ね、次の秘密公演シークレットライブのチケットあげる。っていうかもう、顔パスにしとく。だから……またこうして、会おうネ?」

「いいんですか!? 是非!」


 物語本編のウメやアシュリーあたりが見れば『誰だコイツ』となりそうなほど屈託のない笑顔を浮かべて、梅雪はアカリの言葉に応じた。


 こうして、どっちが推してるんだか、どっちが囚われてるんだかわからない関係性ができあがり……


 ……この時間軸、世界線においても、『中の人』が入ったのは梅雪のみではなく。


 また、アカリを推す者として恥ずかしくないよう、真面目に鍛錬を積んでいた梅雪の実力が、銀雪に評価されるに至り……


 夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことから梅雪への婚約話が入ったのは、この食事会から一週間ほどあとのこととなる。


 帝都騒乱が、本編とは違った形で、開幕する。

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