フェニキアンローズの冒険

@yoshitak

第1話 探知

 けたたましい警告音が資源調査船「フェニキアン・ローズ」の船内に響き渡った。船長のレオンは、浅い眠りから瞬時に覚醒し、インターフォンでブリッジを呼び出した。

「どうした、マテオ。何があった」

 この時間、ブリッジの当直は船のCTO(最高技術責任者)であるマテオが務めている。

「レオン、やばいかもしれない」

 マテオの声は落ち着きを欠いていた。いつも冷静で理詰めで行動するマテオらしくない。レオンは今起こっている事態が尋常ではないことを即座に感じ取った。

「未確認飛行物体。距離は630万キロ。秒速35キロでインターセプトコース、真っ直ぐこっちに向かって来てる」

「警告を発したか」

「キャメロンがもうやったけど、コースは変わらない」

 キャメロンは正式名称「キャメロン3000」。最新式の量子AIだ。船の運航はほぼこのAIに任せている。この船が処女航海にでてから5年ほどが経つが、判断ミスは一度もない。クルーはキャメロンに絶対的な信頼を置いている。

「船籍は」

「不明。呼び掛けにも一切応じない」

 レオンは背筋を寒くした。

「分かった、すぐに行く」

 ベッドから飛び起き、レオンはブリッジに向かった。


 ブリッジのレーダーコンソールの周りにはクルー全員が集まっていた。全員と言っても8人しかしない。

「どうだ、何か分かったか」

 レオンの質問に誰一人顔を上げなかった。みんながレーダー画面を凝視している。CTOのマテオがレーダーのコンソールにかじりつき、タッチ画面をせわしなく操作していた。時々黒縁の眼鏡がずり落ちるのをしきりに気にしている。この時代、眼内レンズが当たり前で眼鏡などという前時代的なものを使っているマテオは相当変わり者かもしれない。だが、それが彼のキャラクターとして定着している。

レーダー画面の右隅には白い点があり、画面の中央部に移動している。これが未確認物体だった。

「何モノだ。彗星核や小惑星じゃないのか」

「違うよ」

 マテオが即答した。マテオは滅法メカに強い。エンジニアと言っても良いくらいだ。そして、エンジニアにありがちなことだが、マテオは理詰めで物事を処理する。この不測の事態も彼なりに理論的に考察しているはずだ。マテオは左手の中指で眼鏡をひょいと上げて続けた。

「この反応は間違いなく金属、船だよ。それに、こんな動き方、小惑星や彗星なら絶対にしない。キャメロンもそう分析してる」

 レオンは無言で頷いた。マテオとキャメロン3000がそう言うなら間違いはないだろう。

「宇宙船なのか? それにしては随分速いじゃないか」

 船長代理のガブリエルが割り込んできた。ややいらだった口ぶりだ。ガブリエルはどちらかと言えば思考はネガティブ。秩序だった世界を好むので、このように訳の分からない事態に振り回されるのは嫌いだ。眉間にしわを寄せ、深刻な表情をしている。

「速度は僕らとほとんど同じだよ」

 マテオはすんなりと受け流した。ガブリエルはなおも食い下がる。

「これは深宇宙を航行するスピードってことだ。この船だってここまで加速するのに2年もかかったんだ。最新式のこの船でもな」

「何が言いたいのかな」

「地球の船で、これほどの速度を出せる船はそういないってことさ」

 ガブリエルのひと言は、しばらくの間、ブリッジの全員を黙らせるに充分の重さがあった。

<それじゃあ、奴は何モノ?>

 全員の頭の中には同じ疑問が渦巻いていた。


「呼び掛けに応答はないんだな」

 レオンは通信担当のルシアの方をちらりと見て確認した。ルシアはヘッドセットの位置を左手で調整しながら、右手でインカムのマイクをいじっている。黒髪のセットの乱れを気にしているのだろうか、しきりにヘッドセットの位置を修正している。

「ありません」

 質問への答えは一言だった。タメ口でのやり取りが普通になっている船内にあって、ルシアはいつも敬語を使う。知的なタイプということもあるが、近寄りがたい雰囲気をクルーたちに与えているのは、この態度と言葉遣いにも原因がある。

「この宙域に俺たちと別の船は?」

 レオンの質問には、再びマテオが答えた。

「僕たちが今、太陽系で最も外側にいるはず。無人探査機だってこの宙域にはいないよ」

 ブリッジは沈黙に包まれた。少し長い時間が流れた。

「ところで…」

 こういうときには船長が何か切り出さないと、事態は前に進まない。レオンが口を開いた。

「このままのコースを進むとして、接触予想時間は」

 この質問にはキャメロンが答えた。

「50時間28分後です」

 人と聞き間違うほど、流ちょうな話しぶりだった。そういえば敬語を使うのが船内にもう〝一人〟いた。

「一応エウロパに現状を報告しておいてくれ」

「了解しました」

 ルシアが答えた。今度も返答は敬語で簡潔だった。


「これってファーストコンタクトって奴?」

 マテオとルシアを除くクルーが食堂兼会議室に集まって、対策会議を開いた。口火を切ったのは、資源調査担当のハルだった。明るい性格で船のムードメーカー。いつも会議の席では真っ先に発言する。童顔で茶色の髪は軽くカールしている。顔にはそばかすの跡も残っていて、年齢の27歳よりは若く見える。

「そうと決まった訳じゃない」

 船長代理のガブリエルが即答した。ハルがすかさず反応した。

「だって、さっきガブは『地球にこれほどの速度を出せる船はない』って言ったじゃん」

「それは一般論として言っただけだ。これが異星人とのファーストコンタクトだと決めつけた訳じゃない」

「ふ~ん。随分慎重な物言いだね。いつものことだけど…」

 ハルは納得がいかない様子だった。ガブリエルは口をつぐんだ。

「だけど…」

 ハルが口を開いた。

「相手が何かは分からないけど、真っ直ぐこっちに向かってきているのは確かだよ。マニュアルに沿って行動するのが当然じゃないかな」

 何人かが頷く。

「ファーストコンタクトのマニュアルを覚えているか」

 レオンが船長らしい問いかけをした。

「はい」

 ハルが挙手をした。その横でアリソンが吹き出した。アリソンはハルの恋人だ。若いこの2人の行動は船内の空気を明るくする。ハルは滔々と話し始めた。

「警告通信を除くと、接触の48時間前に正式なコンタクト、つまり接触を前提とした通信を送る。船の位置、速度、船籍を示す簡単な図形を、全周波数で送信する。大事なのは船籍、太陽系第3惑星に所属していることが含まれる。この目的は…」

「不意打ちを避けること。こちらの存在をきちんと知らせることで、不用意な接触にならないようにする」

 ガブリエルが続きを答えた。話の腰を折られて、ハルは不満げな表情をみせた。アリソンがそれを微笑みながらなだめている。

「その通りだ。もし相手がファーストコンタクトを避けたいのなら、その通信を受けて進路を変更するはずだ。我々はその後を追わない。それが決まりだ」

 レオン答えを締めくくった。

「早速、準備をしよう」

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