吸血公ヴェルド侯爵の憂鬱~魔王の生贄となった病弱王子は、魔獣たちを従えて無双する
一ノ瀬 薫
第1話 侯爵の日常
医学の発達は日進月歩だが、不死者に死を与える方法はまだ見つかっていない。
城ではジュールがワース村から貢物の血液と税金が転移箱に入れられたことに気づくと、さっそくそれらを転移させ確認した。
侯爵にサインともらい、村長宛に受け取りの書状を送った。
侯爵はジュールに用意させたワイングラスにそれを注ぎ味見をした。
「悪くない」
質が悪い時には村長に苦情を言うが、このところそれはない。
王国で何かいい方法が開発されたのかもしれない。
税金の方も不足は無かった。
侯爵は用事が無ければ、特に彼らには会うことはない。それはどこの貴族でもそうだろう。
侯爵は望んで不死者になったわけではないが、村人にとっては、代替わりすることもないのである意味、都合は良かった。
他の村では領主が変われば、税や規則が変わったりすることもあるので面倒だという話を聞いたことがある。
数十年前に村長のマイクが就任した時に一度だけ報告のために表敬訪問した。
報告を受けると、侯爵はわかったとだけ言って、就任の祝いだと村が侯爵に収める半月分の税を免除した。
マイクが村に帰ると村民は誰もが侯爵のことを聞いた。
一番聞かれたのは、その姿である。
何しろ、数十年に一度しか村長が変わることはないので、村民はその様子を聞くこともなかった。
「侯爵は若かったよ。どう言っても三十才そこそこにしか見えなかった。それから容子はとても良い」
「容姿はとても良いって、どんな感じなんだ」
「髪は銀色で瞳は金色だった。肌は真っ白だ。唇は薄紅を引いたような感じだ。あと背が高い。見上げるようだった」
マイクは目が悪くはないが、言葉が拙いので村民らはもどかしく思った。
村民たちは今度、侯爵の肖像でも描いてもらったらどうだと言った。
「まあ、お願いしてもいいが、もし叶ったとしてその肖像画をどこに飾るんだ」
「そう言われると困るな」
村民たちは、普通であれば教会にでもという所だが、侯爵は教会とは昔ひと悶着あったので失礼になるだろうということで、肖像画の話は立ち消えになった。
それでも村民たちは領主が美男であることを誇らしく思った。
当の侯爵は城下で領民がそんな話をしていることは知らない。
自分の容姿がどうだとか言われても、長らく城から出ていない侯爵には世俗の好みはわからず、そもそも鏡に映らないので自分の姿がわからない。
そんな侯爵の日常はいたって平凡だ。
城の庭園の手入れをしている園丁と雑談したり、広い狩場で乗馬をして近隣の鳥獣のための餌場を観に行く。
冬になってそうしたことができなくなると、城の中で従者兼執事のジュールとチェスをしたり、カードに興じる。
あるいはジュールが村で手に入れて読んだ本の中から勧められたものを読んだりしていた。
そういう平穏な時間が侯爵には大切なものだった。
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