第41話 帝都騒乱・幕間の二

『普段は警備の厳重な城の中にこもりきりで、多くの護衛や監視の中にいるモノ』を誘拐しようと思ったら、どうするか?


 考えられる方策の一つは、正面突破。

 その確率を上げるために、陽動をする。たとえば──


 北。上流階級の者どもの集う区画にて、山賊どもと貧民窟の者どもを使って混乱を起こした者があった。

 西。巨大な化け物をという奇襲にて帝都火撃隊の予備員を引きずりだすことに成功。エースである機体が引っ張り出されるような襲撃であったが……


 南。剣士を多数含む浪人どもが誰彼構わず斬りかかり始める。

 剣士の集団と巨大な化け物、どちらがより大きな脅威かと言われれば……それぞれの『質』についての情報がないのでなんとも言えない。だが、結果として火撃隊のエースはこちらへと遣わされた。


 東の民衆の暴動は、『殺せない相手』なだけにますます多くの人数が必要で、帝都を守る火撃隊以外の兵の多くをそちらに引き付けることに成功する。


 こうして蒸気塔の防備は手薄になった。


 東西南北、どれか一つだけでも、この平和な時代には未曾有みぞうの大混乱。

 だが


 ……ただし、勘違いしてはならないのは。


 これら東西南北で起こった事件は、であり……


『黒幕』が本命として蒸気塔に送り込んだ戦力同士は、なんの協力関係にもなかった。


 ゆえに、蒸気塔入口──


「む」


「あ?」


 帝のおわす蒸気塔、その正面玄関から堂々たるを試みる、二つの一団が存在した。


 一つはいかにもな風体の山賊ども。

 胴具足のみを身に着けて兜も肩鎧もなく、その下には汚い着物をまとっている。

 その一団の先頭にいる者こそが頭領。ただし、その体躯は小さい。というよりも、子供そのものであった。

 眼帯をしたその線の細い黒髪の人物こそ、その悪逆によって帝内ていないで知られた山賊団、『酒呑童子』が頭目・イバラキ。

 薄汚れていて気が強そうで、人を小馬鹿にしたような笑みが浮かぶ、子供にしか見えない人物──だがその正体はドワーフ、しかも半鬼であり、子供のような小柄さでありながら、これでもすでに立派な大人であった。


 もう一団は


 討ち死にの報を伝えたのは偽装であり、北区の混乱を前に兵を退かせたのも、彼の指示。

 彼は北区における『山賊・貧民窟の者どもによる上流階級の来賓らへの襲撃』という事件の黒幕であり、『城壁割り』を始めとして多くの名のある山賊を雇ったのもまた彼であった。


 もちろんすべては、愛のため。


 夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことに恋慕を抱く者は一人や二人ではきかない。

 彼もそのうち一人であった。


 もっとも、年齢は三十代後半。十二歳の少女に『大恩ある帝への忠義を捨て去ってまで愛を貫く』ということで起こしたこの混乱は、どう言いつくろってもには聞こえないだろう。そういうのは十代前半から中盤ぐらいの少年少女でやるから美しいのだ。


 そして重要なことだが、この侍大将、

 加えて言うならば、侍大将は、『討ち死にの報が届いたようではあるが実は生きていました。帝に重要な話があるので通してくれ』で一気に帝のおわす場所まで入り込み、で、夕山を『あの』氷邑梅雪なんぞに嫁にやるのを考え直していただき、いざとなれば帝をしいしてでもつもりでいた。


 よって、ここで山賊と鉢合わせると、帝の油断を誘ってその喉元に近付くために、山賊退治をしなければならない。


 一方で『酒呑童子』頭目のイバラキは、偉そうな侍が嫌いときている。


 この黒髪をざんばらにした半鬼ドワーフは、もともと迷宮奴隷であった。

 いろいろあって逃げ出すことには成功したものの、その時に鞭打たれた経験などからいかにも『権力!』というような顔をした侍は、発見次第必ず残酷に殺すという決まりを己に課しており、ここでばったり出くわした侍大将は明らかに『偉そうな侍』だった。


 帝弑逆というの前だが……


 いや、前だからこそ、ここで一人ぐらい、いかにも偉そうな侍を殺して勢いをつけるのも、いいだろう。


 頭目のイバラキが残虐な笑みを浮かべると、後ろに侍る野郎ども配下たちも意図を察して侍大将の方へと向き直る。


 侍大将も剣呑な気配を察し、配下ともども、イバラキの方へと向き直る。


 先に口を開いたのは侍大将である。


「あー、その、なんだ。貴様のような者が帝のおわす蒸気塔に、いったいどのような要件か? 普段であれば問答無用でしょっぴくところではあるが、今は喫緊の事態ゆえ、素直に退くならば見逃してやるが?」


