★800記念side IFストーリーズ
side6 夕山姫の逃避行
これはゲーム
この話は本編とは以下の点が異なります
1、登場するキャラクターは全員18歳以上です
2、夕山(カンナ)に『中の人』はいません。普通に世間知らずの箱入りお姫様です。
3、梅雪にも『中の人』はいません。
4、梅雪一党は帝都にいません。氷邑領都にいます(パパ暗殺後)。
5、ムラクモがカンナを誘拐する勢力に回っています(でも欲望が庇護なので守ってはいる)。
6、あとなんか微細にいろいろ違います。
あとゲーム本編梅雪はざまぁされるためだけに育ってきた悪人であり、夕山は名前もわからず凌辱死するだけのお姫様です。
そのあたりの要素がダメな人はご注意ください。
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帝都騒乱──
ゲーム本編において『帝が死にました』以上の情報がまったく語られないこのイベントは、以下のような原因・順序で起こった。
まず、帝が暗殺された。
これを成したのは家老であった
本編よりほぼ十年後にあたるこの時代、帝は家老が巧みに政務を回して疲弊させていたことにより、本編より注意力などがなかった。
義兄である隠密頭の行方不明、それに伴い相次ぐ血縁者の死、民衆の蜂起運動が起こり続けてこれを収めるために疲弊しきっており、さらにこの時期になると帝都
火撃団は帝の祖の逸話を伝える中で劇団化した、帝の祖の理念と威光に従う集団である。
この時期に(家老の裏工作によって)荒れ果てていた帝都を治める帝には、『祖の顔に泥を塗っている』という理由であまり協力的ではなかった。
裏事情として歌劇団には民衆の出身者が多く、その時の指導者もまた民衆の出身であったので民衆蜂起がおこるぐらい民から評判の悪い帝のことは、民衆出身の歌劇団内でも嫌う声が多く、帝にある程度の敵意を表明しないと団がまとまりにくい状況にあった──という背景もある。
他に帝の疲弊の理由として、御三家たる氷邑家の当主
この当時のアカリは火撃隊所属エースでもあったので、帝、というよりその妹に反抗的なアカリの意思もあって火撃隊が帝と険悪だったというのはある。
そういった中で疲弊の隙を突かれて帝は
まともに戦っても勝てないほど優れた剣士を殺すには、こうすればよい。
帝を『何をしても、どうしても、民はわかってくれないし、平和だった帝都も帰ってこない。頼りの御三家もダメになっているし、いつまでも力を尽くした政務は終わらない。もう、死んでしまったほうが楽なのではないか』という気持ちにさせたがゆえに、うまくいった。
謀略により生きる気力を奪う。
これが強い大名剣士の殺し方であった。
かくして、最初に、帝が弑逆された。
そして家老七星義重が動き出す。
家老・七星義重の目的は二つあった。
一つはもちろん、三種の神器の確保である。
帝の家に伝わる三種の神器というのは、三つそろうと戦略級兵器になると言われている。
具体的には衛星から超質量物体を狙った場所に落とすタイプの兵器であり、鏡でマップを表示し、勾玉で通信し、剣で狙いを定めて放つと、こういうものである。
しかし具体的な操作方法、役割などは代々の帝にのみ口伝で伝わっており、これを帝に吐かせる過程で抵抗されては勝てないので、義重はとりえあず邪魔な帝を殺し、神器を確保しようと動き始めたのであった。
そしてもう一つが、帝都の掌握、次の帝になるというものだ。
その血縁的正当性のために残しておいたのが夕山であり、家老は三種の神器をそろえ、帝の妹と祝言をあげ、帝の領地をまるまる支配するのが目的だった。
ところが義重にも計算外が二つあった。
一つは
この者らは妖魔をボールに入れて運搬するという秘儀を使う。そのため、どこでも巨大妖魔をいきなり出現させることができるという、手の内がバレるまでに限り、かなりの者に対応不可能な奇襲が可能な存在であった。
