第42話 帝都騒乱・急の一
帝都、南区。
こちら側には
そのため大きな道が整備されており、そこには魚介のみならず、『是非とも帝の目に留まって、御用に召しあげられたい』という商人たちがこぞって自慢たる山海の幸、それに珍品・銘品、さらには鉱物や宝石までもを
石造りの街の中にあって馬の蹄が痛まないよう土の地面が維持されているこのあたりの場所は、この真昼という時間、本来であれば商売っけの強い商人たちが呼び込みをしたり、あるいは店頭に並べた椅子と机で帝都民の胃袋を満たすための料理を提供したりしていた。
だが、今は、店々がひっくり返され、野菜や魚、肉などが乱雑に土の地面へと投げ出されている。
「
「
「あっ、
「
「で、
通信──蒸気塔を経由した蒸気振動通信チャンネルを開いたまま、桃井は叫ぶ。
それぞれ桃色、黒、青、白の色付き機体を駆る、蒸気甲冑乗りの中でもエースに数えられる四人……
ここに赤の機体を駆る熚永を加えた五名こそが、帝都
その四名にかかれば木っ端剣士の駆逐など赤子の手をひねるようなもの……とまではいかないが、安定したペースでの討伐が可能であり、唐突な発生によって先手をとられたものの、南区に散らばった剣士たちの掃討も、そう遠くないうちに完遂すると思われた。
ところが……
「チッ、こちら黒沢! イキのいいのに捕まった! こいつは大名級だぞ!」
剣士のランクに特に定まった呼称があるわけではない。そもそも、大名まで含めた多くの人は、まだそれほど多くの剣士と戦う経験もなく、今後経験するとも思っていないからだ。
だが、帝都から発して外敵を倒す機会の多い帝都火撃隊は剣士の集団を相手取ることも多く、剣士にランクを定める通例があった。
下から足軽、侍、侍大将、大名、国主という感じである。
ちなみに複数の領地を統べる大名も単に大名と呼ばれるのだが、帝や
すなわち大名級は『上から二番目』ぐらいの意味の呼称であり、これは周囲に邪魔が入らない前提ならば、エースが一対一で相手取れるというぐらいの手練れであり、相手側に取り巻きがいれば厳しい、その取り巻きが統制のとれた『軍』であれば一時退却のすえ援軍と合流しあたる、というのがマニュアル化された対応である。
通信を受けて、リーダーである桃井は決断する。
「桃井、黒沢と合流す──」
だが、その桃井の目の前に、刀が出現した。
それは刀と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、大雑把すぎた。
高速で滑空していた。未だ破壊されていない商店や、商店だったものの瓦礫がそこらにあって視界が悪かった。加えてあの強気な帝都火撃隊『男役』黒沢が珍しく素直に認めるほどの強敵とぶち当たっているという通信に気をとられていた。
だが、それにしたって、この出現はあまりにも唐突で──
「
桃井の叫びとともに、コクピットから蒸気甲冑全体に桃色の光が行き渡る。
すると寸前まで刃に迫られた桃色の蒸気甲冑が、身をよじるように急旋回。
ギャリリリリリ──!!
