第34話 業火(Inferno)

 気がつくと、そこは暗い空間だった。たしか俺はガリ勉ともう一人相手して、得体の知れない蛇に首を絞められたはずだ。腕を動かそうとすると、手と足が縛られていることに気がついた。ひょっとしたら近くにアイツらがいるかもしれん。


「気がつきましたか?」


 声がした方を見ると、薄っすらと見覚えのある顔があった。俺が呪いをかけ、奴隷として売った少女。また嬲られにきたのかと、そのときは安易に考えていた。


「――!」


 声が出せない。いったいどうなっているんだ?


「魔法を唱えられては困りますので声を奪いました」


 魔法? そんなものは使えない。呪いの力でまた奉仕させようか? そんなことが頭の中をよぎった。


「あなたに何度嬲られたのでしょう? 何度奉仕すれば許されたのでしょう? あなたは許すことはなく、あたいを奴隷として売ったんですよね?」


 ああ、確かにそうだが。何か文句あるのか?


「幸運にも買ってくれた人が良い人間でした。お陰で父親と再会でき涙が出ました」


 良かったな。感動の再会。


「ここに意味はわかっているのでしょうね?」


 意味? それよりもここはどこだ?


「わかってないようですね。体で教えますか」


 そう言った少女が手にしたのは、先端が高温で熱したような色の棒だった。


「――!」


 熱い! 痛いじゃないか! 何すんだ馬鹿野郎! 殺されてえのか。


「これはあなたに初めて殴られた分」


「――!」


「そして、二度目」


「――!」


「初めてお腹を蹴られた分」


「――!」


「初めて背中を蹴られた分」


 痛い! 熱い! もう止めろ! 何度もするな!


「その表情はわかっていない様子ですね」


「――!」


「初めて頭を踏みつけられた分」


 何なんだ、この女。これじゃ、拷問じゃないか。


「――!」


「これは奉仕した一日目の分」


「――!」


「二日目」


「――!」


「三日目」


「――!」


「四日目」


 もう止めてくれ! 許してくれ!


「顔が許してくれと言っていますね」


「――!」


「でも、あなたは許してくれたでしょうか?」


「――!」


「許しませんでしたよね?」


「――!」


「あたいはあなたを許さない」


「――!」


「許さない」


 涙が頬を伝う。そしてその場所に熱い棒が当てられ、体が跳ねる。


「ポーションを持ってきなさい」


 少女がそう言うと、この世の者とは思えない異形の魔族がやってきた。


「これは毒ではありません。痛かったでしょ? これで痛みが消えますね」


 毒かもしれないが痛みが消える。そう思い、ポーションを飲み込んだ。するとすぐに痛みが消え、これは毒ではないことがわかった。


「ではまた」


 少女はどこかへと消えた。俺の周りには異形の魔族がたくさんいて、ここから逃げられないことを悟った。


「あっ、言い忘れていました」


 突然少女が現れる。


「数刻後、もっと熱い焼きごてを持ってきますね。それまでこの状況を楽しんでください」


 はっ? この拷問が続くのか? ウソだろ、おい。


「ふふふ」


 悪魔の所業。この後、俺は焼かれては、無理矢理ポーションを飲まされ、焼かれてはポーションを飲めと命令される。毎日、毎日、毎日だ。この苦しみから、いつ逃れることができる? 本当に逃れることができるのか? 俺が何をしたというのだ。ただこいつに呪いをかけ――呪い? そうか、呪いをかけたつもりが呪われているのは俺の方だな。ハハハハハ。死にたい。でも死ぬことはできない。繰り返される熱い痛み。地獄の業火とはこのことを言うのであろうか。

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