第23話 たしかな一歩

「はあ、今日は楽しかったなあ」



 夕方頃、夕希さんは嬉しそうに言った。スポーツショップを出て公園の辺りまで戻ってきた頃にはもう陽も傾き始めていて、夕陽に照らされながら笑みを浮かべる夕希さんは本当に綺麗だった。



「こんなに歩いたのも久し振りだったからなんだかんだで気持ちよかったかも。今日は付き合ってくれてありがとうね、しば君」

「いえ、俺も楽しかったです。また歩きたい時はいつでも言ってくださいね」

「うん、そうするね。それに、ランニングウェアも買ったし、ランニングする時も一緒に走りたいな」

「それは……はい、もちろんです」



 俺が軽く目を背けながら答えると、夕希さんは口を尖らせた。



「ちょっとぉ、嫌なの?」

「い、嫌じゃないです! ただ、やっぱり照れちゃいそうだなと……」



 スポーツショップで見たランニングウェア姿の夕希さんは想像以上に似合っていた。だからこそ、隣にいると照れてしまうだろうし、あまり他の奴らに見せたくないという気持ちが少しずつ沸いてきてしまった。


 そんな少し独占欲が出てきた自分に困惑していると、夕希さんは少し嬉しそうに笑った。



「そっかあ……しば君は私で照れてくれるんだ……」

「それはそうですよ……! だって、夕希さんは……昔から綺麗ですから……」

「綺麗、か……でも、私だってもう30だよ? その内、どんどんシワが増えたり肌ツヤも無くなったりして綺麗なんて呼べなくなるかも」

「綺麗な人を目指し続ければいいんですよ。世の中、歳を取っても綺麗な人なんていっぱいいますし」

「私に……出来ると思う?」



 立ち止まって夕希さんは俺を見る。その目は潤んでいて、不安や恐怖の色が浮かんでいた。今日一日楽しんではいたようだけど、やっぱり離婚のショックはまだあるようだった。


 でも、それは仕方ない事だ。本当に大好きだった人から酷い言葉をかけられた上に不倫され、離婚までする羽目になったのだから。


 そして俺の存在じゃまだそれを上書きなんて出来ない。俺は夕希さんにとって弟の友達でまだまだ可愛いしば君なのだから。



「出来ますよ。夕希さんなら」

「……そっか。ふふ、なんだか嬉しいな」



 そうして俺達は再び歩き出す。それから数分かけて俺達は夕希さんの家に着いた。



「無事に着きましたね」

「そうだね。送ってくれてありがと」

「どういたしまして。それじゃあ俺はこれで」

「あ、ちょっと待って」

「はい?」



 俺が夕希さんの方を見ると、夕希さんは俺に顔を近づけて俺の鼻先に唇を触れさせた。



「え……?」



 俺が驚く中で夕希さんは顔を離すと、俺の肩に手を置いた。



「気をつけて帰ってね、“大和”」

「あ……は、はい!」



 俺の返事を聞くと、夕希さんは満足そうに頷き、そのまま家の中に入っていった。そしてしば君ではなく大和と読んでもらえた嬉しさを噛み締めていた時、ふと俺は鼻先のキスの意味を知りたくなり、前に見たサイトを開いた。



「鼻へのキスは……あ、あった」



 そこには相手を大切にしたい心理があると書いてあった。



「大切にしたい、か……気持ちはやっぱり嬉しいし、一度だけでも大和って呼んでもらえたからいいか。よし、確実に前に進んでるしこれからも頑張ろう」



 決意を新たにした後、俺は夕焼け空の下をゆっくりと歩いていった。

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