 侍大将は使という判断から、このように述べた。


 それに対して笑みを深めるのは、山賊のイバラキだ。


「そうかいそうかい。じゃあ、オレはいかせてもらおうかねぇ。……おい、野郎ども。あの連中の死体を帝に投げつけてやろうぜ。かかれェ!」


 一方でイバラキら山賊はと思った。

 ゆえに、一瞬の迷いもなく、武器を手に突撃を開始する。


 侍大将は「ええい!」と苛立たし気に吐き捨て、「賊どもを殺せ!」と戦いを開始した。


 どちらもクサナギ大陸有数の手練てだれである。

 他にも三つほど蒸気塔への正面突撃を選んだ勢力があったが、その正面入り口で帝の侍大将と大山賊『酒呑童子』とが戦い始めてしまったため、静観、あるいは進入路の変更を迫られた。


 かくして正面突破は、陽動をしてもう一歩というところで、目的を同じくする者同士の争いにより、止まった。


 だが──


『普段は警備の厳重な城の中にこもりきりで、多くの護衛や監視の中にいるモノ』を誘拐しようと思ったら、どうするか?


 考えられる方策の一つは、正面突破。


 しかしそれは、唯一の手段でもないし、絶対の手段でもないし、有利な手段でもない。


 もっと成功率が高い方法、それは──



「姫様! 賊どもが蒸気塔の正面まで来ております。どうぞ、お逃げ下さい!」


 姫──夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことのもとに現れた者、それは……


 家老であった。


 家老というのは大名の下で内政を取り仕切る存在であり、その役割ゆえに高齢の者がなることが多い。

 この家老もすでに五十をこえた年齢であり、肩口でばっさりと切り落としたような髪は総白髪であり、落ち窪んでギラついた目や細長い手足もあって、どこか不気味な印象を放っていた。


 しかし帝への忠義は比類なく、もっとも帝からの信頼あつい者ともいわれている。

 事実、彼の施策は帝の意思を反映したもの……民を安んじるものばかりであった。


 ……だが、もしもこの家老の容姿を氷邑ひむら梅雪ばいせつが見ていたら、このように思ったであろう。


『ああ、こいつ、』と。


 夕山の私室に侵入した家老は、動きやすい着流し姿であり、腰には大刀だいとうを一振り帯びていた。

 彼はそもそも剣士であり、若きころは侍大将を務めたこともあった。その剣士としての身体性能はもあって衰えているものの、剣技のほうは、今まさに熟達の域に達している。


 その人物が、この状況で刀を帯びて、入ってきた。


 その事実に、夕山のそばで控えていたメガネの女性……夕山の筆頭護衛・ムラクモは、警戒を露わに、夕山と家老とのあいだに立ちふさがった。


「ご家老、お待ちください。姫様にそれ以上お近づきにならぬよう」


 冷静、否、怜悧な声であった。


 だが家老はまったく怯みもしない。

 それどころか、筆頭護衛ムラクモをにらみつけて、一喝する。


「黙れ! 下賤な隠密風情が! ……だいたいにして、この大事な時に貴様らの頭領は何をしている? 帝をお守りもせず、情報さえもたらさず、行方知れず。そのうえ、事前に情報がないわけがない事態が頻発……いいか、はっきり言う。。我が家が姫様をお守りする。そこをどけ!」

「おっしゃる通り、我らは隠密頭直下の組織。ゆえに、隠密頭か、帝、姫様、いずれかの命令なくば、職務の放棄はいたしませぬ」

「語るに落ちたな闇の者よ! 隠密頭の命令あらば! 確かに聞き届けたぞ!」

「……それは」


 何を言っているんだろうコイツは、という思いが、ムラクモの言葉と思考を止めた。


 そんなわけないだろう。

 そもそも隠密頭がそのような命令をするわけもなく、仮に姫を害する命令が来たとしたら、自分は個人的に逆らう。

 ムラクモは命懸けで夕山を守っているのだ。命を懸けるとは、死を賭すのみならず、ということだ。姫の身の安全のためならば、たとえ判断を誤って裏切者とされ、落ちぶれても構わない。それこそがである。


 だが家老として長年政務を執り仕切ってきた男との舌戦は、明らかに分が悪かった。

 わけのわからないことを言って、相手の言葉と思考を止め、そのあいだに相手を不利にする言葉を重ねていくなど、論戦の初歩の初歩である。


「そもそも貴様以外の護衛はどこにいる!?」

「……」


 いない、ということにたった今気づいたのだ。

 いや、先ほどまでは確かにいた。だが、。相手が家老であれば護衛たちの油断を誘う手管などいくらでもあり、家老がここに本当に一人で来たとは、もう、ムラクモには思えなかった。