刃が蒸気甲冑の胴部、表層を削るすさまじい音と振動を感じつつ、直撃を回避。
そのまま巨大刃の使い手と七歩の距離まで退避し、地上に両足をつける。ズザァ……! と土煙をあげながら滑り、最終的に十二歩ほどの距離になった。
それは脚が短いとはいえ全長三mはある蒸気甲冑の足で十二歩ほどの距離という意味であったが……
巨大刃の使い手にとっても、おおむね十二歩ほどの距離であった。
「おお、さすが帝都火撃隊、花組のエース。完全に
瓦礫まみれの街の中、細い露天商店のための道で桃井が向き合った相手は、異様な風体の男であった。
まず、異常に細い。
加えて、異常に長い。
だらんと腕をおろせば、その拳の位置は膝より下、ふくらはぎの半ばぐらいまでは届くであろう。
そして、高い。身長は目測で
ぼさぼさの、しかしクセのない黒髪で目元を隠すようにしているので、顔がわかりにくい。
だが、無精ひげの生えた口元に浮かんだ皮肉気な笑いが、いやに個性的にその男の顔に張り付いていた。
武器。
男が肩に担いでいるのは、刃部分だけで男の身長より長く、しかもその身幅は突き立てれば男がすっぽりと後ろに隠れられてしまうほどのものであった。
輝きから見るにかなりのなまくら。しかし超重量ゆえに相手を叩き斬るには問題なかろう、刃と言うよりも鈍器と言うべきものである。
そして、桃井は、その武器を使う男に心当たりがあった。
「その
騎兵殺し。
幾度か火撃隊の討伐対象にもなったことがあるこの男は、しかし、現在までこのように生き延びている。
騎兵に属する者を殺すのに異常な執着を見せるゆえに『騎兵殺し』。そして執着をもとに編み上げられた剣術はまさしく騎兵を殺すのに特化しており……
桃井が慕っていた色付き蒸気甲冑乗りを殺した
「ん~? 俺も有名人になったもんだねェ。ま、そういうわけだからさ、君もここで、死んでくれや」
先輩の仇が、斬騎刀を振り上げる。
その時、視界が狭まり、復讐心にかられかけた。
だが桃井は火撃隊のエースのうち一人である。
エースたる者は蒸気甲冑操縦技能に優れているだけではなく、冷静な判断ができなければ務まらない。
相手は騎兵殺し。間違いなく騎兵にとっての国主級の敵である。
こういう時にすべきは一旦退却して態勢を整えてから、援軍を集めての反撃だ。
だが……
「青田平、ヤバそうな相手と接敵しましたぁ……不幸な目に遭いそうですぅ……」
「白瀬、『歯車抜き』と接敵。交戦を開始する」
「……馬鹿な」
剣士の集団が、なんの前兆もなく、一斉に蜂起する──この時点で異常事態だ。
しかもその中に、蒸気甲冑乗りの中でもエースとされる者たちが苦戦するような存在が、確認できているだけで四人もいるという事実……
「何が、起きているの……?」
桃井のつぶやきが、通信の先にいる仲間たちの叫びにかき消されていく。
帝都の安全性の象徴たる火撃隊、そのエースたちの苦戦の叫び……
エースの一人に選ばれてから感じたことのなかった、『敗北の可能性』が頭をよぎる。
しかも……
「おおい。
のんびりした、太い声が背後からかけられた。
桃井が思わず『騎兵殺し』から視線を外し、そちらを見てしまった。
そこにいるのはぽっちゃりと太った商人風の男だ。
頭巾をかぶって丸いメガネをかけたそいつは、どすどすと運動などできそうもない歩き方をして、近づいてくる。
だが、そいつもまた、火撃隊の討伐対象として名があげられたことがあり……
討伐は失敗。当時のエース一人を失う結果になった。そういう強敵である。
何より、その男の真の恐ろしさは、エースを含む火撃隊に討伐対象にされながらも、逆にエースを倒して火撃隊を撃退した強さとは別なところにある。
「『カドワカシ』……!」
その男は帝都火撃隊の劇団員をさらって、さんざんに凌辱し捨てるというのを趣味としている。
特にエースに数えられる者を執拗に狙い、精神が壊れるまで犯し、奇妙なオブジェにして捨てる。
その残酷かつ猟奇的な性質から、火撃隊の中でも特に要注意とされている人物だった。
『騎兵殺し』に『カドワカシ』。
それぞれ別方向に火撃隊の天敵と言える男どもが、なんの間違いか、集ってしまった。
他の火撃隊も苦戦している様子だ。
(予備員に連絡……ダメだ。逃げられない)
