信長逆行記

CELICA

第1話 邂逅

 気がつくと、わしはどこぞの者の屋敷の一室に敷かれた綿布団に寝かされていた。側に刀はなく、どうやら俺は軟禁されているようだ。


 誰の屋敷だ?惟任日向守光秀これとう ひゅうがのかみ みつひでならば、即座に儂の首をはねるだろう。で、あれば、儂を軟禁したのは、味方でも敵でもない奴の仕業だ。あらゆる方向から感じる人の気配といい、この完璧な警備は、相当優秀でなければできない。


 長岡散騎常侍藤孝ながおか さんきじょうじ ふじたか、断言はできないが、あ奴の可能性が高い。現に、先程から儂の様子を伺う男は、まさに藤孝そのもののオーラを発している。超一流の文化人が持つ優美なものを見せつけながら、類まれなる熱い志を感じる。もっとも、やけにそのオーラが懐かしいことが気にはなったが。


 いつも以上に重い体をやっとのことで起こし、儂はなぜか焦点の中々定まらない目で、男を見た。


「若様、お久しぶりにございます」


 その声、佇まい、間違えようがない。……先程は藤孝と勘違いしていたが。とにかく、儂は今の光景が自らの目のせいだと思いたかった。だが、その目は主人をあざ笑うが如く、視界を開けさせた。儂は、やっとのことで声を絞り出す。いつもより締めつけられる喉から出た声は、やけに甲高かった。


平手ひらて紫微舎人しびしゃじん…、政秀まさひでか」


 勝手に、目から水が出た。政秀の返事を待たず、儂の口からは洪水のように言葉が溢れた。


「この大虚気が。

なぜ、あの時腹を切った?

儂は一体何をした?

儂は……」


「それは、若様がよくご存知のはず」


 儂の素直ではない言葉を、政秀は一刀両断してくれた。そうだ、全ては未熟だった儂のせいなのだ。政秀は背筋を伸ばし、儂をしっかりと見つめて、とどめを刺した。


「若様の御威光は、某までも知ることにございます。

某は、真に、誠に、一時でも若様のお側に仕えることができ、果報者です」


「ま、さ、ひ、で……」


 言葉が、言葉にならなくなった。儂の心は、その瞬間だけ、幼くなった。五歳の童の体でなぜ政秀に抱きついているのか、まるでその時は分からなかった。ただ、儂の心の思うがままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る