第20話 匂いとお願い

「ふう、結構歩いたなぁ」



 ある程度歩いた後、俺達は少し高いところにある東屋で休んでいた。時には小さな子供やお年寄りも座りながら話しているこの東屋だが、今は珍しく誰もいなく、俺達は並んで座る事が出来ていた。


 少し薄着ではあったけれど、運動するタイプの服装ではなかった事から夕希さんは少し汗をかいており、じんわりと汗が滲む首筋がどうしても色っぽく俺は思わず唾をゴクリと飲んでしまった。



「きょ、今日は少し気温が高いですね」

「そうだね。しば君はこんな気温の中でも走れるんでしょ? スゴいなあ……」

「慣れて……ますから」



 隣からふんわりと漂ってくる夕希さんの汗の匂いが俺の鼻をくすぐり、少し息を整えようとするその息づかいや姿は色気全開だ。そんな人が隣にいるだけでも俺にとってはドキドキしてたまらないし、場所が場所じゃなかったらすぐにでも唇を奪いたいくらいだ。けれど、たとえそうだとしてもやっぱりそこまでの勇気は出ない。そんな自分が少し情けなかった。


 ため息をついてから隣を見ると、夕希さんの顔がすぐ近くまで近づいていた。それに驚いていると、夕希さんは少し小さめな鼻をスンスンと鳴らした。



「な、なんですか……?」

「……なんだか安心する匂いだなって」

「え?」

「汗の匂いももちろんするけど、男性的な香りって言うのかな? こう胸の奥がウズウズするんだけど、嗅いでると気持ちが落ち着いてきて、ずっとこうしてたいって思うような匂いなの」

「そ、そんな匂いしますかね……」

「うん、する。ねえ、もっと嗅いでもいい?」

「ど、どうぞ……」

「ありがと」



 夕希さんはにこりと笑う。その可愛らしい笑みにドキドキする中、夕希さんは俺の匂いを再び嗅ぎ始めた。好きな人が自分に顔を近づけてて匂いを嗅いでいて、その匂いを男性的だとか安心する匂いだとか言われたらそれはドキドキするだろう。俺の心臓の鼓動は破裂しそうな程に鳴っており、その音が聞こえてしまわないか心配になる程だった。


 そうしてどのくらい時間が経ったかわからなくなってきた頃、夕希さんは俺から顔を離すと、満足そうに笑みを浮かべた。



「ありがとね、しば君。満足したよ」

「それはよかったです……」

「お礼に何か一つだけお願いを聞いてもいいかなと思うんだけど……何がいい?」

「お、お願い!?」



 思わぬ言葉に驚く中、俺の頭の中には夕希さんに対してしてみたい事が駆け巡った。だけど、その半分以上は世間的に良くない事や勇気を出せない事ばかりだったため、俺は少し考えてから一つのお願いを口にした。



「……大好きって言ってもらってもいいですか?」

「え、そんなのでいいの?」

「それだけでも満足なので……」



 その言葉に嘘はなかったが、意気地無しな自分にも嫌気がさしていた。夕希さんは不思議そうに俺を見ていたが、やがて優しい笑みを浮かべた。



「“誰よりも”大好きだよ、しば君」

「え?」

「はい、お願い終了。どう、満足した?」

「は、はい……」

「それならよかった。よし、せっかくだからもう少し歩こう。しば君、お手をどうぞ」

「……それ、男の俺のセリフですよ」



 楽しそうに笑う夕希さんの手を取った後、俺達は立ち上がり、また公園の中を歩き始めた。

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