side3 ウメと銀雪
この話は『★が400超えたのでなんかやります』の『なんか』です。
こちらは500突破記念。
なおこれを書くまでに★900突破したので、あと600、700、800、900記念sideも計画中です。
本編で死ぬ人の日常とかでもいいだろうか……
ネタに困りつつやっていきます。よろしくお願いします。
今回はウメの話。
時系列的には帝都に行く直前(28話 帝都からの要求 直後)ぐらいです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これを与えよう」
当主の間──
剣聖シンコウに誘拐され、
ウメは奴隷である。
奴隷というのは持ち主によって扱いが変わる。
だが、それでも『普通、奴隷の扱いとは』みたいな常識がある。
一つ、奴隷が当主の間に呼び出されることはありえない。
各大名家にある当主の間というのは、当主が内緒の打ち明け話をするために使う部屋だ。
ところが奴隷とよそに漏らせない話をする当主など当然いない。なので、奴隷が当主の間に呼び出されることはありえない。
だが、今、ウメは呼び出されてここにいた。
そして……
ウメは、目の前に差し出された物を見る。
それはどう考えても刀剣であった。
刃渡りは
総じて、ウメの身の丈に合った……
特に抜刀術のみを剣聖に認められたウメが運用するのに適切な長さと言える、刀である。
「…………」
「礼儀は気にしなくともいい。それは今、教育中のはずだ」
ウメから見て、氷邑銀雪というのは、大きな男であった。
身の丈が
だが、それ以上に……見た目上の肉体よりも、大きいように感じる。
それはこの男が抑え込んだ
格の違う生き物──
剣聖のもとで修行するまでは、ここまでは思わなかった。
だが、修行を経て、剣術を使うということの入り口に立ち、実際に……剣聖からの修行という体裁であったとはいえ、実際に命の危機を感じてみて、理解できた。
氷邑銀雪。
少なくとも強さの位階は剣聖と同等以上。
剣士としては、ウメ程度ではその強さの深奥をうかがい知ることさえできない。
他の剣士についてウメはよく知らないが、これが最強でなければ剣士というのはどこまでの化け物がいるんだと思ってしまうような、それほどの男であった。
その男と一対一で向き合うというのは、ウメの生存本能を強く刺激するものだ。
些細な粗相が死につながりかねない緊張感の中……
銀雪は、笑う。
「世間ではどうか知らないが、私は、獣人だの、
それは息子に対しても『強いか弱いか』で態度を変えていた男の言葉だ。説得力がある。
ウメは緊張を解く。
とはいえ、体が臨戦態勢をとるのは、仕方のないことであった。
その様子を、銀雪は笑う。
「無意味なことはしなくともよい。私がその気なら、お前はすでに生きていない」
「……はい」
「しかしまあ、私の強さがわかるというのも、お前が剣聖のもとでよほどくぐったからなのだろう。そういうわけで、お前にこの刀を与えようと思ったわけだ」
「……この、刀、何、ですか?」
「名刀だと言いたいところだが、ただの業物だよ。まあ、奴隷が持てるほど安くもないけれど」
基本的に、奴隷に武器を与えないというのもまた、多くの家で共通する奴隷の扱い方であった。
ただし『迷宮の露払い』などはまた話が別である。あの役割だけは武器を与えられる。もっとも、数打ち物の中でも失敗したようなものではあるが……
あれは、死が前提の扱いなため、『奴隷の扱い』というよりも、『罪人への死刑』という方が実情に近い。
剣聖シンコウのいた領地のように、取り立てて罪のない奴隷までも迷宮の露払いに使わねばならぬほど当主の弱い領地もあるのだが──
ともあれ、ウメは銀雪が促すので、渡された刀を抜くことになった。
息で刃を穢さぬよう懐紙を咥え、抜き放てば、確かに人を殺す武器である。
油によって保護された刀身が濡れたように輝いている。
