第35話

まだ...まだ終わらせない...!!

ここまで来て....終わってたまるか!!


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


「プッシング!黒6番!!バスケットカウント!ワンスロー!!」


ファウル....

ブロックのタイミングは完璧だったはず....

いや、それより....私はこれで何個目だ??

1...2...3......4

まずい、いくら数え直しても4にしかならない。


「...い.....おい....!!」


下げられてもおかしくない....でもこんな所で抜けたら....


「葵!!」


冬雪さんが大声で私の名前を呼んでいた。

どうしよう、なんて謝ったら


「大丈夫だ、葵」


肩を掴みながら言ってくる。

大丈夫だなんて、そんなの嘘だ。


「とりあえず、ベンチは交代の指示を出してる。変わるんだ葵」


「で....でも...!!」


「良いから!!.....下がるんだ」


どんな顔してベンチに座ってればいいんだ....


「ナイスファイト佐倉」


「あとは私たちに任せて!」


「少しは休んでな葵」


なんで....誰も責めてくれないんだ....

でも、指示は仕方ない。

下がろう...


「葵!!約束は必ず守る....だから信じろ」


約束....私が守れていないじゃないか....

いつもより重く感じるジャージを着て、ベンチに座る。

コートを直視できない。

悟だってこの試合見に来ると言っていた...こんなダメダメなところ見せたくなかった。

なにより先輩たちの最後の大会をこんな終わり方で....許されるはずがない。

辛うじて笛の音と観客の歓声が聞こえるだけ。

罪悪感と疲労でどうにかなってしまいそうな、最悪の気分を抱えていると、あっという間に第3Qを終えて先輩達が帰ってくる。

帰ってくる....だめだ、こんな失態を犯して、どんな顔を向ければ....


「な〜にもう負けたような顔してんだよ佐倉」


「もう〜、エースがそんな顔しないでよ〜」


なんでそんな軽口を。


「葵....スコア見て」


清明高校 53-57 春海高校


離されていない....

先輩達の実力を疑っていたわけじゃない、それでもあの失点は先輩達にとっても大きなダメージだったはず....


「驚いた?」


「え...いや、そんな....」


「エースがあそこまで踏ん張ってくれたんだもん、先輩の私たちが応えないわけにはいかないよね〜」


「まぁたったの2分ちょいだったから自慢にはならないけどね....」


「せっかく良いこと言ってるんだから空気を読みたまえ」


なんでこんな私に....なんで責めない....

続けてキャプテンも私に声をかける。


「確かに4ファウルは痛かった。でも誰も葵を責める気なんてない。今まで何度も葵に助けられたんだ....こういう時くらい力になりたいんだよ」


先輩たちの言葉に思わず目頭が熱くなる。


「先輩....私....」


「おっと、まだ泣くなよ?勝つまでそれはとっておいて....必ず一緒に行くぞ、全国」


「当たり前よ!」


「おう!」


「よし、最後まで戦うぞ!」


第4Qを戦うために全員がコートに戻る。

今まであまり見ることがなかった、先輩たちの背中。

私の尊敬するかっこいい先輩たち。

約束....




━━━━━━━「え、先輩高校でバスケ辞めるんですか?」


「あぁ、もう嫌というほど自分の実力を思い知ったしね....」


キャプテンにまで登り詰めたのに、実力を思い知ったって...


「でも、だからこそ吹っ切れているところもある....私だけじゃない、チームメイトも、今までここで汗を流した先輩たちの悲願でもある、全国大会...これ一本に絞って頑張れる」


この人の背中には一体どれほどの思いが乗ってるのだろう。

しかもそれは背負わされているものじゃない、自分から背負っている。


「まぁ悲願というのもあるけど....私たち3年にとってもう1つ大きいものがある」


それと同じくらい大きなものって一体なんだろう。

やはり最後だから色々思うところはあるんだろうか。


「葵だよ」


呆気にとられた。

私?なぜ?