荒夜連のとある女性が、亡くなった先輩の意思を継ぐために荒廃し滅びた母校の復活を企図し、三種の神器を狙って帝都に潜んでおり、混乱に際して素早く妖魔を放って帝都を混乱させたのだ。
もう一つの計算外が熚永アカリの市民蜂起扇動である。
この扇動は義重自身がコントロールしていたつもりだったのだが、実際にコントロールしていたのはアカリであった。
義重は政務によって『上がってくる問題をあえて解決せず、いいタイミングで一気に噴出するようにコントロールする』という方法で、帝を文字通り忙殺した。
だからこそ帝都で起こる問題をすべて管理下においていたつもりだったし、これらを『解決のための情報が欲しい』という名目で隠密衆によく調査もさせていた。
だが、帝都の隠密衆も、家老義重も、アイドルのライブはチェック範囲外だった。
アカリはシークレットライブと歌による刷り込みで人々を扇動し、多くの人たちに『推し活』の一環としてクーデターや情報収集をさせていた。
これを知った人がもしクーデターの中で熚永アカリのファンを捕まえて、その活動動機を聞いたとしよう。
『アイドルの推し活で帝都混乱工作をしてました』
こういう自白があったとして、果たしてこれを
そのアイドルが『帝都を守る者の象徴である帝都火撃団のエース』であり、なおかつ『名門熚永家で家督をとった女傑』であれば、帝都で警備にあたるような権力機構の中に強く組み込まれた武士たちからすると、『何を言っているんだお前は』と思うことだろう。
それでも真面目な者は、『こんな報告を上げたら怒られるかも』と思いつつ、上に『捕まえたヤツがアイドルの推し活で破壊工作をしてたらしいんですけど……』と報告するだろう。
報告された上司からさらにその上の上司に行くこともあるだろう。
その上の上司から、もしかしたら家老にまでのぼる可能性も、あるかもしれない。
家老の耳に『民衆蜂起の一員がアイドルの推し活が動機だって言ってるんでけど……』という報告を上げて、自分の正気を疑われることや、その後の自分の進退を恐れない者も、きっと人口が多ければいるだろう。
ではそうやってようやく届いた一つ二つの知らせが果たして、家老の耳に届いた時に、まともに取り合われる可能性はどのぐらいだろうか?
結果から見れば義重は情報の取捨選択を間違えたと言える。
だが、その時の義重の立場からすれば、そんな戯言をまともに取り合う方がどうかしている。
結果として義重は、『まったく影も形もないのにいきなり東北の秘境から出て来た秘儀使い』と『熚永アカリ』という重大な要素を見逃すことになった。
かくして義重は神器を一つしか獲得できず、他二つの神器はそれぞれ、熚永アカリと荒夜連の女性が奪うことになる。
そしてこの動乱の中で義重にはもう一つ、帝になるために必要な一手があった。
それが帝の妹である夕山の確保である。
この時、夕山神名火命は年齢にして二十代前半。十二歳の少女に五十男が欲情するよりはまだ言い訳がきく年齢である。
帝にかわいがられていたのもあり、また、家老をはじめとした家臣団がそう望んでいたのもあり、この年齢の高貴なる姫だというのにまだ輿入れをしていないので、狙い目である──
というか、この時のために、家老が誰にも手付かずの状態を維持してきたとも言える。
そして義重は三種の神器奪取をあきらめ、神器剣アメノハバキリだけを手に、次は夕山へとその魔手を伸ばすのだが……
この時は帝を殺したのですぐさま神器確保に出向いたため、本編とはタイミングが前後した。すなわち……
夕山の護衛であるムラクモに、『何かが夕山の身に起こる』という予感を覚えさせるのに充分な時間を与えてしまった。
そして梅雪と夕山のデートがなかったので、ムラクモは夕山の
結果として家老義重が夕山の部屋へ出向いた時にはもう、部屋はもぬけのカラであり……