刃紋を検めるのは油を拭わねばならないし、ウメは刃紋を鑑賞する素養を積んでいない。
だが、剣そのものが強烈に『切れ味』を匂わせてくる。これは名刀ではないという話だが、きっと名工の手による業物ではあろう。
「お前はそれで、梅雪を守りなさい」
銀雪の声は優しい。
息子に対する慈愛に満ちていた。
「…………守る」
ただの一言。ウメは言語的思考能力の形成にまだ遅れたところがあるから、うまく己の疑問を言葉にできない。
ただ、銀雪はそれで理解した様子で、「そうだ」とうなずく。
「あの子はまだ弱い」
「……」
「私は弱者の鍛え方を知らぬのだ。そもそも、氷邑家の氷邑一刀流は、教わる者が剣士である前提で設計されている。……流派において重要なのが、『技』だの『奥義』ではなく、『鍛錬法』であることは、わかるね?」
「はい」
「梅雪には、氷邑一刀流の鍛錬法を適用できない」
それは剣術を学ぶ上で、とてつもないマイナスであった。
ウメは紛れもない天才に分類される剣士であり、剣の術理を覚えるという方面でもまた、かなりの才覚を持っている。
だが、たとえば剣聖が付きっきりで、細かな動き、重心の位置、きちんと立てる立ち方などを教えてくれなければ、抜刀術さえも認められる段階にまで至らなかっただろう。
鍛錬法というのは、技や奥義などよりよっぽど秘伝であり、秘伝であるだけに、『それ』さえきちんと指導してもらえたならば、剣術を修める難易度が下がる。
……というより、剣術なんていうものは、秘伝である鍛錬法を適用できること前提で修められるようになっているものだった。
その鍛錬法が適用できないというのは……
「先人が敷いた『最も簡単な道』を通ることができず、暗闇の中、手探りで『上がり』にたどり着こうともがく。梅雪は、そういう苦労を強いられている状態だ」
「……」
「私も調整と再構成をしているし、使えるところは使うようにしてもいるけれど……駄目だね。シナツの加護ごときで剣士の才能の代替にはならない。見せかけ上剣士っぽく振る舞うことはできるだろうが、そもそも神威の使い方が違いすぎる。梅雪はあくまでも道士だ。これはもう、どうしようもない」
「……でも、強く、なり、ます」
「そうだ。いずれ、私を超えてもらう。だが、今はまだ弱い。そこで、お前が梅雪を守るのだ」
「……はい」
「よろしい。では、明日から、お前に氷邑一刀流を教える」
とんでもない発言であった。
剣聖シンコウが配り歩いているので感覚が麻痺している者もいるが、そもそも剣術というのは一子相伝にして秘伝である。
なぜなら、同格の剣士同士の戦いになった時、勝敗を分けるのが剣の術理である。
剣士の数がそのまま戦力だと言ってしまってもいい世の中で、相手剣士を倒すための技は、そのまま家の命脈を決めかねない秘匿情報なのだ。
それを奴隷風情に教えるというのは、いかな人手不足の大名家でもしない決断であろう。
特に、帝より御三家に数え上げられている名門の氷邑家ではありえない。
しかし、銀雪は言うのだ。
「私は、力で人を見る」
「……」
「お前は、娘のはるに並ぶ、剣士としての才覚がある。……まあ、だからとっておいたというのもあるのだが。実を言えば、もっと早い段階でお前に氷邑一刀流を教えたかった。だが、それを知った梅雪が怒るだろうと思ってね」
それはとても怒りそうだった。
『この俺を差し置いて父上から剣を習うだと!? 万死に値する!』とか、すごく言いそうだった。
だが、今は……
「今の梅雪であれば、大丈夫だろう。……ただし。我が家秘伝の剣術を教わるのだから、お前にはもはや、我が家から出ていく道はないよ。奴隷というのはある程度流動するもので、希望があれば他家へ売るということもある。しかし、秘伝剣術という情報を持ってしまったお前は、もう売れない。出ていかれるなら殺すしかない。覚悟はあるかな?」
「はい」
