第7話 串間温泉

 藤堂は佐藤の後輩刑事だった。以前、横浜にある港署で一緒だった。あぶない刑事ファンの上層部が名づけた、以前は山下署だった。


 藤堂は串間温泉にやって来た。砂岩・頁岩層(日南層群)の地下1000mの深層より湧出している温泉。液性は弱アルカリ性(pH=8.4)であり、美肌に効果があるといわれている。


 入浴施設は本館の「リフレ館」と、露天風呂がある「湯ったり館」に分かれている。料金や利用時間もそれぞれ異なっているが、共通入浴券を購入すると両方を利用することができる。

 

 藤堂は串間温泉の温かな雰囲気に包まれながら、ゆっくりと足を踏み入れた。周囲には山々が広がり、温泉の湯気が幻想的に漂っている。彼は深呼吸し、日常の喧騒から離れたリラックスした気持ちを感じた。


「ここで少し頭を冷やそう」と心の中でつぶやき、彼は旅館の玄関を通り抜けた。ロビーには地元の特産品が並び、温かいお茶の香りが漂ってくる。藤堂はまず、温泉に浸かる前に、旅館の人にチェックインを済ませた。


部屋に案内されると、窓から見える景色が彼を魅了した。温泉街の風景と山々の緑が一体となり、心を落ち着かせる。藤堂は温泉に浸かることで、最近の仕事のストレスや先輩との口論を忘れられることを期待していた。


 浴衣に着替え、彼は温泉へ向かった。温かいお湯に体を沈めると、まるで疲れが溶けていくようだった。藤堂は目を閉じ、静かな時間を楽しむ中で、事件のことや自分の考えについても整理していくのだった。露天風呂でクジラ荘でのことを思い出した。


 佐藤刑事は眉をひそめながら藤堂を見つめた。「藤堂、お前がゲームのことばかり考えているから、事件の真相が見えないんだ。これは遊びじゃない」


 藤堂は反論する。「でも、事件の手がかりを見つけるためには、もっとクリエイティブな発想が必要です。ゲームの考え方が役立つかもしれません」


「その理屈は通用しない。現実はゲームとは違うんだ。被害者やその家族のことを考えろ!」佐藤の声は一段と大きくなった。


 藤堂は不満そうに肩をすくめた。「でも、分析や推理をゲームに応用することで、全く新しい視点が得られると思うんです」


「新しい視点なんて、被害者の血を見て冷静に考えられるのか?お前の理想論はここでは役に立たない」佐藤は怒りを隠さず言い放った。


 藤堂は一瞬黙り込み、視線を逸らした。「確かに、でも…やり方を変えないと、事件は解決しません」


 藤堂はため息をつきながら、思いついたように口を開いた。「じゃあ、こういうのはどうだ?ロシアンルーレットで決めるとか」


 佐藤は驚きの表情を浮かべた。「何を言っているんだ、お前。そんなことをする理由があるのか?」


 藤堂は真剣な目を向ける。「これは賭けじゃなくて、リスクを理解するための手段だ。危険を分かってこそ、真剣に捜査に取り組めるんじゃないか?」


「それはあまりにも無謀だ。命を賭けることで何が解決する?」佐藤の声は冷たく、藤堂の提案に対して反発した。


 藤堂は少し考え、続けた。「でも、時には極限の状況に身を置くことで、冷静な判断ができるかもしれない。何か見えてくるかも」


 佐藤は肩をすくめた。「その考えは危険すぎる。事件の解決は、そういう方法ではない。もっと現実的なアプローチが必要だ」


 二人の意見は真っ向から対立し、部屋には緊張が漂っていた。藤堂は言葉を選びながら、自分のアイデアの意義を模索した。

 互いに静かな空気が流れ、先輩と後輩の間に緊張が走る。どちらが正しいのか、答えはまだ見えないままだった。


 佐藤は怒りをこらえきれず、藤堂に向かって声を荒げた。「もういい加減にしろよ!お前のやり方には我慢の限界だ」


 藤堂は冷静に反論した。「感情だけで動いても何も解決しない。もっと冷静に考えろ」


「冷静に?お前はいつもそうだな。自分のやりたいことばかり優先して、周りのことなんて全然考えてないくせに」


 藤堂の眉がピクリと動く。「それは先輩も同じだ。自分の意見を押し通すだけじゃ、進展はない」


 佐藤は一瞬言葉に詰まり、深呼吸した。「でも、お前の方法じゃ誰も納得しない。もっと対話が必要だ」


 藤堂は目を細め、じっと佐藤を見つめる。「対話は大事だ。でも、まずは先輩が自分の言葉を見つけることだ。そうしないと、何も始まらない」


 一触即発の緊張感の中、二人は互いの目をじっと見つめ合った。次第に言葉の応酬は静まっていったが、心の中のもやもやは依然として残っていた。


 あのとき、ロシアンルーレットをしとけば今頃犯人が捕まってたかも知れない。

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