★400記念side ヒロインども

side2 アシュリーの一日

この話は『★が400超えたのでなんかやります』の『なんか』です。

なおこれを書くまでに★900突破したので、あと500、600、700、800、900記念sideも計画中です。

本編で死ぬ人の日常とかでもいいだろうか……

ネタに困りつつやっていきます。よろしくお願いします。


時系列的には帝都に行く前ぐらいです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「頭領、おはようございます!」


「は、はい、おはようございます……!」


 アシュリー実は忍軍のノリがちょっと苦手。


 氷邑ひむら忍軍頭領となって二年。アシュリーは相変わらず忍軍からかわいがられている。

 アシュリーはこれでも氷邑家という名門忍軍の頭領であり、前頭領などは近寄りがたいところのあるおじいちゃんだったわけだが、今代頭領であるアシュリーは、自然とかわいがられる系の頭領となっていた。


 忍軍の人たちも、『上の者の命令に従う』というよりは『妹のおねだりを聞く』ぐらいのノリでアシュリーに従っている。

 情報収集系の実働はおおむね忍軍メンバーであり、アシュリーのやっていることは、ほぼ機体の整備になる。


 なので忍軍宿舎でみんなと朝のあいさつをしたら、アシュリーは真っ直ぐ工廠こうしょうに向かうことになる。


 氷邑家の忍軍は機工忍軍なので、全員がなんらかの機工甲冑パワードアーマーを身に着けている。

 これは神威かむいを通して動く、騎兵にとっては『自分の体の一部』のようなものだ。

 だが当然ながら傷ついたら修理しなければ直らないし、毎日の整備を怠ると神威伝導が悪くなったり、不具合が出たりする。


 忍軍の情報収集はたいてい命懸けなため、そういった不具合をなくすため、アシュリーは毎日、全員分の機工甲冑の整備をしている。


 油と金属の臭いが濃く漂う工廠の中には、一部に大型機工甲冑を補完するハンガーもあるが、たいていは『要修理品』『要整備品』などの分類が書かれた箱の中に乱雑に放り込んである。


 アシュリーは工廠に着くとまずは箱の中の機工甲冑をさらに分類トリアージして、『緊急』『通常』『低優先度』の三種に分ける。

 そして緊急に分類したものから修理・整備をしていくのだ。


 しかしアシュリー、修理や整備の分野においては天才であった。


 その天才性はゲーム剣桜鬼譚けんおうきたんにおいて『絡繰技師』というスキルに逢現れている。


 このスキルの効果はというものだ。

 。つまり、というスキルだ。


 これを現実でやると、どういうことになるか?


 機工甲冑整備中のアシュリーのもとに、訪れた忍軍メンバーが、「うむう」とうなった。


「修理が早すぎる……」

「相変わらずお見事也……」


 アシュリーは毎朝分類トリアージしてから修理・整備を始めるのだが……

 その手が早すぎて、山と積まれた修理・整備待ち機工甲冑がモリモリ『点検終了』の箱に積まれていくのである。

 もう分類する意味がないほどの早業であった。


 おかげで忍軍の機工甲冑は全団員分、毎日、機工の天才・アシュリーの手による整備を受けることができる。

 これは忍軍の者の命を比喩ではなく救い、忍軍の質を高くすることにつながっていた。


 機工甲冑に乗っていない時のアシュリーはぼんやりしたところのあるお子様にしかすぎないが、機工とかかわったアシュリーはこのようにすさまじい働きをする。


 これを頭領に任じた前頭領は慧眼と言える。

 直接的な働きは他の忍軍に劣るが、その修理・整備能力および、いざ戦闘になった時に阿修羅あしゅらを駆って戦うとその戦闘能力も高い。


 結果、アシュリーは忍軍の中で、かわいがられつつも尊敬もされるという不思議な立ち位置を確保していた。


 なお、アシュリーの修理手腕が見事すぎて、よく暇な忍軍が修理作業中のアシュリーを取り囲んで見物している光景が見られる。


 見られているアシュリーは、修理・整備作業に集中していて、自分を取り囲んでいるギャラリーに気付かないが……


「……ふう。……って、なんで見てるんですかぁ!?」


 全部終わって油にまみれた手で額をぬぐうと、集中が切れてギャラリーに気付く。

 あまり目立つことが得意ではないアシュリーはギャラリーたちにいつも困ってしまうのだが、忍軍たちは困っているアシュリーも好きなため、あと修理作業の手腕が本当に見事でそれだけで金とれるレベルの娯楽なため、毎日のようにこうやってアシュリーを見ている。


