第19話 『まつろわぬ民』
「ご主人様!」
矢。
前時代的、あるいは蛮族的な武器だ。
この世界における飛び道具と言えば道術であり、それ以外の飛び道具は『士道に
なお、なぜか『剣を振って衝撃波を飛ばす』『騎兵による機銃掃射』などはアリとされているので、なかなか難しい価値観ではあるのだが……
ともあれ遠間から弓矢での狙撃というのは
梅雪は急に前に飛び出して自分を守るアシュリーの装甲から、矢を弾く音を聞きつつ、「ふむ」とつぶやく。
そして頭部のハッチを閉めて戦闘態勢に入ったアシュリーを風で脇にどかして、堂々と歩き始めた。
「ずいぶんな歓迎だなァ、『まつろわぬ民』どもよ! あまり歓迎されると、俺からも返礼をしなければなるまい……なァッ!!」
梅雪が右手を前へかざす。
すると手のひらから竜巻が撃ち出され、遠く、オアシスの周辺に生えている南国風の木々を根っこから引き抜き、宙に舞わせた。
その勢いによって木の背後に隠れていた者たちも同じように吹き飛ばされる。
「アシュリー、拾ってやれ」
「先に言ってくれよ!?」
戦闘モードなのでちょっと口調が乱暴になりつつも、それでも根っこには常識があるため梅雪のやらかしにおどろきつつ、動く。
巨大な金属の塊とは思えない速度で急発進したアシュリーと、どこに潜んでいたのか同じように機工絡繰を装備した氷邑忍軍の忍びどもが、宙に舞わされた人々を飛び上がって受け止める。
忍びたちの絡繰から炎が吹き出し落下の勢いを弱めつつ、やはり荒れた地にあれだけの重量物が落下したにもかかわらず、足音の一つも立たなかった。
代わりに動きが止まった時に、プシュー……と減圧の音がし、絡繰から蒸気が吐き出される。
(どういうメカニズムなんだ……)
神の加護とか道術よりも、よっぽど不思議なのが騎兵のような気がする梅雪であった。
「さて」
梅雪はゆっくりと荒れ地を歩き、だんだん地面が砂に変わっていくのを草履の裏に感じながら、忍びたちに受け止められ、地面におろされた人々に近付いていく。
そこにいる人々は噂通り、『まつろわぬ民』であった。
獣人もいるし、
そして、その誰もかれもが中途半端だ。
だがそこにいる天狗は浅黒い肌をしていて、すらりとしているというよりは、ずいぶん肉感的な体つきをしていた。
だが、目の前の鬼はただ単純に子供のように小柄であり、体つきは細身で、体毛は頭ぐらいにしか見受けられなかった。
伝承に残る
しかし目の前の
獣人もそうだ。本来、もっと獣獣している。
だがそこにいる獣人は、剣聖シンコウに連れ去られた少女のように、人の頭に獣めいた耳が生え、腰の後ろに尻尾が生えていると、そういう姿だった。
「なるほど、貴様らは人の界隈に居場所がないのみならず、貴様らのもう片方の親の住まう世界からも見捨てられ、『魔境』で暮らすしかなくなった、真なる『まつろわぬ民』といったところか」
「そ、それがなんだ!? なんなんだよ、お前──うひぃ!?」
最後の悲鳴は、言葉の途中で梅雪が彼女に向けて氷の槍を飛ばしたから上がったものだった。
梅雪の形成した氷の槍は、発言した浅黒い肌の
「おいおいおい、この俺がしゃべっている最中に割り込むなと親に教わらなかったのか? まったく、命がいらんと見える」
「……」
「だが、今日の俺は寛大だ。貴様の狼藉による怒りのぶつけ先があるのでな。いいか、一度しか言わんぞ。『服従か、死か』だ」
「ちょいちょいちょい! ご主人様! 言い方! 言い方!」
アシュリーがガショガショ機工絡繰を鳴らしながら近付いてくる。
梅雪は「ふん」と鼻を鳴らした。
「言い方? では何か? この俺がこいつらの住居を用意し、仕事の世話をしてやるというのに、こいつらに媚びへつらい、ご理解を求めなければならんと? 貴様はそう言うのか? そもそも先制攻撃をしてきたのはこいつらだぞ?」
「そんな言い方じゃまとまる話もまとまんねぇだろって言ってんだよ!」
「『言葉』にしか過ぎないものに幻惑され、ここでわけもわからず反抗の意思を見せるような者はいらん。先ほどの一撃で実力差がわからず、とにかく従うしか生きる道がないと理解も出来ん愚図は、今後も事あるごとに浅い見識で俺に逆らうだろう。『いつ処断する? 今だ』というだけにしかすぎん」
「それにしたって……!」
「では、貴様がやれ。五分だけ待ってやる」
「無茶ぶりィ!」
「二、三、四……」
「もう数え始めてる!?」
アシュリーはしばらく機工絡繰搭乗状態でわたわたし、それから、ハッチを開けて顔を出す。
その顔はまごうことなき
アシュリーは本来気弱でネガティブなので、視線にさらされるとひるんでしまう。
緊張に負けてまた頭部ハッチを閉めようとしたが、勇気をもって思いとどまり、「あの!」と声を出した。
予想以上に大きな声が出てしまって、自分でびっくりしたあと……
「あ、あのあのあの、ご、ご主人様は……口が悪くて……何かにつけてすぐキレて……『ええ、そんな受け取り方する!?』って驚くぐらい人の言葉とか態度にめちゃくちゃな難癖をつける人で……すぐに人を馬鹿にして見下すし……」
「貴様が普段ため込んでいる『言いたいこと』を言う場を欲しているだけなら、ここでなくとも良いな?」
「説得します! え、えっとぉ……で、でも、人種では区別しないから……わ、私も、
言ってる間に自信がなくなってきた、という声音であった。