ほとんど反射的とも言えるほど迷いのない肯定であった。
自分がこうまでなめらかに返事ができたことに、ウメ自身が驚くほどだ。
銀雪もまた、ウメの迷いのなさには驚いたらしい。
驚き、笑った。
「では、氷邑一刀流を教えよう。……しかし、お前は教わった氷邑一刀流を外で見せてはいけない。使う時は、梅雪が命の危機に陥った時のみ。もしも使ったら、お前が氷邑一刀流を使えるのを目撃した者は全員殺せ。……もちろん、梅雪と私以外だよ」
「はい」
「よろしい。では、明日から指導に入る。午前中を空けておくよう、侍従長には私から言っておく。秘密のお役目、とね。……意味はわかるかな?」
「……教わってる、こと、も、言って、だめ、です」
「よろしい。言葉がつたないが、頭は悪くない。……とはいえ、気付く者は気付くだろう。気付いた上で、何をしているのかお前にたずねる者があれば、私に報告しなさい」
報告後に聞いた人がどうなるか、明言はなかった。
だがウメは理解する。……殺すのだ。そこまでの、秘伝なのだ。
当然ながら、ウメが何か迂闊なことをして氷邑一刀流を教わっていることを他者にバラせば、ウメの命もないだろう。
「それでは仕事に戻りなさい」
「はい」
ウメは深く座礼をしてから立ち上がり、後ずさりをしないようにその場で振り返った。
瞬間、
「ああ、そうだ」
銀雪がつぶやく。
同時、ウメはもらった刀を腰に運び、その場から飛びずさると、居合の構えをとった。
振り返った銀雪は、笑っている。
……動いてさえ、いない。だが……
ウメは確かに、殺気を感じた。それも、とんでもなく巨大な化け物が、鋭い爪の生えた手でこちらを握りつぶそうとするかのような、重苦しい殺気……
銀雪の笑みは、不気味なものだった。
「殺意を向けられて応戦しようとするのなら上々だ。しかも、危機に際して無駄な力が逆に抜けるのも素晴らしい。うん、合格としよう。では、明日から伝授を始める。下がってよろしい」
「……はい」
ウメは刀の柄から指を放して一礼すると、今度こそ当主の間を出て、ふすまを閉める。
瞬間、腰が抜けたように崩れ落ちた。
全身にぶわっと汗が噴き出し、心臓がうるさいぐらいの鼓動を刻む。
(……対応、できなかったら、殺すつもり、だった)
それまでの会話はすべて遊びであり、最後の殺意だけが本当の試験であったと確信する。
──私が見るのは力のみだ。
言葉でのやりとりなど、あの男は毛ほども信用しない。
強いか、弱いか。あまりにもシンプルで、あまりにも凄惨な価値基準で人を見る。
強烈な冷気を振りまく巨人──氷邑銀雪はそういう印象の男だ。
(……守る)
何から?
もちろん、敵から。梅雪は、敵を作りやすい性格をしているから。
そして、親から。
あの親は子を愛している。
だからこそ強さを強いる。
やりすぎないように自分が守らなければいけないと、ウメは思った。
命懸けで他者を守る、というのは、自分の発想として意外だった。自分はもっと、自身の生存にしか興味がなかったはずなのに、今はこんなに、梅雪を守りたくなっているのだから。
それは『命の恩は命で返す』などという武士道精神による心情ではないだろう。
……もしかしたら、これは。
(…………愛?)
それは、ヒトにしかない感情。
あるいは獣にもあるけれど、理解できぬ感情。
獣に育てられたウメは、未だ、己の人間らしさに対して発見中である。
ゆえに、思う。
(……これが、愛、なの、かも)
自分の心がこんなにも興味深い。
ウメは立ち上がり、汗をぬぐい、歩き出す。
底冷えするような圧力が未だ、ふすまの向こうの銀雪からは感じられたけれど……
対する脅威が大きいほど、やる気が出る。
だからこの『愛』がある限り、きっと自分は梅雪を守り抜くことができるだろうと、そう思った。
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