第37話

バスケ部が無事に全国出場を果たしてから数日が過ぎた。

もう生活はいつも通りに戻り、期末テストに向けて進み出す。

大会で負けた部活に所属している3年生は引退して、勝ち残った部活はこれからも続く。

2年生にとっては勝っても負けても同じだからあんまり関係ない。

すれ違う3年生はどこか解放されたような顔をしている。

おそらく引退している3年生だろう。

全国に行くというのはどんな気持ちなんだろう。

あの歓声を聞いた葵達はどんな気持ちだったんだろう。

何にも変え難い快感だったろうな。

俺には想像もできない。


「葵〜!おはよう!この前の試合見てたよ!」


「ありがとう」


「全国頑張ってね!応援してる!」


「うん、頑張るよ」


似たような挨拶が何日も続いている。

あれから葵の周りは更に人が増えた。

廊下から覗きに来るファンも多い。


「葵おはよう!全国大会ってどこであるんだ!?」


浅田が元気よく葵に声をかける。


「えっと....どこだったかな、先輩に聞いとくよ」


「頼む!俺応援に行くよ!」


あんな風に素直に動けるのは間違いなく浅田の美点だろう。

俺に喧嘩ふっかけるのはやめて欲しいが、そういう所は尊敬しているし、羨ましい。


「あ!私も行きたい!明日教えてよ葵!」


「うん、ありがとう」


全国大会か....

場所にもよるが、多分行けないだろうな。

浅田も行くみたいだし、また変に喧嘩売られるのも面倒だ。

おそらく全国大会が終わったあとは今より更に人気が出るのだろう。

容易に想像がつく。

つくづく俺と葵は住む世界が違うんだと自覚する。

この前は勇気を出そうと思っていたのに、すぐに卑屈になる自分が嫌いになる。


「おはよう、坂村」


「あぁ、おはよう」


深見はいつも挨拶してくれる。

君ほんとに良い人だね。

友達にならない?


「もう大会が終わってから日にちは経ってるのに、収まることを知らないな」


目線を葵の方に向けて言う。


「深見も行ってみたらどうだ?」


「よせよ、痛い目線を向けられるのは心が持たないんだ」


深見にそんな目線を向けられることがあるのなんて想像もできないが、色々あるのだろう。

知らんけど。


「そういう坂村はどうだったんだ?大会見に行ったんだろ?」


「素人目から見ても、凄い試合だったよ」


あの試合全体でも凄かったが、特に第4Qの途中から出た葵はとてつもなかった。

あれはまさに怪物。

ファンが増えるのも納得だ。


「坂村が見に行ったから勝てたのかもな」


いきなり何言ったんだこの男は。


「そんなわけないだろ、女神じゃあるまいし」


「案外あるかもしれないぞ?じゃあ、俺は自分の席に行くよ」


一体何が言いたかったんだ?

掴めないやつだ。

それから放課後まで休み時間になる度に葵の周りには大勢が集まった。

いい加減しつこいと思わないんだろうか。


「....帰るか」


図書室に行こうと思ったが、もう手伝う期間が終わったので行きやすい理由が無くなってしまった。

だがあの期間で萩原に勉強を色々教えてもらったので、かなり助かった。

ほんと助かった、マジでありがとう。


「あ!先輩!」


これまた助けられた人物の声が聞こえた。


「今帰りですか?」


「あぁ、今日は特に予定も無いしな」


なんだかんだここまで忙しかったような気がする。

美化委員の活動もだが、空き教室の掃除。

図書委員の手伝い。

....そういえば、原田にまだ礼をしていなかったな。


「ありがとな、図書委員の件」


「え?全然大丈夫ですよ〜、先輩たちのお役に立てて嬉しかったです!」


「なんか好きなジュースでも奢るぞ、大したことはできんからな」


「え!?ホントですか!ありがとうございます!」


そう言って俺たちは校内の自販機に向かった。

自販機の近くには体育館もある。


「悟じゃないか、どうしたんだ?」


当然といえば当然なんだが、葵が居た。


「ちょっとな、ジュース買いに来たんだ」


「....隣の子は...確か」


「あ!遅れてすみません!原田蓮です!」


「あぁ、図書委員の仕事を手伝ってくれたんだってね...その際は助かったよ、ありがとう」


葵はそう言って頭を下げる。

後輩に対しても、変わらず礼儀を忘れない。


「それで....もしかしてデートかい?」


やめてくれ。

なんか笑ってるけど笑ってないし。

俺なんかしたかな?何もしてないよね?


「違うから、そういうのは原田にも失礼だろ?」


「す、すまない...そういうつもりじゃなかったんだ」


「い!いえいえ!気にしないでください!むしろ気さくな絡み方で嬉しかったです!」


「ありがとう....」


全く心臓に悪い。

最近少し勘違いされることが多い。

しかも葵に。

運が悪いというかなんというか。

とにかく俺は葵一筋だからな。

....何言ってんだ俺は。


「さっき言った図書委員の手伝いのお礼だよ、好きなジュース奢るって」


「なるほど、そういうことだったのか」


「葵〜、練習始めるぞ〜」


体育館内から顔を出して葵を呼ぶ。

あの人は確か、キャプテンだっけ。

....名前なんだったっけ。


「あれ、君らは....」


「私は原田蓮です!」


「....坂村悟です」


「ほう....君がね」


え、何、俺のこと知ってんの?

どこかで面識あったっけ。

全然覚えてないぞ。


「私は真田冬雪だ、バスケ部のキャプテンだよ」


あぁ、確かにそんな名前だったな。

思い出した思い出した。


「坂村くんのことは葵からよく」


「あーーー!!!練習行きましょう!キャプテン!!またね悟!!」


葵は真田さんの背中を押して体育館に戻っていった。

なんだったんだ?


「先輩、佐倉さんとお知り合いだったんですね」


「え?まぁ、幼なじみでな」


「えぇぇ!?そうだったんですか!?!?」


知らなかった....と呟く原田。

まぁ言ってないからね。


「それより、何が良いんだ?」


えーっとえーっとと言いながら、ジュースを選ぶ。

その間に体育館は既に練習の音でいっぱいになっていた。

チラリと体育館の中に目をやる。


やっぱカッコイイな。


「かっこいいですよね、佐倉さん」


「そうだな...」


「一年生の間でも大人気ですよ、特に今大会では大活躍でしたから」


やはり一年生の中でもそんな感じなんだな。


「あ!でも安心してください!私は先輩だけのファンですよ!」


ったくこの子は人目も気にせずに....


「あっそ」


「あぁ!待ってくださいよ先輩!」


軽くあしらいながら帰路に着いた。

それを見る葵は少し不安そうな顔をしていたのは俺の知る由も無い。






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