第14話 物語の続き

 その年の終わりは、俺史上、最高に幸せだった。ローレンは俺を自宅に連れて帰ったのだ…。久しぶりに、二人で一緒に眠った。


 その後もエドガー家に残れるよう、ローレンがジェイドと交渉してくれた。

 粘り強いローレンの交渉に折れたジェイドからエヴラール辺境伯に話してもらったところ、エヴラール辺境伯もその方がいいだろうとおっしゃったそうだ。俺の事を以前から『ノアは母親似なのか栄養が足りなかったのか、小さいから修道院は危ない』と心配してくれていたらしい。

 エヴラール辺境伯が俺を心配…?にわかに信じられなかった。だって性別検査の時は、そんな感じでは無かったのだ…。ツンツンしている割に優しいのは…マリクと似ている。二人もやはり、親子なんだな…?俺は何だか二人が急に可愛らしく思えた。

 

 そうして俺は、修道院からエドガー家に引っ越してエドガー家で働くことになった。俺がエドガー家に引っ越すと、ローレンはジェイドに叱られるくらい俺を構った。ローレン曰く、俺がまた誰かに騙されてどこかに行ってしまわないか心配なんだとか。

 あの日…。騎士祭りの当日、ローレンが俺を修道院に迎えに行くと俺の姿は既になかった。部屋も綺麗すぎて胸騒ぎがしたローレンは、行方を知っているものを探して教会の主聖堂へ走った。そこで四十過ぎの男に声をかけられ、俺が思い詰めた様子で教会を出て行ったから、探した方が良いと助言を受けたらしい。教会を出ると、マリクがローレンを探しに来て偶然、船着場の近くで俺に会ったと知る…それで、船着場に行き、怪しい船を追って、ローレンは俺を見つけてくれた。怪しい船を見つけたのはほぼ偶然。しかしローレンは「何となく…ノアの気配を感じた。」と真面目な顔をして言う。


 ローレンは「ノアが危ない目に遭うのは嫌だ」というが、それは俺も同じ。ローレンを危険な目に合わせたくない。

 あの日俺は、ローレンに庇われることしか出来なかった。ジェイドが来てくれなかったら俺のせいでローレンに怪我をさせていた…。もうあんな目に合わせたくない。だから何か力が欲しい。自分の武器が…!好きな人に守られるだけじゃなく、俺もローレンを守りたい。ローレンに相応しい男になりたい。

 そう思った俺は仕事の時間以外はローレンと一緒に身体を鍛えた。一向に上達はしないし身体も大きくならないけど…体力は改善した気がする。


 一月ほどしてエドガー家の生活に慣れた頃、俺とローレンは画家のギルドを訪ねた。しかしそこは、素人が簡単に仕事を貰える所ではなかった。素人はまず、師匠を見つけて弟子入りする。数年間修行を積んだのち、やっと独り立ちするのだそうだ。そして修行期間は住み込みではあるものの無給である事が殆ど。借金の返済がある俺は無給という訳には行かない。少しがっかりして…でもローレンには分からないよう元気なふりをしてギルドを後にした。


 ギルドを出て俺たちは久しぶりに運河の岸辺、船着場に行った。祭りが終わったため、もう店はなく辺りは閑散としている。俺たちは岸辺に座って水面を眺めた。


「ノア…俺、決めたことがある 」

ローレンは視線を俺に合わせると、真剣な顔をした。


「俺はもっと力をつけたい。ノアと生活していくためにもそれは必要なことだと思ってる 」

「ローレン様…でもそれは… 」

 俺の借金のことを言っているのだろうか?借金のことでローレンに迷惑をかけたくなかった。俺が言い淀むと、ローレンは少しだけ間を置いてから話を続ける。


「…ノア、俺、春から王都の学校へ行く。エヴラール領で学べる事には限界を感じていて…。やはり魔法などは、王都でないと学べないんだ…。それに、王都の学校を出れば箔がつくし、その後の仕事にも影響する。だから… 」

 ローレンは言葉を切って俺を見つめた。王都の学校へ…?驚いたが、俺もローレンを見つめてじっと次の言葉を待つ。


「三年間、待っていてくれないか?必ず、力をつけて戻ってくるから。卒業したら十八歳、成人だ。その時、俺と結婚してくれ。ノア… 」


 俺が直ぐに頷くとローレンはほっとしたように顔を綻ばせ、俺を抱きしめて口付けた。


「ノア…。心配だ、お前が心変わりしてしまわないか… 」

 ローレンはそう言うが、それは俺の台詞ではないだろうか?学校がどんな所か知らないが、王都の学校にはきっと優秀なアルファが集まるのだろう。それに…きっと女性や、稀少だと言われる美しいオメガも大勢いるはずだ。その中に、ローレンの運命の番がいるかも知れない…。俺はそう考えるとたまらず涙が溢れた。


「ノア、お前また…。俺を信じてないんだろう?わかるんだぞ、俺…、ノアのことは。…俺は…ノア、お前が思うよりずっとノアが好きで…俺以外誰のことも見てほしくないし本当はひと時も離れたくない…!」


