第10話

「あけてごらん」

 蝶の入っているケースをシャーリーは開けた。

 蝶の標本たちがひらひらと飛んだ。

「まあ」

 老人が指を鳴らすとケースが一斉に開く。

 部屋中が艶やかで埋め尽くされた。

 宙を舞う色彩たち。

「綺麗だろう」

「はい」

「はっはっはっはっは」

 老人はおかしそうに笑った。

 シャーリーの頭にはドレッシングがかかっている。

「もう嫌です」

「まあ、そう言わずにせっかく服も作ったんだから楽しもうじゃないか」

「何を楽しんでいるんですか旦那様は、私はなにも楽しくありませんよ」

 老人はもう一度声をだして笑った。

「誰でも最初は下手っぴだよ、二回目、三回目でもっと良くなるさ」

「そうでしょうか……」

 シャーリーはドレッシングをフキンで拭う。

「誰もが通る道だ」

 老人はドレッシングを指ですくって口にいれ、

「ほら、まあ、味はわるくない」

 不格好な野菜のスープに形の不揃いのパン。ドレッシングの飛び散ったサラダ。

 シャーリーはスープを一口飲んだ。

「ほんとだ、おいしいです」

「私の教え方が良かったな」

「ですね」

 老人と人形は笑いあっていた。

「今度は茶でもしばくか」

「しばきましょ」

「シャーリーはそんな下品な言葉遣いを使うんじゃないよ」

「しばきます」

 老人は頭をかかえた。

「聞いちゃいないよ」

 ドアを開けると、太陽の光がさんさんと降り注ぐ、良い天氣だった。

 人形は白いワンピースと大きなつばの帽子をかぶっていた。

 亜麻色の長い髪がゆれている。

 老人はよそ行きの渋い茶色の着物の装い。

「よし、出かけようか」

 老人の後ろをついて行くと、庭の赤い電話ボックスの扉を開けているではないか。

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