まあちゃんの手をぎゅっと握った。
まあちゃんの手をぎゅっと握った。
まあちゃんはぎょっとした顔で条件反射の如く、手を引っ込めようとしたが、がっちりとまあちゃんの手を握っているわたしがそれを許さない。するすると心なし身を寄せていって、結局やっぱりまあちゃんとぴったりくっつく時分になって、まあちゃんはようやくわたしの様子がおかしいことに気付いたようだ。
「あいちゃん。何かあったの?」
「ん」
「悲しいこと? お母さん?」
この前わたしが訊いたことが頭に引っ掛かっていたのだろう。
そうだけど、違うよ。
「ん」
前を向いたままわたしは言う。
「このまま手繋いで学校行こ」
「いいよ」
タメダは言った。
「――事実を話す。それから俺の推測も交えて話す。どうするかは一旦置こう」
「あいの母親の離婚が成立したのは約一年前。それから定期的に父親から金が振り込まれている。養育費だろう。それが先々月辺りからぱったり途絶えている」
「原因は不明だ。裁判できちんと決めたのじゃなし口約束だったとか、それか何らかの事情があるのか……」
「あとでスマートフォンの履歴も調べさせてくれ。何か残っているかもしれない」
「そして、この家はまだローンが残っている」
「約4千万円のこの家は、残り30年分のローンが残っている。あいがまだ赤ちゃんだった時に建てたんだな。ちなみに、月々の返済額は10万5千円」
「名義が母親名義になっていた」
「催促状が届いている」
「催促状ってのは、返済が滞っていますよって通知だ」
「携帯電話だとか、ネットだとか、細かいものが引き落としされるくらいの額は通帳に残っていた」
「あい。お前、学校どこだ?」
情報に圧倒されているわたしは機械的に口を動かすことしかできない。
「霞ヶ丘小」
「よりによって霞か……」
「まずいのか?」
お姉さんが聞く。相棒みたいだとわたしは思った。
「私立だ。ワタクシリツ。かすみはな。こいつはいいとこのお嬢様なんだよ」
お姉さんは「こいつが?」「この性格で?」と瞳で問いかけてくるが、わたしはわたしがお嬢様だということを自覚していない。
今、そうなんだ、って思ったくらい。
タメダは続けた。
「私立霞ヶ丘。小中高エスカレーターのとんでもなく、金が掛かる学校だ。当然授業料なんかも馬鹿高い」
「あいの母親がどういう奴だったか知らない。けどこのナリ」
タメダは隣のお姉さんに目をやる。それからコミちゃん。おばあちゃん。再びわたしの胸の中で眠り始めた赤ちゃんお母さん。
「金髪。ややプリン。耳にでかいピアスの痕。書類ひっくり返す過程で見させたもらったが、服や、常から好んで身に付けているもの……」
「首元のタトゥー」
わたしは銭湯を思い出している。
みんながジロジロ見てきた銭湯を。
四つ子の如く、四つ子以上に全く同じ外見のお母さん集団。
当然、物珍しさもあったのだと思う。けれど、銭湯への入店を咎める目線もあったに違いない。
だって、温泉や銭湯はタトゥーNGだもの。
いくない、だ。
「たぶん、昔はけっこう遊んでたんだろう」
「やんちゃだったんだ」
「そんな中で、かなりな良い旦那さんを見つけた」
「好物件だ」
「良いってのは、単純に金持ってるって意味な。どういう奴かは知らないが、俺ははっきり言ってしまうが、禄でもない奴なんじゃないかと思う」
「俺はな?」
「あいの前で言うのは何だが……」
「まだこんな幼い娘がいるのに離婚だなんて……」
わたしは機械的に喋った。
「酷かったよ」
「お母さん虐めてたし」
「わたしが頑張ってやっつけてやった」
「殺されそうになったけど、殺し返してやった」
「お母さん傷つける奴は許さないから」
やられたらやり返せ。
わたしがお父さんに教わった、今も守っている唯一の教えだ。
わたしは、お父さんが言ってきたことを実行しているに過ぎない。
「そっか」
「それはいい。ただ、その結果、ああ、これはあいの行いによってって意味じゃなく、離婚が成立する過程でって意味だ。あいのお母さんの元旦那さんは、この家のことも、あいのことも全部あいのお母さんにおっ被せて逃げたわけだな」
「あいのお母さんは精神的に相当追い詰められている状態にあったのだと思う」
「そんなことおくびにも出さなかったのかもしれない。大人は子供の前では格好つけるものだからな」
「まして娘の前だ」
「あいのお母さんの月々の収入はそれを裏付けるものだった」
「おっと忘れちゃいけないな。表に停めてあった新型アルファード。アレもまだまだローンが残ってる」
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