蒸気通信はコストがかかる技術であり、これを使えるのはエース機である色付きの機体だけであった。
そのコストは『設備コスト』であり『
剣士の身体強化も、道士の道術も、騎兵の騎乗兵器操縦にも、すべて神威がかかわってくる。
神威量は何をするにも必要な才能だ。そしてだいたいの場合先天的にその総量は決まっている。
もっとも、体の大きい人は力があるだろうが、『力があること』と『力を扱えること』はまた別の話だ。というより、持って生まれた力が大きいほど、『使い方』が重要になるので、修練なくばただただ持てる力を無軌道に放出して息切れするだけになる。
神威総量の多さと使い手との習熟度にも同様の関係性が見られる。総量が大きいほどに自分の神威の量を把握し、それを緻密に扱うための鍛錬が必要なのだ。
もちろん、エースたちは日々の訓練によって、自分の神威の総量を知り、ペース配分を身に着けている。
そのエースの一人たる桃井が、通信に向けて叫ぶ。
「『騎兵殺し』『カドワカシ』と接敵。撤退可能な者は撤退を優先しこの情報を持ち帰ること。これより神威消費節約のため通信を切る。三時間経っても通信に復帰しなかった場合、桃井はロストしたとして扱うこと。以上。武運を祈る!」
同時にぶつりと通信を切り、機体の全身に神威を行き渡らせる。
桃色の輝きがあふれんばかりの蒸気甲冑を包み込む。……出し惜しみをしている場合ではない。初手、全力で決めなければ負ける。
(二人、倒したい。でも、全力でも一人倒せるかどうか……
少なくとも、凶悪な連中二人を一人で相手にするような目には遭わなかっただろう。
桃井は蒸気甲冑の右手武器を握り直す。
そこにあるのは巨大刀・
機工鎧で扱うことを前提とした長さ、身幅は圧巻。刃の全長
……もっとも、『騎兵殺し』の斬騎刀と比べてしまうと、頼りないように見えてしまうサイズではある。
生身でアレを扱うのだ。剣士の才能を持つ者は。
(ほんと、剣士の連中はこれだから……!)
桃井は『騎兵殺し』に視線を向けたまま、その意識は『カドワカシ』に向けていた。
『カドワカシ』は道術を使う。しかも肉体も特に鍛えていない。刃を当てれば斬れる相手だ。
それでもエースを含む蒸気甲冑乗りを降しているし、その隠し玉は秘されているが……
それでも、刃が肉体に通らない可能性がある『騎兵殺し』よりは確実に倒せるだろう。
道術で起こすのはあくまでも物理現象だ。蒸気甲冑の頑強さならば、『カドワカシ』の道術を弾いて確実に一撃を当てることはできる。
(……できる、はず。そちらの方が、『騎兵殺し』に向かうよりは高い確率で一人倒せる、はず……)
……仮に、桃井にゲーム
『カドワカシ』は確かに運動ができない道士である。
だが、『カドワカシ』の攻撃は、騎兵が得意とする道術ではない。
神の加護。
神は迷宮を攻略した者の品性にかかわらず、加護を与える。
そして、神には五行属性と似た神霊属性を与える者もいた。
ホデミの加護──
五行木火土金水のうち火と見た目は同じため、誰もが『カドワカシ』を火属性の道術士だと誤認する。
だが、その放つ炎は五行のうち一つではなく、より上位のもの──
「きえぇぇぇぇぇぇ!」
桃井は
『カドワカシ』は太った顔をニヤリと歪ませると、自分の正面に炎の壁を作り出した。
桃井は止まらない。刃を前に突き出すように構えての全力突撃。捨て身の攻撃のようでもあるが、騎兵の防御力であれば、道術の炎ごとき突っ切って、刃を『カドワカシ』に突き入れることが可能──
だが、そうはならなかった。
桃井の刃は、『カドワカシ』に届かないし……
『カドワカシ』が展開した炎の壁は、桃井の機体を包まない。
その前に、桃井が軌道を変えて、炎の壁を避けたからだ。
……否、避けたのは炎の壁ではなく……
「ちょっとぉ! 私の阿修羅ちゃんを投げないでくれます!?」
「緊急、だった。あの、火、嫌、感じる」
黒い、丸い、金属の塊。
それはアシュリーの搭乗する機工甲冑阿修羅であり……
炎の壁にイヤな気配を感じたウメの投擲によって、上から落ちてきたものであった。
かくして、ウメとアシュリーが、南区に参戦する。
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