第80話 『酒呑童子』討伐・海の陣 三

 梅雪ばいせつからの救済申し出に、一も二もなく飛びついた者がいた。


 七星ななほしおりである。


「従う従う! 服従するゆえわらわを助けろ!」


 七星織は戦闘能力のない小物黒幕系ロリババアである。

 ……実のところ、膨大な神威かむい量を持つ織は戦おうと思えばそれなりに戦える。


 実際、ゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんにおいては道士属性の指揮官ユニットであり、道士の中ではそれなりに強い。

 もっとも、メインの運用は家老に据えることでのトラブルイベントの誘発と、同じ戦いに参戦した味方ユニットに対するバフなので、『ステータスを見ればそれなりに強いのだが、強さに期待するような使い方はしない』というのが正確なところであるが……


 しかしとして、七星織は『どうせ七星家当主は家で守られるだけの立場だから』という言い訳で戦闘訓練をサボッていた少女である。

 大名であれば『家臣の誰よりも強いこと』を求められるため、訓練をサボるなどというのはありえないことなのだ。

 が、七星家だけは侍大将が大名の戦闘における役割を果たすため、さほど強くなくともいい……そういった風潮が、織の甘えを許していた。


 当然ながら実戦の経験もなく、そもそも、戦う心構えができていない。


 心構えというのは重要だ。


 相手を殺す気で刃物を持っている者と、殺すという選択肢を選ぶのに精神のボルテージを一生懸命に上げなければならない者。

 たとえ後者の方が強くとも、実戦においては前者が勝つ。

 心構えというのは実力の前に勝敗を分けるものであり、心構えがそろっていて初めて実力勝負という段階まで進むことができる。七星織にはこの『心構え』がない。


 そもそも、元婚約者である梅雪との再会以前に、

 織は可能な限り戦いを避け、戦いから逃げたがる性分の持ち主である。

『梅雪に顔を見せない、声も聞かせない』というありえない条件でようやく屋敷から出たように、わがままを家臣団から許され、最後の最後まで戦いやプレッシャーから逃れようと悪あがきをする。それが七星織という『お姫様』の性分であった。


 そんなお嬢様が、剣士でさえも正気を失うような恐怖にさらされたら、どうなるか?


 当然、正気ではいられなくなる。


 そして狂気が発生した時……

 幸運ダイスロールは、ある意味で彼女に味方した。

 その結果、彼女はこういうことを考えている。


(もう梅雪しかおらん! この状況でわらわを救ってくれるのなら、何をしてもいい! 何を差し出してもいい! ! すべてやるからわらわを助けてくれ~!)


 強度の依存症の発露。

『それ』から離れては生きていけない。『それ』が近くにないと、『それ』を探してさまよい続ける。『それ』なしの人生など想像もつかず、『それ』を奪われたら、奪った者を殺して死を選ぶ──


 氷邑ひむら梅雪は──


 織のに視線を移し、それからニヤリと笑った。


「よかろう。。──命ずる! 山賊ども! 全力で駆けて根城の場所まで我らを先導せよ! ついて来れぬ者を気遣わなくともよい! 彦一、山賊どもについて露払いせよ! 俺に忠実である限りにおいて、貴様の鉄鞭てつべんはこの触手を砕けよう!」


「承知!」


 こういった時にすぐさま従い、行動するのが七星家侍大将彦一であった。

 命じられるが早いかそばに出現した触手を鉄鞭で抉り千切り、山賊どもに号令一喝、駆け出していく。


「七星家家臣団! この俺に命を預ける者であれば、あの連中についていくことも可能であろう! 山歩きに慣れていないなどと言っている場合ではない。今すぐ続けェ! 阿修羅あしゅら! 織を連れて七星家家臣団に同行せよ。忍軍はついて来れぬ者は下がらせ、氷邑家へと報告に向かわせよ!」


「おう!」


 阿修羅は肥大した両拳を打ち合わせて返事をする。


 その時、家臣団の一人が叫ぶ。


「氷邑梅雪殿に申し上げる! 殿しんがりの栄誉、賜りたく!」


 それは梅雪から見てステータスが見える者の発言だった。


 殿しんがり


 それは行軍においてもっとも危険な場所である。

 進む軍の最後尾を守る役割だ。


 今回の場合、海魔どもは『前線より手前にしか出られない』という制約があったようだが……


 今、彦一が出発し、すでに『前線』は動いている。

 だというのに、梅雪らの周囲にも触手が蠢いており、梅雪は命令を出しながらその対応をしている状態だ。


 つまり、向こうの


 ここから先はあらゆる理不尽がまかり通り、あらゆる法則が気分一つで変わっていく戦い。

 神というモノを宿した者同士が雌雄を決する、の勝負であった。


 だからこそ、どこから出るかわからず、進む軍の最後尾で背後警戒をするというのは、真後ろからの攻撃を常に警戒し続けねばならないということになる。


 ゆえにこそ、殿は『栄誉』である。

 ここを任されるのは、その武と忠においてこの上ない信頼を得ているというものだということなのだから。

 ……命懸け、どころか、生き残る算段が低いという条件さえなければ、誰もがやりたがるだろう。


 ゆえに、梅雪の答えはこうなる。


。さっさと進め」


「しかし……」


「これが最後だ。俺は言ったな? 俺に服従した者、と。ゆえに、殿しんがりは俺がする。さあ、進め進めェ! これより先、という勝負! 相手が生き残っている時間が短いほど、生存率が上がる! 行け!」


 七星家家臣はまだ論じたそうであった。

 梅雪に命を預ける覚悟を決めた者にとって、その梅雪にもっとも死亡確率が高い潰れ役をやらせるのは、武士の沽券、七星家と氷邑家の関係などに響くと感じていた。


 ……あるいは、弱冠十歳の名家後継に勇と知を認め、年上として、この少年を死なせてはならないと感じたのも、あった。


 だが、状況が差し迫っているのもわかる。

 ゆえに、七星家家臣は駆け出す。


「ご武運を!」


 精一杯の声援であった。


 だが氷邑梅雪、それを鼻で笑う。


「『運』などとくだらんな。俺を生かすのは、俺の才覚と実力、すなわちよ。さて……」


 梅雪もまた駆け出す。

 だが、そのペースはあえて抑えている。


 彼の目の前に、十ではきかないが出現する。


 軍団の背後を狙うそれらをすべて斬り伏せ、進まねばならない。


 殿の役割は、先行する部隊の背の安全を守ることなのだから。


 梅雪は刀に風をまとわせ、周囲につぶての混じった嵐を起こす。


(道士としての戦いは、阿修羅を連れ戻した時以来。剣士としての戦いは、帝都騒乱以来。だが……使は、これが初めてになる、か)


 口元には、抑えようと思っても抑えきれない歓喜がにじむ。


。さて、大辺おおべェ……)


 その歓喜には、どうしようもなく残虐な色合いも含まれていた。


(軍と軍の戦いをしようとしていたこの俺を、ことごとく邪魔した罪、ちょっとやそっとの土下座では許さんぞ。せめてもの償いに、この俺を楽しませてみよ)


 全力を奮う天才の戦いが、始まる。

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