 ローレンはまた俺をきつく抱きしめた。俺も同じ気持ち…。俺もローレンを抱きしめた。




 その後、ローレンの王都の学校への入学は正式に決定した。第二性の検査をしてアルファである事が分かった時点で学校の方から誘いがあったらしい。アルファとはそれくらい優秀だということ。それにローレンは魔力量も多い。今はローレンの魔力量に見合った指導を出来る者がおらず、先日クレマンと対峙した時のように上手く使いこなせていないが、きっと王都の学校で学べば素晴らしい力を得るのだろう。


 俺たちはローレンが王都に行くまでの残りの月日を二人で大切に過ごした。市場へ遊びにいったり、運河が一望できる丘に登ったり、礼拝にも毎週通った。

 

 ローレンが王都に行く前夜、二人で運河へ行き星を眺めた。初めて気持ちを確かめ合った日と同じように、一つだけ、ランタンを浮かべて。

 ランタンの炎が上空で闇に呑まれるまで俺たちはそれを見つめていた。炎が消えた後、もう一度、結婚の約束をして口付けた…。





「何でお前がここに?」


 いや、それは…俺も思ってた…。なぜならエドガー家の車寄せで、その台詞を言ったのがエヴラール辺境伯家の嫡男マリクだったからだ。

 ローレンを見送るためエドガー家の車寄せには、家族や使用人が全員集まっていたのだが、なぜかそこにエヴラール家の豪華な馬車を横付けして、マリクがいたのだ。

「俺も王都の学校へ入学するんだよ!俺は優秀だからな!仕方ない、王都が初めてのローレンを連れて行ってやろうというわけ!」

 マリクも学校へ?そういえばマリクはオメガだが魔法が使えたような。…しかし王都への道中、数日間、オメガとアルファが一緒の馬車に乗るのは問題ないのだろうか?それに、寄宿舎も同じだったりする…?俺はマリクに「おめでとうございます。」といったものの不安に襲われた。


「ノア、また…おかしなことを考えているな?」

 ローレンはいつもとは違う、騎士の隊服にマント姿だった。俺の前に立つと微笑む。

「俺は馬に乗って行く…マリクの護衛だよ。抑制剤も飲んでいるから心配ない。それと… 」


 ローレンは首につけていたチェーンを外した。以前、俺が直したままのロザリオ…。


「ノア、行ってくる 」


 ローレンはそれだけ言うと、俺の首にロザリオをかけた。十歳の記念の大切なものなのに…、俺に?

 そして俺の目を見つめながら、ロザリオに口付ける…。その仕草に昨夜の、口付けを思い出して俺は赤面した。


「おい!ローレン行くぞ!」

 マリクは赤い顔で怒鳴って、馬車に飛び乗った。その瞬間、マリクに睨まれた。そんな気がした。


 ローレンは俺にもう一度微笑んで、手を振ると行ってしまった。あっという間に、姿が見えなくなる。





 ローレンを見送った後、俺は教会でローレンの無事を祈った。色々な不安をかき消したくて。


「また、思い詰めているね… 」


 俺の横に座ったのは、あの、四十過ぎの男だった。男は俺に、紙の束を差し出した。


 それは俺がクレマンに攫われた日、教会に置いて行ったローレンと作った絵本だった。


「これ…… 」

「素晴らしい絵だった。特に、最後の絵…。感動した 」

 彼の目は少し潤んでいるような気がする。そんなに…?ただ黒のインクで、ランタンを浮かべるところを描いただけなのに。


「…しかし貴方は基礎が全くないようだ。多分画材もなにも使えない 」

「は、はい 」

 それはそうだ。俺は孤児で、紙とペンも碌に使ったことがなかった。絵は砂地や地面に木で描いていた程度。でもいつか…借金を返したあかつきには絵を習いたい…そう思っている。

 

 男はそんな俺の気持ちを知っていたかの様に、潤んだ瞳のまま、俺を見つめた。


「私に貴方の才能を預けてほしい 」

「それは、どう言う…?」

「貴方に絵を教えたい。私の所にこないか?」

「あなたが?それは有難いお話ですが…仕事があって…弟子にはなれません 」

「なら、安息日だけでもいい。待っています 」


 男は俺に、住んでいる家の地図を手渡す。




 俺はローレンと作った絵本を見つめた。物語の王子と少年は出会ったばかり…途中の頁は白紙だ。

 また、この続きをローレンと紡ぐ事が出来るだろうか?あの男に絵を習って…今度は色をつけられるかも知れない。それに…。


 夢は広がった。もし…、もしも絵が売れたら…借金を返して…生きていく『力』を得て…。

 そうすれば、ローレン…貴方に相応しい男になれるだろうか?ベータの、孤児で…普通の子が十歳でもらうロザリオさえ持たない、何もない俺でも…。


 俺は男に絵を習う事を決めた。

 ローレンとの物語の続きを描くことを夢見て。


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