軍刀×言ノ刃~最強式神に裏切られてたので生贄の花嫁ともっと最強夫婦を結成する

黒姫小旅

斬魔×論破の新婚奇譚

第1話 青年将校

 カーナビが案内を終えた。


 落ち葉や土が散乱したアスファルトを踏みにじって、軍用車両が停車する。

 鬱蒼とした山中はまだ夕方なのに真っ暗だ。

 自分で後部座席のドアを開けて車を降りると、冷たく澄んだ山風に混じって腐臭のようなものが鼻を突く。


「特務から助っ人が来ると聞いていたが。……たったの一人か?」


 設営ライトが真っ白に照らすテントの中から、現場指揮を担っているという肩幅の広い軍人が部下を二人ばかり従えて現れた。

 指揮官は目をすがめて、送り込まれた青年を爪先から頭までジトッと眺め上げる。


 黒髪に黒瞳、長身痩躯。齢は二十。

 装備も黒一色で、呪糸で守護術式がたっぷり縫い込まれた官製の戦闘用狩衣に、黒鞘の軍刀を一振り腰に差している。

 目元の辺りなど学生でも通るくらいの若さが見られるが、年不相応にびくともしない硬質な無表情は土に埋まった地蔵のような印象を与えて、なるほど特務隊のエリートと思わせる風格があった。


「帝国陸軍特務隊所属退魔武官、金津由かねつゆ烏京うきょう大尉であります」

「ふんっ。金津由家の御長男様、か」


 姿勢を正して敬礼する烏京に、指揮官は胡散臭そうに吐き捨てた。


「噂は聞いている。二階級特進を二度もやらかしたとか?」

「……。現場を拝見したいのですが」


 嫌味ったらしい視線は敬礼で受け流し、烏京は本題を促す。

 期待していた反応ではなかったのか。指揮官は小さく舌打ちして、ついてこいと言うように顎をしゃくった。

 山道から外れ、最低限の草木を切り払った即席の通り道を登っていくと、枯木に塞がれていた視界が急に開けて切り立った崖の上に行き着く。谷底を見下ろせば、そこにはおぞましい景色が広がっていた。


 おびただしい数の、蛇の群れである。


 額に一本角を生やし、ぬらぬらと光沢のある鱗に覆われた大蛇が何十何百とひしめいていて、太く長い胴体をうごめかせ絡ませ合っているのだ。毒々しい妖気を垂れ流して、穢された土地からは有害な瘴気が立ち上っている。

 来るまでに目を通しておいた資料によれば、あの辺りは谷間の渓流に沿ってポツポツと家が並ぶだけの、隠れ里のような小さな集落だったという。しかし今は蛇体で埋め尽くされて、隙間から垣間見える屋根瓦や自動車などによって、辛うじて人里であることをうかがい知ることができた。


「被害状況は?」

「住民は九世帯十四名、全員の避難を確認しました。救助活動に際して交戦し、隊員の三名が死亡。八名が負傷し撤退しております」

「なるほど。……それにしても、この数は多いですね」

「はっ。近隣にて蛇型妖魔の目撃例は以前からありましたが、どれも単体かつ小型でした。これほどの大きさで、しかも群体での出現は初めてのことであります。未確認の封印が解かれたのではないか、と予想されます」


 深刻そうに部下から話を聞いていると、指揮官が揶揄するように言った。


「どうした。怖気づいたか?」

「いえ。ただ、かなり危険なことは確かです」

「ふんっ」


 淡々とした返答はまたしても期待外れだったか、指揮官は鼻を鳴らして部下たちを振り返る。


「やはり青二才だな、鍛え方が足りん。うちの連中は、どんな敵だろうと臆することなく立ち向かうというのに。そうだらう、お前たち」

「そ、それは……もちろんです!」

「身命を賭す覚悟、であります……」


 ……


 烏京は相手に悟られないように嘆息した。

 群れなす独角の蛇。あれは『夜刀ヤト』という名の竜種だ。八百万と存在する『妖魔』の中でも、竜の類は洋の東西を問わず一切の例外なく大きな脅威であり、根性論でどうにかなる相手ではない。