「葵を全国に知ってもらいたいんだ。まだ葵達の学年は来年があるけど、私たちは最後。できれば私たち"も"葵と一緒に全国で戦いたい、一生の自慢になるぞ」


「......は、はぁ.....」


「ははっ、葵もそんな顔をするんだな....よし、約束だ。私たちは必ず葵を全国に連れていく....一緒に戦うぞ」


そんなの....私も


「私も、最後までみんなと一緒に戦います!」━━━━━



約束したのに、私は最後まで戦えていない....


「監督....」


「なんだ?」


「残り5分....私を出してください」


「おまっ...」


「お願いします....」


約束を守りたい。

最後まで戦って、全員で全国に行きたい。


━━━━━「1人でなんて心細いだろ?」━━━━━


悟が言っていたのは、この事だったんだな。

私はここまで悟の言葉を分かった気で居ただけだったんだ。

今になって全部分かった気がする。


第4Q 残り5分

清明高校 66-69 春海高校

選手交代の笛が鳴る。

観客の歓声が上がる、私を迎えるように。

今まで少しうるさいと思っていたものが今は心地いい。


「出てきたのか、葵....やはり信用できな」


「違いますよ、先輩....私も先輩たちの約束を守るために来たんです」


だから...


「力を貸してください!」


少し驚いたような顔をする先輩達だったが、すぐにいつもの気合いの入った顔になった。


「任せろ!」


試合再開の笛が鳴る。


「....まさかまた出てくるとは思いませんでしたよ」


名村楓....1年生とはとても思えないほどの実力。

こうやって対峙するまでどんな選手なのか分からなかったが、想像以上だった。


「取ると決めたものは取るまで諦めない、私は案外しつこいタイプなんだ」


「へぇ...ほんとバスケが時間制限があるスポーツで良かった....」


もう失敗は許されない。

一瞬も気を抜かない。

試合が終わるその瞬間まで、隙を見せない。

私は今までにないくらい試合に....バスケに没頭している。

次、相手が何をするのかが全て分かる気がする。

.....来る!


「ナイス葵!」


ボールを奪ったらすぐに攻撃。

足を止めるな、最後まで。

ボールが私に回る。

桐谷さんが追いついてきた、だが関係ない。


清明高校 68-69 春海高校


まだ、まだ1点差。

いや、逆転するだけじゃない。

突き放す。何がなんでも。

残り4分。

相手の得点が決まる。

相変わらず、私にはダブルチーム。

本当にしつこい。

けど、今は何故か何もかもが心地いい。

ボールの感触、選手たちの声、床が擦れる音、ドリブルの音、観客の歓声。

全部が私の力になるような。

全てが私の思い通りになっているかのような感覚。


「葵!」


3点差...スリーポイントシュートを決めれば同点。

分かりやすい、なら選択肢は1つ。


清明高校 71-71 春海高校


「ナイスシュート!」


終わってほしくない。

ずっとこの試合が続いて欲しい。

楽しい。バスケが楽しい。

永遠に続いて欲しいと願う残り4分はあっという間に過ぎた。

私がシュートを放った直後にブザーがなった。


「次...守備....あれ....」


第4Q 終了。



勝った....のか?

私の感覚は現実に戻される。


「うぉぉぉぉぉぉおぉ!!!」


脳が揺れるほどの大歓声が轟く。

視界に一瞬悟が映る。

田宮さんたちも一緒だ。

田宮さんと萩原くんは抱き合い、悟は大きく叫んでガッツポーズしてる。


「やったぁぁぁぁ!!!」


「葵いいいい!!!」


先輩たちの体重が重くのしかかる。

この苦しさが、勝利の勲章。


「良かった....私....諦めなくて良かった!」


「そうだそうだ!あんな死んだような顔見せられた時引っぱたいてやろうと思ったぞ!!」


みんなで抱き合って、もう顔もくしゃくしゃで、いつものカッコいい先輩たちがかっこ悪い。

でもそれが見れて一番嬉しい。

私1人じゃできなかった、みんなが居てくれたから勝てた。


表彰式はみんな目が真っ赤だった。

どれだけ泣いたか分からない。

約束を守れて良かった。


全国高校バスケットボール大会 地区予選大会

決勝


清明高校 84-79 春海高校


清明高校 優勝。

7年ぶりの全国出場を決めた。

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