三種の神器すべても、夕山も確保できなかった義重は、帝都で民心を得ることができぬ(アカリの介入もあって蜂起をコントロールできないのも理由)と判断。神器を持って南の地に逃れることとしたのであった。
◆
「ね、ねぇ、ムラクモ、どこに行くの?」
夕山は慣れない道歩きで疲弊しきった声でたずねた。
帝都が何やら大変なことになっている気配を感じていた最中、ムラクモから急に『参りましょう』と言われ、旅支度もそこそこに帝都を出ることになったのだ。
目立ちにくい地味な色の旅装で、顔は笠に垂れ布をして隠している。
だがにじみ出る雰囲気はどうしようもなく高貴であり、ムラクモの様子がどう見ても護衛なのもあって、帝都から出発して半日で三回も賊に絡まれていた。
……この時間軸の
とはいえ半日で三回も襲撃が起こるという頻度は異常ではある。
それら襲撃はすべてムラクモが一人で片づけたのだが、そういった血なまぐさいことに不慣れであった夕山は疲弊に疲弊しきっており、歩く姿にも、問いかける声にも、力がなかった。
ムラクモは姫を振り返り、にっこり笑う。
「ご安心ください。私がきっと、お守りいたします」
この時のムラクモのプランは以下のようなものであった。
氷邑家に行き、無能当主を殺し、そこを支配する。
あの悪名高き氷邑梅雪の圧政は有名かつ帝領の評判・治安失墜の原因とも言えた。なので、その領主を殺して氷邑家をとり、領主の圧政にあえいでいた人々の協力を得て、そのまま帝内まで攻め上る。
……この時点でムラクモは帝が弑逆された情報をつかんでいた。
それはショッキングであろうから夕山には語らなかったが、大名家当主である帝が弑逆されたならば、それは、帝とは方針の違う誰かが新たな大名になるということだ。
ようするにクーデターでのお家の支配であり、ムラクモはそうやって支配された帝都を『新しい支配者』から奪還し、夕山へ返すため、大名として立つ覚悟があったのだ。
とはいえ代表には夕山の名前を据えるつもりであったが……
ムラクモは夕山を守らねばならぬと思っており、そのためには兵力が必要だという考えだったので、そういうことを思い描いていた。
つまりムラクモの向かう先は氷邑領だったのだ。
だが、ここで意外な者がムラクモの前に立ちふさがる。
「そこな者、止まれェい! この先に行かんとするならば、その顔を覆うものをとって、取り調べに協力されたし!」
領都の端から端まで響きわたるような大きく響く声を発した者は、夕山たちの進む方向……よりも、東側にいた。
その人物は
しかしその見た目の印象に反して足取りは冷静であり、服装からして間違いなく名門の武士とうかがえる。
ムラクモは、その人物のことを知っていた。
「七星家侍大将、七星
ムラクモが臨戦態勢に入ったのは、ここまでの経緯が関係している。
彼女は帝が弑逆された情報を得ていた。
その下手人は不明だったが、帝の強さや、周囲をいつも守られていることから考えれば、ある程度絞ることができる。
すなわち侍大将、隠密頭、家老のいずれかである。
そして七星家は家老義重にとっての本家であり、家老義重と協調している可能性が高いものと、ムラクモ視点では思われた。
これは半分正しく、半分誤りだ。
家老義重は帝都騒乱に際して『帝都の混乱、まことに酷い。それゆえ、何者かが神器や姫様を奪いかねないので、領地の周辺を通る者に目を光らせておいてくれぬか』という連絡を七星家本家にしていた。
なので七星家は一応、帝都方面を警戒していた。
しかし侍大将・彦一はあくまでも職務に忠実なだけである。
夕山や神器の保護は帝の臣たる七星家の臣として当たり前にこなすべき役割であると思っているだけで、別に夕山を力づくで奪うつもりはなかった。
ムラクモがきちんと身分を明かし、それに相手が納得するまで取り調べに協力すれば、夕山は七星家で面倒をみてもらうことが可能だったのである。
だが、ムラクモはこう思った。
(やはり家老の仕業か……! 手回しが早い! 七星家は敵だ!)