これにはまつろわぬ民たちも困惑する。この
梅雪はアシュリーの言葉が止まったので、もういいかなと思って口を開く。
「それで? 貴様らの答えを聞こうか」
すごく困った空気が広がった。
ノーヒントも甚だしい。
まつろわぬ民たちは、奴隷にされたり、殺されたりしそうになって逃れてきた半端者どもである。
そこにいかにも偉そうなガキが『服従か、死か』という選択を押し付けてきた。判断材料がなさすぎる。
しかもこのガキ、どこの誰なのか名乗っていないのだ。
まつろわぬ民たちは、オアシスにまで奴隷狩りが来たのかと思っており、これについて行くという選択はしにくい心情にあった。
だが、実力差は明確だし、選択肢も明確だ。
このガキには『殺す』と言ったら本当に殺すだけの力と意思を感じる。
「い、命の保障は、してくれるんだろうな……!?」
集団の中心人物と思しき浅黒い肌の
梅雪は馬鹿にしきった顔であごを上げた。
「『服従か死か』という選択肢が提示されたなら、『死』を選ばんなら命の保障はするに決まっているだろうが。このような愚か者に俺が用意した仕事ができるのか、不安になってきたところだぞ」
「く……途方もなくムカつく……!」
「あまり口を開いて自分の価値を貶める前に決断した方が身のためだと思うがなァ?」
懇切丁寧に説明し、待遇を約束し、根気強く説得し、来てもらう──
そういう行動をとる選択肢も存在はした。
しかし、それだと話が遅すぎるので、とりあえず暴力で連れていく。
そもそも人から隠れてここまで逃れてきた連中の信頼など、そう簡単に得られるものではないだろう。とりあえず領に連れ帰ってから信頼を育んだ方が話が早い。
つまり梅雪の行動は説得RTAなのである。
よって、余人の混乱を誘うのだ。
「……服従する……」
「はぁ? 聞こえんなぁ?」
「服従する! だからどうか、命だけは……!」
「そうか。土下座しろ」
「は……!?」
「上下関係がわかっておらんようだなァ? 貴様らは今、『殺さないでいただいている』状態にしかすぎんのだ。俺の機嫌を取っておくのは、悪いことではないと思うが。違うか? 優しく交渉に来たこの俺に矢を射掛けたのだから、その分は謝罪すべきだろう?」
「この、クソガキ……!」
横でアシュリーが「なんで無駄に挑発するんですかぁ!?」と泣きそうになっていた。
しかし一回ここで土下座を挟んでおかないとモヤモヤするのだ。
土下座というのは梅雪にとって区切りの儀式である。人が間違いと力の差を認めて自分の前で地面に額をつける姿、好きだし。
それに、向こうも『なんかわけのわからないまま捕まった』というより、一回土下座を挟むことで、『確かに敗北を認めた』というのがわかりやすくなるだろう。
つまりこれはお互いに利する提案なのだ。
そういうわけで、
「土下座、しろ。全員、地面に手と膝と額を付けろ」
いきなり襲撃されて土下座強要されるの、全然精神が追いつかないが……
やはり梅雪には『絶対に土下座をさせる』という凄味があるので、ここでやらないと永遠に話が進まないのだけは魂に理解させられた。
浅黒い肌の
彼女はこのまつろわぬ民たちの中心人物であった様子で(ゲームにはグラフィックはない)、周囲の者たちがざわめく。
梅雪が『ざわめいてないでさっさとお前らも土下座しろ』の圧を込めて視線を向ければ、全員がゆっくり、戸惑いながら土下座姿勢になっていき……
だいたい三分後、まつろわぬ民たち全員が梅雪に向けて土下座をした。
梅雪は「ふむ」とつぶやき、
「それで? 貴様らはどうすると?」
「さっき、言った通りだ」
「貴様らが土下座するまで三分もかかったせいで忘れてしまったな」
「……ふ、服従、する……!」
「敬語」
「クソガキ……! ……服従、します……!」
「はぁ? なんだって? 『自分たちは安いプライドにしがみついて土下座に三分もかけた愚か者でしたが、力の差を理解したので喜んで庇護下に入らせていただきます。これからよろしくお願いしますご主人様』?」
「そこまでは言ってないだろ!?」
「額を地面から離すなァ! 真剣に土下座しろ!」
「っう……! くそ……! じ、自分たちは……安いプライドにしがみついて土下座に三分もかけた愚か者でしたが……力の差を、理解、したので、喜んで庇護下に入らせていただきます……! これから、よろしく、お願い、します……ご、ご主人様……!」
「はあ。ただ服従するだけなのにずいぶん時間がかかったな」
「こいつ、マジ……!」
「まあいい。貴様らの身柄はこの氷邑梅雪が受け入れる。これより貴様らは氷邑家の家人であり、この俺の直属の家臣とする」
「…………氷邑家?」
「なんだ、氷邑家の名も知らんのか。ここのすぐ東にある名門だぞ。不勉強にもほどがある……」
「くそ……なんてこった……」
何か氷邑家にイヤな思い出がありそうな様子であった。
だが、梅雪は興味がないので、忍びたちに「連れて行け」と命じる。
そしてアシュリーを見上げて(絡繰に乗ってるのでデカい)、爽やかな笑顔で述べた。
「いやぁ、素直に応じてくれてよかった」
「遺恨を残しまくっていると思います」
しかし、それは仕方のないことだ。
氷邑梅雪十歳。
その趣味は、人に命乞い土下座をさせることなのだから。
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