第32話 親友と想い人と

「はっはっは! お前、本当に愉快な事になってるな!」

「笑い事じゃねぇよ、まったく……」



 帰り道、隣を歩きながら笑う泰希に俺はため息をつく。泰希の手には俺が渡したクッキーの小袋の一つがあり、それを食べると泰希はニッと笑った。



「だって、そうだろ。これまでモテないと思ってた奴がいきなり三人から好きだと言われたんだぞ? どこのラブコメだっての」

「それはそうだけどさ……」

「それに、これは覚悟してた事だ。だから、ちゃんと悔いのない決断をするんだぞ?」

「……ああ、もちろんだ」



 泰希の言う通りだ。天鷲からの好意は白鷹からも言われていた事だし、白鷹からの好意もキスの意味からわかっていた話だ。だからいま俺がやるべきなのはどうしようと迷う事じゃない。しっかりと答えを出すために色々考える事だ。



「でも、どうして俺を好きになってくれたんだろ。なんかいつからか天鷲が俺に懐いてくれるようになって、白鷹もそれに続く形で話しかけてくれるようになったんだけどさ」

「恋のきっかけなんてちょっとしたもんだからな。お前にとって小さい事でも二人にとっては意識するだけの大きな事だったんだよ」

「そういうもんか」

「そういうもんだ」



 そんな事を話しながら歩いていたその時、向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。



「ん、あれって……」

「姉ちゃんだな。おーい、姉ちゃーん!」



 泰希が呼び掛けると、夕希さんは俺達に気づいた様子で近づいてきた。



「しば君。あと、泰希」

「なんだよ、弟をついで扱いか?」

「あんたはそれでもいいでしょ。それとも特別扱いされたい?」

「いや、別に」

「だよね」



 そんな秋田姉弟のやり取りに俺は安心感を抱く。この姉弟は仲がよく、喧嘩も俺が知っている限りでは片手で収まる程度の数しかしていない。その上、喧嘩してもすぐに仲直りしているし、こういう軽口を叩くようなやり取りもよくある事なのだ。


 そんな事を考えていた時、夕希さんは鼻をクンクンとさせてから泰希の手の中のクッキー入りの小袋に視線を向けた。



「あ、クッキーだ。もしかしてあんたが買った奴?」

「違うよ。これは大和が部活動で作ったのを貰ったんだ」

「部活動……あ、そういえば家庭科部だったね」

「はい。なので……はい、どうぞ」



 俺は通学用のカバンからクッキーの小袋を取り出して夕希さんに渡す。



「え、いいの?」

「はい。泰希と家族、そして夕希さん分で分けてたので」

「ほんと? わあ、ありがとう! なんとなく散歩してただけなのにラッキー!」



 夕希さんは嬉しそうにクッキーを受け取ってくれた。そしてその事に嬉しさを感じていると、泰希はニヤニヤと笑い始めた。



「大和、いいのか~?」

「いいって……何がだよ?」

「バレンタインとかホワイトデーの話ではあるけど、クッキーをプレゼントするのは“友達でいよう”って意味があるんだぞ?」

「え、はあ!?」

「あーあ、あんなに好き好き言っておいて結局は友達止まりかあ」

「泰希、お前……!」



 ニヤニヤする泰希を睨んでいると、夕希はニコニコ笑った。



「でも、今日はどっちでもないし、私はクッキー大好きだから嬉しいよ。ありがとうね、大和君」

「夕希さん……いえ、喜んでもらえて嬉しいです」



 夕希さんの言葉に嬉しさを感じる中、泰希はやれやれといった顔で俺達を見ていた。そして俺達はクッキーを味わいながら家に向かってのんびりと歩き始めた。

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