 仲間を失って敵の恐ろしさを実感しているだろうに、それでもなお上官に追従して心にも無い発言をしなくてはならないとは、推して知るべきは下級兵の悲しさである。


「……おおむね理解しました」


 やるせない同情を振り払い、あくまで事務的に指揮官の部下へと向き直る。


「それで、動ける部隊は?」

「第一から第五小隊まで再編成を完了しています。大規模退魔術式の使用許可も出ています」

「『天網』は使えますか?」

「可能です」

「では、対象を包囲するよう各小隊を配置。準備が整い次第、『天網』で殲滅します」

「お、おい待て。勝手に話を進めるな!」


 直々に指示を出し始めた烏京に、置き去りにされた指揮官が喚いた。

 青筋を浮かべて食ってかかる迫力は鬼のごとき迫力があったが、しかし烏京は少しも動じない。


「ここの指揮官は誰だと思っている!?」

「お言葉ですが。自分が現着した時点をもって、作戦の指揮権は移譲されております。よって、越権行為には当たりません」

「若造が……好き勝手に言いおって」

「これは帝国陸軍の規則にのっとった決定だと理解しております。派遣に際して、上から同様の説明があったかと存じますが」

「ぐぅ……し、しかし、『天網』は不可能だ。術式詠唱とは別に、妖魔の抵抗を抑えるための戦闘員も要る。両方に割くほど人員に余裕はないぞ」

「問題はありません。前線は自分が一人で受け持ちますので、他の隊員すべてを『天網』に回せば事足りる」

「なっ……にを……!?」」


 事もなげに言い放ち、相手が二の句を継げなくなったところで、強引に打ち切った。真っ赤にした顔を憤怒の形相に歪めているのは無視させてもらう。

 かくして――


「第一から第三小隊まで、配置完了」

『こちら第四小隊。指定位置に到着した』

『同じく第五小隊。いつでも行けます』

「――全隊配置を確認。広域殲滅型退魔結界『天網』、用意。一八ヒトハチ一〇ヒトマルから同時詠唱を開始してください」

『第一小隊、了解』

『第二小隊、了解』

『第三小隊、了解』

『第四小隊、了解』

『第五小隊、了解』


 命令を受けた軍人たちの動きは迅速で、あっという間に作戦準備は整った。


   *


 カチ、カチ、カチ――


 と、五つの小隊に配られた精密時計の針が進んでいき、定刻を指した瞬間、術師たちが一斉に詠唱装置を起動した。

 びっしり呪文を刻まれたスクロールが高速回転する。力ある文字の連なりと回転から生まれる音律が、術者の魂の揺らぎから生み出される霊波に複雑緻密な指向性を与えて天地を流れる自然エネルギーと反応。同時に詠唱する多くの同士たちの術式と絡み合いながら、強固で具体的な形を造り上げていく。

 初めは横に繋がり、五小隊を頂点とした陣を形成。それがやがて天に伸び、地中へと潜っていって、最後には巨大な不可視の網でもって一帯を包み込むのだ。


『……シャァウ?』

『シュ――――ッ』

『キシャァァァァァァ!』


 結界が展開されようとする気配を、夜刀の群れは鋭く察知した。


 何かが、自分たちを取り囲もうとしている。暴力的なまでに清浄なそれは、ケガレを本質とする妖魔にとっては対極に位置するものであり、触れたが最後、ライトを浴びた影のように跡形もなく消え去ってしまうことは、知恵がなくとも本能で理解することができた。


 アレを許してはならぬ。

 アレを防がねばならぬ。

 アレを行わんとする者を、滅ぼさねばならぬ。


 天敵への攻撃か、あるいは自己の防衛か。大蛇はたむろうことをやめ、駆り立てられるように動き出す。

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