 これが氷邑忍軍の日常風景であった。



 午前中には整備業務を終わらせて、午後からは勉強の時間になる。


 アシュリーは氷邑家次期当主梅雪ばいせつの側室になるので、側室教育が必要になるのだ。


 氷邑家というのは超名門なので、側室にもそれなりの教養が求められる。


 なので梅雪が信用できる(つまり、彼の視点でステータスが見える)家庭教師をアシュリーにつけているのだが……


 この教育の時間、アシュリーの隣には、ウメもいる。

 あと、なぜか、梅雪の妹である、はるもいる。


 ウメに関しては『あそこまでして取り戻したから、なんだかんだ言って側室にするつもりなのかなあ』ぐらいの納得はあるのだが、はるについては、よくわからない。

 ここでするのはあくまでも側室教育であって、他家に嫁ぐお姫様向けの教育ではないのだ。


 そう、氷邑家、どちゃくそに名門なので、はるは『お姫様』と呼んで差し障りない格を持っているのだった。


 西洋風王政の爵位階級でたとえると、帝が王様なら、御三家の氷邑は公爵ぐらいの立ち位置になる。

 一方でアシュリーは自分が奴隷寸前だったという認識だし、ウメに至っては普通に奴隷なので、はるにそばにいられるとなかなかに居心地が悪い。

 嫌いとかではない。ただ、なんというのだろう……オシャレな都会に田舎丸出しの服装で出て行ってしまった時の居場所のない感じというか……ふと入ったお店の値段帯が想定より一桁多かった時の『どないしよ……』感というのか、そういうたぐいのストレスを感じるのだ。


 教師になんとか言ってほしいのだが、梅雪から何か言われているのか、教師もはるを受け入れており、そういう居心地の悪い気持ちの中で授業が進むので、側室教育がさっぱり頭に入ってこない。


 かといって梅雪に訴えようにも寝かしつけられるのがオチである。どうしたらいいのだろう……アシュリーは悩んだ。しかし機工がかかわらないところのアシュリーは幼女並みの思考能力しかないので、授業終わりのおやつを食べていると悩みを忘れてしまうのだ。


 おやつを食べるとすぐに忍軍宿舎に帰るアシュリーだが(基本的に引きこもりなので)、今日はしかし、おやつのあとに話しかけられてしまった。


「アシュリー! いつも隠して食べてるね」


 ギギギギギ……と油を差し忘れた機工甲冑の関節のごとき速度で振り返る。

 するとそこにいたのは、梅雪の妹、はるであった。


 ぺかーっという効果音が出そうな笑顔で微笑む、銀髪碧眼の美少女である。

 アシュリーは思わず「う」と声を漏らした。


 金髪碧眼で耳の長い天狗エルフのアシュリーもまた容姿はかなり優れた方ではあるのだが、自認としては陰の者である。

 陰の者として、はるに話しかけられると、『銀髪碧眼美少女』『元気』『お姫様』『コミュ力高そう』などの様々な要素が頭によぎり、いっぱいいっぱいになってしまうのだ。

 なのでもらったおやつも部屋の端っこで壁を見ながら食べている。話しかけられるのを避けるためだ。

 ちなみにおやつは水飴である。氷邑家領地でとれる甘味ではなく、帝都印のとてもいい水飴だ。


「とらないよ?」


 はるはアシュリーがおやつをとられる警戒をしているものと思ったらしい。

 しかし、そういう警戒もないではないが、それ以上にアシュリーは、はるに話しかけられたくなかったのだ。

 だいたいあの梅雪の妹という時点でどういう顔をしていいかわからない。それに加えてこのあふれ出る『陽』のオーラ……ダメだ。全然ダメ。住む世界が違いすぎる……


 視線でウメを探す。

 はるよりはまだ話しやすい相手である。話しやすいっていうか、ほぼしゃべらないが……

 しかし、ウメは奴隷であるので、授業が終わったらさっさと業務に戻ってしまった。


 なお、ウメは如才ないので、はるとはそこそこ会話をしていたりもするのだが、陰のオーラそのままに頭の中でいろんなことを悶々と考えているアシュリーは、そのことに気付かない。

 ウメが無口なのもあって、陰仲間だと思い込んでいるところがある。しかし、ウメはとるべきコミュニケーションはちゃんととれるタイプの無口であるので、アシュリーよりコミュ力があった。


 どうしよう、先生はまだ監督しているけれど、お姫様と二人きりにされてしまった。


 アシュリーはまず逃亡を考える。しかし、部屋の隅っこ、角を見ながら水飴を食べていたせいで逃げ場がない。戦略的布陣ミスである。退路のない場所に追い込まれてしまった……