なので、こう発言する。
「目的地までお逃げください! 早く! 私もあとから追いつきます!」
ムラクモのあまりに鬼気迫る様子に、夕山は反論も理由をたずねることもできず、とにかく逃げ出した。
この時、夕山は垂れ布つきの笠で顔を隠している。
なので七星彦一は、『
ところがムラクモからすると、この七星家の動きは『姫』をさらおうとする様子に見えた。
なので、姫を確保しようとした七星家家臣を
するともう、交渉できる空気ではなくなる。
彦一も、ムラクモの顔に見覚えはなくとも手練れであることがわかったので、『顔を隠した女』に構っている余裕はない。
『顔を隠した女』の足が遅かったことも、まず目の前の手練れから片付けようと思う理由になったことだろう。
かくして家臣団を率いた七星彦一とムラクモとで戦いになる。
その結果、ムラクモはそれなりの時間を稼いだが、彦一に討ち取られることとなり……
◆
その日、氷邑梅雪はたまたま遠乗りに来ていた。
政務のうまくいかなさ、民草どもの傲慢さ、無能なる道士が名門の後継になったことを有言無言で嘲る種々の声……
そういったものから一時でも離れるべく、馬を走らせていたのだ。
そこに、偶然、笠に垂れ布をつけて顔を隠した女が走ってくる。
梅雪はまず舌打ちをした。一人になりたくて遠乗りに来ているというのに、こんな場所で人間と遭遇してしまうとは運がないと思った。
戯れに、殺してしまおうか──
そう思った梅雪は女に向けて放つべく、氷の礫を手のひらに生み出す。
だが、その時、梅雪は、女を追うように駆けてくる者の姿に気付いた。
彦一が放った家臣団の一部である。
七星家の服はいわゆる拳法着風であり、星の紋様も入っているので、それとわかりやすい。
だがここは、七星家と接しているとはいえ、氷邑家の領土である。
「誰に断って我が領地を侵すか、七星ィ!」
梅雪の矛先は七星家家臣団へと変わった。
ゲームにおいて梅雪はやられ役だが、それでもネームドではない木っ端が勝てるほど弱くもない。
梅雪は領地に侵入した七星家家臣団をすっかり倒し尽くし……
「おい、そこの──」
「ああ、ああ、あり、がとう、ございます!」
女が、転がるように梅雪の前に出てくる。
ようにというか、実際、目の前で転んだ。
その時、女が進む風圧に負けた笠が外れ、女の顔があらわになる。
梅雪は言葉を失った。
夕山神名火命はあまりに美しい姿をした女であり……
愛される才能は、『中の人』がいなくとも据え置きである。
ようするに梅雪は、この女に一目惚れをしたのだ。
だが梅雪は一目惚れをした女を前にしどろもどろになるほど初心でもなかった。
梅雪が誰かを好きになった時には、どのような手を使ってでも奪ってやると計算を巡らせる。偽計、脅迫、なんでもいい。とにかく自分のモノにしてやろうと梅雪は頭を働かせ……
貴公子のように微笑んだ。
「危ないところだったようですね。……あの者らは七星家です。何か、追われる理由がおありで?」
この時間軸において、夕山と梅雪は互いの顔を知らない。
帝が夕山を厳重に隠しており、帝都の蒸気塔で働く者の前ぐらいにしか顔見世をしたことがなかったからだ。
他には火撃隊で優秀な者に『お褒めの言葉』をかけるなどはしたが、この時、夕山の顔を知る者は少なく……
また、帝は氷邑梅雪とかわいい妹をなるべく接触させぬように気を払ってさえいた。
ゆえに、夕山と梅雪は、この時が初顔合わせである。
梅雪は夕山に一目惚れしたが……
夕山もまた、不安で、疲れて、怖くて仕方がなかった時に、唐突に自分を助けてくれた、白馬に乗った銀髪の貴公子に、運命の出会いを感じたのだ。
「それが、語れば長いのですが……あ、ああ、そうだ! 護衛の者が……! 今、七星家の者に襲われて──」
それは夕山視点まぎれもなく真実であったが、状況を第三者的に俯瞰すれば、誤りではあった。
どちらかというと先に吹っ掛けたのはムラクモである。
しかし梅雪はその事実を知らないし、知っていても七星家の肩を持ってやる理由がない。
そもそも氷邑家と七星家は同じ御三家であったが、氷邑湾の所有権などを巡って争った関係でもある。
あと、梅雪は何もかも嫌いなので、七星家も当然嫌いであった。
「わかりました。私の家の者を向かわせましょう。そのためにもまずは、戻らなければ……乗ってください」
かくして梅雪は偶然にも夕山を発見し、これを氷邑家で保護することに成功する。
……余談であるが、家の者を向かわせるということはしなかった。これは梅雪の統率と人望の問題で、誰もが『行きます』と言い、誰が行くかで紛糾しているうちに、『もう間に合わぬだろう』ということになって、結果的に行かなかった、ということが起こったのだ。
だが、夕山は梅雪に救われたと思った。
ムラクモのことは残念だし、悲しかった。けれど、ここまで自分を逃がしてくれた彼女の気持ちをありがたく思う。
梅雪様という、素敵なお方に出会えたのだから……
……かくしてこの数カ月後、梅雪によって屋敷に閉じ込められたまま、凌辱死を迎えることになるのだが。
それはもはや起こり得ない、夕山の『もしも』の未来であった。
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