第36話 アロワの家

  遅く帰ってきたローレンに、教会でアロワに会ったこと、宮廷画家に選ばれたことを話した。しかしアロワに結婚を申し込まれたこと、ローレンとの身分差については話せなかった。ローレンは俺の絵が宮廷に選ばれたことを、まるで自分の事のように喜んでくれ、「良かった!」と抱きしめてくれたのだ。そんなローレンを、がっかりさせたくなかった。

 明朝、手付の金貨を受け取るためアロワの家に行くと言うと、「大金を前にして素直に渡すかは分からない」からと、一緒に行くと言ってローレンは譲らなかった。ローレンと一緒に行けば、アロワと結婚の話はできない。きっとアロワからもしないだろう。ローレンと一緒にアロワの家に行けば、結婚のことに触れずとも、断ったことになる…。結婚の話は断るつもりだったから、それでいい。

 ローレンとの身分差については、答えを出せないままだったが、翌朝、俺はローレンと共にアロワの家に向かった。



 アロワの家は領都から少し離れた所にあるが、歩いて行けない距離ではない。俺とローレンは約束の時間より少し早く、余裕を持って出かけた。

 アロワの家に着くと、アロワの家の周りを覆っている手入れされていない生垣にまず、違和感を感じた。それはローレンも同じだったようで、ローレンは辺りを警戒し始めた。


「ノア…俺の側を離れないでくれ 」


 ローレンは俺を置いていくのも危険だと判断したようで、俺を連れて生垣の奥…玄関へ向かった。玄関へ向かうまでの生垣に、誰かが踏み荒らしたような跡が付いている。そしていつも閉まっているはずの玄関の扉が少し空いていた。


 嫌な予感がする。


 ローレンは俺を後ろに連れたまま、足で玄関の扉を蹴った。すると部屋の中で、誰かがバタバタと走る気配がする。


「誰だ!!」


 室内は、戸が閉まっており薄暗い。ローレンは魔法を詠唱して、部屋の明かりを素早く点けた。部屋の明かりがついた時、足音は段々と小さくなり、裏口の扉が閉まる音が聞こえた。


「待てっ!」


 室内は荷物が散乱し踏み荒らされている。

 ローレンは俺の手を引いて、裏口まで走った。裏口を開けると、既に人の気配はなく、馬の蹄の音が遠ざかっていく。その音は既に、大分距離があるように感じた。人の足では追いつけない、逃げられた…。


 ローレンと俺は室内に戻り、アロワを呼んだが返事がない。


「ノア、アロワと話した時、金貨のことを誰かに聞かれた可能性は?」

「教会内は平日で、俺たち以外、誰もいなかった。王都からつけてきたとか…?」

「王都には貴族の屋敷が五万とある。金貨五枚程度で国境までついてくるとは考えにくい…。こちらに帰ってきてから狙われたと考える方が自然だが…。」


 ローレンは何か手がかりがないか、室内を物色し始めた。部屋は画材をを置いている部屋と、寝台などがある居室の二部屋のみ。ローレンは奥の、画材のある部屋に入っていったので俺は手前の居室で手掛かりを探した。

 俺は床に散乱した紙や本の間に、メダイが落ちているのを見つけた。メダイは銀貨と同じ大きさの、小さなお守りだ。表側に聖人のモチーフが付いているのもがほとんどで、少し膨らんでいるのだが…。俺が見つけたものは、聖人のモチーフが外れてしまったのか、裏側に祈りの文字のみ刻まれている。


「アロワの姿がない。揉み合った後もないし、危険を察知して逃げたのか…、金貨も消えている…。部屋も物色されているが、金貨を探してこうなったのか、確かなことはわからないな 」

 ローレンはお手上げだ…、と肩をすくめた。

「まさか…こんな事が…。この三年間、誰かにつけられるとか揉めているとか、そう言った気配は全くありませんでした。一体なぜ… 」

「…金貨を持ち帰ったことが原因だろうが…、証拠はない。ここは騎士団に通報して、任せよう 」

 俺はローレンの言葉に頷いた。

「それとノア…。暫く俺から離れるな。一緒に行動しよう。アロワがどこで金貨のことを知られたのか…それ如何ではノアも狙われてしまうかも知れない。用心しよう 」

 ローレンはは長居しない方がいいといって、部屋を出ようとした所で立ち止まった。床に気になる物があったようで屈んで、摘み上げる。

「銀貨…ではないな 」

 ローレンが拾ったのは、銀貨のようななものに聖人のモチーフが付いていて表面が少し膨らんだものだった。

「それ、メダイだ 」

 俺は先ほど拾ったメダイを取り出して、ローレンが拾った物と手のひらで大きさを比べてみた。聖人のモチーフは少し膨らんでいて、ロケットの蓋のように見える。俺が拾ったものとローレンが拾った物を合わせるとカチ、と小さな音がして、ぴったりと嵌った。


「ロケットのような仕掛けなんだな…。メダイとしては随分珍しい 」

「うん。でもこれ… 」

 同じような物をどこかでみた気がする。何処だっただろう…?

「珍しい物だ。犯人が落としたのなら証拠になるかも知れない。騎士団に渡そう 」

 ローレンはそう言うとメダイを胸ポケットにしまった。

 

 アロワの家を出て騎士団の詰所へ向かい、ローレンはアロワが襲われたことを通報した。

 騎士団は通報を受けて簡単に家を調べたが、今、騎士祭りの直前で内外から人が集まり治安が悪いからだと、直ぐに物取りだと断定してしまった。


 本当にそうだろうか…。俺はなんだか胸騒ぎがした。


 騎士団に渡したメダイは返されてしまった。ローレンは何かの手がかりになるかもしれないのに、調べようとしない騎士団に憤っていたが…。治安の悪さで仕事が多い騎士団にこれ以上期待するのは難しいだろうと、アロワの安否は不明のまま、俺たちも諦めざるをえなかった。

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