「あにさまの、お嫁さんだよね?」


 質問されてしまった。どうしよう……

 答えないのも無礼になるだろう。だが、質問に答えるという、その程度のことが、アシュリーには難しい。

 どうか放っておいてくれないだろうか。アシュリーは自分は岩だと思い込もうとした。思い込むことで、人からも岩に見えてほしいと願ったのだ。

 しかし授業を行うための部屋の隅っこに岩があってもそれはそれで不自然だ。

 仕方なく、たくさんの勇気を振り絞って、はるの質問に答えるしかなかった。


「そ、そうです。わ、わ、私は……梅雪様の……お嫁さんです……!」


 なおこの発言は部屋の角に向けてしているものであった。

 はるが横に回り込んでくる。


「じゃあ、はるのお姉ちゃんだね」


 その時、アシュリーの脳裏に電流が走った。


 そう、アシュリーは、お姉ちゃんなのだ。


 お姉ちゃん。それはなんと甘美な響きであろう……お姉ちゃん。なんだかそう呼ばれるだけで、ずいぶん大人になったような、そういう気がした。


 お姉ちゃん。なるほど、お姉ちゃんだ。ということはつまり……お姉ちゃんなのだ。


「そう、私がお姉ちゃんです」


 急に元気になったアシュリーが立ち上がる。


 はるは、たぶんアシュリーの急な変化について何もわかっていないが、なんだか勢いがあったので、「おー」と言いながら拍手をした。


「お姉ちゃん、口がぴかぴかしてる」


 水あめの食べ方がへたくそである。

 アシュリーは慌てて唇をペロペロしてから格好をつけ直した。


 なお、この場でアシュリーが急に格好つけ始めた心理の流れを説明できる者は、アシュリー本人を含めて誰もいない。


「お姉ちゃんは、あにさまのどこが好き?」


 普段であればそんなことを聞かれれば困ってしまうのだが、今のアシュリーは謎のお姉ちゃん補正があるので、堂々と答える。


「なでなでがうまいところです」

「わかるー」


 わかられた。


 アシュリーはだんだん調子に乗り始める。

 基本的に陰の者のアシュリーだが、陰なだけに、『この人は話せる』と認定すると無限に口が軽くなっていく特徴もあった。


 アシュリーは、はるに乗せられるままいろいろなことを話した……


 おおむね梅雪の好きなところを話し合ったわけだが、『子守歌がうまい』『膝枕が気持ちいい』『羊羹などあーんしてくれる』というところで話が合った。

 そう、アシュリー、だいたい妹扱いされているので、はると話が合うのだ。


 しかしその事実に気付くには、アシュリーはまだ子供すぎた。

 まさか嫁としてではなく妹として遇されているとは思わない。だって、毎晩寝室に行くので。これはもう完全にお嫁さんに決まっていた。


「話が合いますね!」


 最初の縄張り意識の強い小動物みたいな態度はなんだったのか、ちょっと話すうちに、アシュリーはすっかりはるに懐いていた。

 警戒心の強い小動物の宿命か、一度懐くと一気に距離が縮むのがアシュリーの特徴である。誘拐されそうな性質であった。


「これからも知りたいことがあったらなんでも聞いてくださいね! お姉ちゃんがなんでも答えるので!」


 こうしてすっかり、はるのことを気に入ったアシュリーが、『午後の整備品回収の時間』を思い出して部屋を去って行く。


 残されたはるに、家庭教師がたずねた。


「はる様、アシュリー様はいかがでしたか?」


 穏やかな顔をした老婆である。

 小さな丸いメガネの奥にある瞳をニコニコと細めて問いかける。


 はるは、朗らかな笑顔を浮かべたまま、こう答えた。


「ぎりぎり、合格!」


 兄がシスコンであるのと同じぐらい、妹もブラコンである。

 こうして側室たちのいる教室に潜り込んだのは、兄の側室にふさわしいかどうかを見定めるため、という目的があったのだ。


 知らぬ間にわりと重大な試験が行われていたことをアシュリーは知らないし……


 まだ『ぎりぎり合格』なので、これからの行動によっては減点もありうる。


 しかしそんな裏側を知らないアシュリーは、この日、しばらく『お姉ちゃんの歌』を作詞作曲して口ずさむぐらい機嫌がよかった。


 なお、アシュリーとはるは同い年であり、誕生日の早さで語れば、はるの方が年上であるのだが、これはただの余談である。

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