第23話
「やっぱり! エルザさんじゃないっすか!?」
視界に飛びこんできたのは、白色の服に身を包んだ隊員だった。
それはまさしくクルースニクの制服であり、エルザ自身もつい最近まで袖を通していたものである。
「こんなところでなにしてるんです? みんなめちゃくちゃ捜してるんすよ!」
見慣れた制服に目を奪われている間に、隊員は人混みをかき分けながらエルザの目の前に駆け寄ってくる。
――うちの、支部のやつか……?
彼は祭りの警備にでも駆り出されたのだろうか。
エルザのことを知っているとなると、彼は
ということは、この町は
「ねぇ、ここはどこ?」
「なに言ってるんすか。ここはエッケシュタット、最果ての町っす。まさかこんなとこにエルザさんがいるなんて」
そう言って、隊員はベンチに座ったままのエルザの腕を強引に取った。
「エルザさん、一人っすか? 副隊長も近くにいるんで、オレたちと一緒に帰りましょう!」
「あ! おい、ちょっと待っ」
「副隊長ぉー、副隊長どこっすかぁー!?」
エルザが制止する声を無視して、彼は大股で人混みの中へと彼女を引っぱっていく。
エルザはおもわず、助けを求めるように周囲を見回した。
だがどこにもギルベルトの姿はない。
――ギルっ、早く……!
きっともうすぐ、飲み物を持った彼がここへ戻ってくるはずなのだ。だからここから離れるわけにはいかない。
エルザは腕を引かれながらも、抵抗の意味を込めて地面に足を踏ん張った。
「エルザさん?」
かたくなに動くまいとするエルザを不審に思ってか、隊員が振り返ろうと肩を引いた。
「――っエルザ!!」
聞き慣れた声が、エルザの鼓膜を震わせる。
目の前の隊員が何者かに突き飛ばされたように視界から消え、つかまれていた手が遠ざかる。
それと同時に、エルザの体は真逆の方向へと強い力に引き寄せられる。
嗅ぎ慣れたにおいとぬくもりに、エルザは無意識に安堵した。
先ほどとは違い優しく握られた手に導かれるがまま、エルザは当たり前のようにその場から駆けだしていた。
屋敷まで続く獣道を、脇目もふらずに走り抜ける。
うっそうと生い茂る草木をものともせず、ギルベルトはエルザの手を引く。
「ちょっ、ギル! 待って!」
前を行くギルベルトに何度声をかけても、一向に彼が止まる気配はない。
木の根に足を取られ転びそうになりながら、エルザはなんとか彼についていくので精一杯だった。
「クルースニクがあたしを捜してたの! 戻らないと!」
あの隊員はエルザを捜していたと、そして副隊長も近くにいると言っていた。
もし彼の言う『副隊長』がアルヴァーのことならば、
これはなんとかして一度支部に戻り、自身の無事だけでも伝えなくてはならない。
「ギルっ!!」
エルザの声に一切耳を貸そうとしないギルベルトにしびれを切らし、ひときわ大声で名を呼んだときだった。
ようやく足を止めてくれたギルベルトは、呼吸を整える間もなくエルザを木の幹に押しつける。
つないだ手はそのままに、彼はエルザに覆い被さるようにして幹に両肘をついた。
「っ!」
硬い幹に打ちつけた背中が痛い。
しかしそれ以上に、まっすぐに自分を射抜くアクアマリンに、エルザは息を飲んだ。
「エルザは、戻りたいの?」
細められたまなざしが、冷たく突き刺さる。
頭の上に上げさせられた手を、握りしめる力が強くなる。
いままで自分には向けられたことのない、なんの感情もこもらない声色に、おのずと恐怖心がつのっていく。
「ねぇ、エルザは、あいつらのところに戻りたいの?」
「っそ、れは……」
正直なところ、戻りたいかと聞かれればそうなのだろう。
しかしそれは自分の無事を仲間たちに伝えるためであって、ギルベルトたちと敵対する立場に戻るかどうかはまた別の話である。
どう答えるべきかわからず、ギルベルトの視線から逃れるようにエルザはうつむいた。
「俺は、エルザを手放す気なんてない。クルースニクなんかに、渡さない」
静かに紡がれた言葉とともに、ギルベルトの顔が近づく。
互いの息づかいが感じられるほどの距離に、心なしか鼓動が早くなる。
上から覗きこまれたアクアマリンに、視線を捕らえられる。
「言ったよね? 『逃がさない』って」
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