 だが、それは証明できない。

 今この場に証拠がないからだ。


 家老は『それ見ろ』というような顔になる。


「姫様を守るとうそぶきながら、ここまで来る私を止める者もなし! これではと思うよりほかにないではないか! 違うと言うなら根拠を示せ!」


 悪魔の証明であった。


 何も悪いことをしていないのなら、と言うのだ。そんなものは不可能である。

 だが、『反論』を考えてしまっているので、術中にハマッてしまっていた。


 ムラクモ、メガネにリクルートスーツを思わせる和服という理知的な見た目に反して、『武』一辺倒の女である。

 他者とのコミュニケーションが得意なわけではないので、諜報ではなく護衛・侵入などを役割とされているのだ。

 一方で、相手どるは家老。帝の政治を仕切ってきた口と政務の化け物である。口での戦いにおいて、ムラクモが勝てる見込みは少しもなかった。


「何も言えんか! ならば、これよりは我が家が姫様をお守りする! あるいは、

「お待ちを!」

「ならば実力を示せィ!」


 話は終わり、とばかりに家老が叫ぶと、家老の家の者どもが、ドカドカとなだれ込んでくる。

 そいつらは全員が剣士であり、しかも、室内での集団戦を想定した修練を積んでいる様子であった。


 ムラクモは、思う。


(……やられた)


 今の、この、混乱した状況は、ムラクモもおおまかなところは聞き及んでいる。

 今日この日にいきなり同時多発的にこの状況になり、これだけの大事件が複数潜んでいたのにその前兆を感じ取れなかったことも、聞いている。


 それが行方不明になっている隠密頭のせいにされそうだということもまた、聞いている。


 彼女は護衛部門であるから、諜報部門がどのような情報をつかんでいて、つかめていなかったのか、詳しいところは知らない。


 だが……


(これだけ色々な事件が起きたのは、偶然かもしれない。でも、偶然バラバラに起きるはずだった事件を、同時多発的に起こす方法は、存在はする)


 その方法は綱渡りもいいところだ。

 だが、あるのだ。


(しっかりと対応して問題ないように……しておいて、


 そもそも流れがあった。

 その流れに、せきを設けていた。


 だが、ある日、その堰を切れば……

 事件という名の流れは、一気に都に流れ込む。


 大前提以上の大前提。

 帝に上げられる報告は『特に帝の判断、帝の耳に入れるべき喫緊かつ大きなもの』のみなのだ。

 帝都だけでも膨大な量の事件が日夜起こる。帝の領地全体ともなれば、もっともっと多くの問題が起こる。

 それらすべてを耳に入れていてはどうあがいても時間が足りない。ゆえに、『解決していなくともあまりにも小さく、現場で解決できるような問題』『大きな事件に発展しそうではあったが、すでに解決済みの問題』、そして『』などは報告されない。


 仮に家老が報告を止めていても、その問題に対処さえされているなら、わざわざ帝のお耳に入れるほどでもないと思うだろうし……

 それら問題の対処失敗が表面化した今日、。今日、決行のその時まで、帝へ上る『今起こっている事件は、実はすでに家老が知っていました』という情報をシャットアウトすることは簡単にできたであろう。


 何よりにいる人物は、


 卓越した政治手腕と、事件を起こそうという者たちの心理を読む能力。

 さらに調


 この同時多発的に様々な事件が帝都で起きている状況。

 これを『同時多発的に発生させることが可能だった人物』は、考えてみればみるほど──敵側にすべてを差配した『ボス』がいないとするならば──目の前にいる家老以外に、ありえない。


 では、その目的は何か?


(姫様だ。帝の家老という立場と、これまで積み上げたもの、何より帝からの信頼を捨ててまでの乱心……姫様以外に、そこまでする価値のある存在などいない)


 夕山神名火命は神の愛し子である。

 彼女は誰も彼もを魅了する。男女の別なく魅了する。


 彼女は、愛される才能をもって生まれた。

 彼女自身の人生をも振り回すほどの、才能を。


「……姫様、私がお守りいたします」


 ムラクモは、スーツのような上着の裾の陰から二振りの短剣を抜いた。

 その奇妙に歪曲した形状は『ククリナイフ』と呼ばれるものであり、見た目としてはなたを思わせる。しかし軽く、そのうえで、振りぬけば人体を断ち斬るのに適した鋭さと重さが出るような、そういう形状の武器であった。


 最強のナイフ・短剣は何か? という問いがあれば、必ず候補に挙がるであろう武器。

 そのナイフの強さは、万能性にある。湾曲した特殊な形状は、投げてよし、引っ掛けてよし、振り下ろせば切っ先が敵の骨に食い込み中まで届くし、滑らせれば太い血管をたやすく引き裂く。


 彼女と同じだ。

 その戦闘における卒のなさから、夕山という愛されすぎている子の筆頭護衛に選ばれたムラクモ。遠・近・接近、すべての距離で戦うことができ、相手の行動を封じることも、相手を倒すことも、器用にこなす。


 万能の女性が、万能の武器を構える。


 愛に狂った家老が、腰に携えたあまりにも細い刀を抜く。


 厳重なる警備の中にいる宝をさらうには、どうすればいいか?

 一つ、正面突破。

 そしてもう一つは、である。


 帝都騒乱、最終幕、開幕。


 ついに『宝』に魔手が迫っていた。

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