ドリームラッシュ

君塚小次郎

プロローグ



「夢はもう見ないのかい?」と歌う若いバンドマンの声がやけに耳に残っている。私はこの夏で35歳になる。妻も子もいない。友人もいない。親が寿命で死ねたことが、この寂しい、くたびれた男が唯一"良い"と思える事実だ。良い親だった。言うまでもなく、なにもしてあげていない。苦しまないでくれて良かったとひたすらに思う。

 運動も勉強も人並みではなかったし、そんな私に目をかけるに出逢うこともなく、あっという間に華の10代を終え、私は高卒で働き始めた。なんの資格を持つでもなく、ほしいものがあるでもなく、ただ淡々と、生きるために生きてきた。怠けはしなかった。むしろ真面目だった。そんな人生がこの虚ろな中年を生み出した。

 どんな人間も幼き日は夢を見て、いずれはそれを捨て、"現実的な目標"に向かってゆく。年を重ねるにつれて、内に秘める壮大なものが見る見る萎み、周りからも己からも、見えなくなってゆく。私にあったそれも、同じ様に。今になれば、体力が有り余っているあの時期に全てを捨てて向き合っておけばとは思うが、それもきっと、諦めるのが早まるだけだったのだろう。

 私も青い頃は、才がないなりに頑張ってたはいた。「頑張っていた」それも所詮自己評価の域ではあるが、書いては応募し、落ちに落ち。普及しはじめたネットを使えば、こんな無名にもどこからともなく批判が飛んで来るものだ。たまに褒めてくれたり、アドバイスしてくれる人もいたかな。だが、やめた。おそらく20代の前半だった。何が原因とかはなく、単純に疲れただけなのだろうか。今でもわからないし、今更知る必要もない。


 自分だけの世界を作りたかった。文章だけで全てを表現できたら。絵を描いて、人に素晴らしいと言われたかった。映画を撮りたかった。私のキャラクターを演じられたらどんなによかったか。声で表現したかった。音楽を奏でたかった。誰も弾かないような楽器で一世を風靡したかった。そんな誰もが見る夢を、友と語りたかった。いや最早、それだけで構わなかった。死にたいとは思わないがしかし、生きる理由がもう何もない。もう良いのだ。来世も要らない。どうしようもなく、訳もわからず、何も得られなかった私をせめて、誰への迷惑もかけず、私の手で完結させるための自殺これだ。

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