夢のガラス(『夢時代』より)
天川裕司
夢のガラス(『夢時代』より)
タイトル:夢のガラス
不思議な体験をして、今俺はこの世にいない。
それまでのいきさつを簡単に話す。
自宅から最寄りの空き地に、すでに廃屋となった
倉庫のような場所がある。
でもそこは倉庫じゃなく、昔、確かに人が住んでいた形跡があった。
でも俺が物心つき、
その廃屋を眺めるようになってからは誰も寄り付かず、
もちろんその建物の中には誰もおらず、
そこに誰が住んでいたのか?
そんな事は皆目見当がつかない。
でも誰かが住んでいた、この記憶だけは今でも残ってる。
小学校の時からずっとその廃屋はあった。
そしてその廃屋の横の道を通り、俺たちは小学校へ通っていたのだ。
でもそこは廃屋なのに、なぜかその前を通るとコーヒーの良い香りが漂っていた。
コーヒー牛乳?ミロ?ココア?…そんな匂い。
俺は不思議だった。
何かその建物に、異様な空気を感じていたのかもしれない。
そしてある時から、その建物に俺はひとりで寄り付くようになった。
その建物の壁には小さなガラス窓があり、
結構固そうなガラスで、野球のボールをぶつけても
なかなか壊されないようなそんな感じ。
でもある日、その窓を見に行ったら割れていた。
「割れてるや…」
少しまた不思議な気がして、その場所にしばらく佇んだ。
ぼんやりガラス向こうの闇に小さな光のようなものが現れ、
その光が段々こっちに近づくように人の形をし始め、
はっきり人になった。女性。
恐ろしく、絶世の美女とも言えるその女性に
その光は成ったのだ。
「………」
ただ集中させられるようにその割れた
窓ガラスの向こう側だけを見つめさせられながら、
そのガラス窓と光の女性に睨まれたかのようにして
体はどこかへ動こうとせず、また自分の意識もあって
俺はやっぱりそこにずっとたたずんでいた。
こんな時、言葉は出ないけど、心の中で
「あ…あ…」と何度もつぶやくものだ。
その記憶もはっきり覚えてる。
絶世の美女。今まで見たこともない。
でもどこか冷静で、一見冷たい表情にも見え、
ただ1点を見つめてその女性は、やはり俺をなんとなく
誘ってるように見えた。
だいたい女性がそん中に居るのがおかしい。
何やってるんだ…?
ただ静かに、微動だにせず、こっちを見つめているだけ。
俺は子供心にその女性に惚れた。
そうしていると、ふとその女性は部屋のどこかに消えたようだった。
「あ、行かないで」
心の中でまたそう願ったのと同時に、
俺はふらふらとその廃屋に近づき、
古ぼけたドアをギィっと開け、
ほんの少しだけ中に入った。
つま先程度、その廃屋の部屋の中に
足を踏み入れた感じ。
でも焦燥のようなものが恐怖に変わり、
速攻で俺は家に帰った。
帰る道すがら、何度もあの廃屋と
やはりあの女性のことを考えながら。
そんなことが数回続いた。
その数回目に、俺はこの世を去ったのだ。
というかこの世から消えたと言う感じ。
あの廃屋に、すっぽり入ってしまったのだ。
そして女性に歓待され、俺はこの世に戻らなかった。
あのドアを開けず、二度と出てくる事はなかったのである。
そのとき彼女が俺に言ってくれたことが、
この世を去り消えた俺の今の、
心の最大の糧になっている。
彼女「あの真ん中だけが割れ、四隅にまだガラスがくっついていたあの窓は、あなたの夢の扉」
彼女「そのガラスを全部きれいに割った時にだけ、あなたは現実を忘れ、その夢の世界にすっぽり入ることができたのよ?」
彼女「あのガラスは、現実と夢との間に敷かれたガラス。ガラスを割る時って、なぜか少し勇気が要るわよね」
彼女「そんなほんの少しの勇気でいいの。その勇気を持って夢の壁・ガラスを割った時にだけ、その人はガラス向こうに初めからあった夢を見続けられる」
「え……?」
彼女「これは誰にとっても同じこと。だからあの窓ガラスはまだ、あなたが見たあの建物の壁に、真ん中だけが割れて、全体的に半分だけ割れた形になってる」
彼女「気づかなかった?あのガラスは中途半端に割っても、またすぐ修正されるように元に戻るの」
「そうだった…?」
彼女「現実のハードル…まだ窓ガラスを割ってここへ入ってくる人が、あと何人居るかしら?夢のガラス。私はそう呼んでるわ」
その廃屋はもう取り壊されて、今は無いわけである。
でも見える人にはきっと今でも変わらず
あの廃屋と、真ん中だけが割れ、
全体的に半分ほどが割れた窓ガラスの姿を見るのだろう。
いま廃屋(ここ)で、彼女と俺を含めた
何人の人が居るのかは教えない。
きっと君が今想像している以上の人たちがここに居る…
そう見て良いと思う。
動画はこちら(^^♪
https://www.youtube.com/watch?v=xnK2mBWKvz8
夢のガラス(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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