学園の衛兵よ!賃金を抱け!

岳々

第一部 学園の衛兵マリナ

断罪イベントの外側で

「リリアン・デニスタス!俺はお前との婚約を破棄する!」

「お言葉ですがシュワル様。あなたがこれまでなさってきた不義理こそ、責任を問われるべきものでは?」


 ライラン王国の都市オルファンドにある王立エルゼコビナ魔法学園。その夜会では2人の男女がとある男爵令嬢を巡って言い争いをしていた。


 この断罪イベントは新しい物語の始まりを意味するものかもしれない。


 しかしそんなことなど学校を警備する衛兵たちからすればどうでもいいことである。痴話喧嘩の仲裁など学校の教員なり生徒なりもしくは実家の家族たちに任せてしまえばいい。衛兵たちにとっては関係ないことである。


 彼らの仕事はあくまで学校の守り。


 だからこの日、夜会での断罪イベントが進んでいる一方、衛兵たちは北部の樹海から迫り来る魔物たちの討伐にいそしんでいた。


「そっちに24体向かったぞ!」

「ヒャッハー!魔物は皆殺しだー!」

「ちょっと!私の分は残しておいてよ!」

「ボナードが踏み潰されたぞ!?」

「またかよ!?誰かリュシィを呼んでこい!」


 それはもう楽しそうに討伐に励んでいた。


「今回は私の出番はなさそうですね」


 衛兵の1人であるマリナはやぐらから双眼鏡を持って樹海の中で戦う仲間や魔物たちの様子を伺っていた。


「スタンピードの可能性も考えてたんですが……。見たところ単なる群れの大移動みたいです」

「群れと言っても130体近くいるがな。あ、ボナードがかれた」


 マリナのそばにいる大男は上官のルドルフ。仲間の1人が魔物の群れに巻き込まれるところをしっかりと見届けて合掌する。


「しかしヨゼフ中隊もやりますね。底力はあると思いましたが、一騎当千とは言わないまでも1人でも数体を相手にする余裕はあるみたいですし。あ、ボナードさん、リュシィさんに引きずられて戦線離脱しましたよ」

「もちろん。ヨゼフたちの部隊は精鋭も精鋭だからな。むしろあいつら打ち負かしたお前の方が異常なんだ」

「フッ。そりゃあ私、天才ですから」


 マリナはドヤ顔を浮かべながら目をキランとさせる。ほんのちょっとだけナルシズムが入っていた。


「おまえ、調子乗ってっとこの間みたいに痛い目見るぞ」

「あ、あれはノーカンです!まさかスライムが率先して女の子に襲いかかるとは思わないじゃないですか!!!」


 つい先日、巨大スライムが出現した時、調子乗っていさんで襲いかかったマリナは返り討ちにあい、危うく溺れかけたのだった。なんとか抜け出したものの、今度は執拗に追い回され、涙目でルドルフに助けを求めたのだった。


 ちなみにその時のマリナは服だけ溶かす不思議な粘液の影響で男たちには若干目に毒な姿になっていた。


 ついでにそのスライムにはまんまと逃げられている。


「うぅ…。あのエロスライムめ。今度会った時はタダじゃおかないんだから…」

「まあまあ。とりあえず次からは調子に乗らずに周りと息を合わせて攻撃するんだぞ。少なくともおまえにはまだ単独任務は無理だ」

「くそぉ…」


 そんな気の抜けた会話をしている間に、魔物の討伐は終わったようで仲間たちがオルファンドへと帰還しているところだった。


「では私たちも持ち場に戻りましょうか…。あれ?学校の方、何やら騒がしいですね。何かあったのかな?」

「さあな?今日は夜会だし、また婚約破棄騒動でもあったんじゃないか?」

「またですかぁ?飽きないですね、貴族様も」


 マリナは呆れた視線を学校に向けながら、自分たちの守衛所へと歩いていった。




 物語であれば、スパイや悪魔、魔王軍の幹部やら魔物やらが守衛を倒して学園に攻め入り、主人公たちと死闘を繰り広げる、そんな展開があるかもしれない。主人公たちはそれをきっかけに成長する、そんな展開があるかもしれない。


 だが現実ではそんな展開などあり得ない。


 学校を守るため配備されたオルファンド守備師団。彼らの任務は学校の死守。スパイだろうが魔物だろうが魔王軍だろうが、絶対に通さない。主人公の成長なんてアホな展開を絶対に許さない。そんなこと許してしまえば師団長のクビが飛び、衛兵たちも責任を問われることになる。王国軍の1.7倍の給料がフイになるのだ。そんなこと、認めるわけにはいかない。


 1.7倍の給料のため。


 自分たちをクビから守るため。


 オルファンド守備師団は今日も学校の平和のために任務に励んでいた。

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