学園を追放された上に婚約破棄されたガリ勉伯爵は、勢い任せで美少女奴隷を買う

フィステリアタナカ

第一章 呪いの紋と奴隷令嬢

第1話 ガリ勉伯爵と奴隷令嬢

コンコンコン


「レイユ・バルサードです。失礼します」


 僕は学園の理事長に呼ばれ、校長室の中に入った。そして今、校長室で理事長と校長と向き合っている。


「レイユ君。そこに腰掛けたまえ」

「はい。失礼します」


 僕が手で指ししめされた椅子に座ると、理事長から言われる。


「君は今日で退学になるから」

「えっ」


 突然の通達に僕は驚いた。


「それは本当ですか?」

「そうだ」

「なぜです? 僕は学年首席ですよ。何で辞めなきゃいけないんですか?」

「この間の中級魔法実技で施設を一部破壊したことだな」


 魔力量の単位を勘違いし、魔力のコントロールをミスして、学園の施設を壊したことは事実だ。でも、それだけで辞めさせられるのは納得できなかった。理事長も校長も高圧的な態度は変わらない。


「まあ、優秀な君なら学園を卒業しなくても困らないと思うがね」


 ◇


 校長室を出て呆然とする。父に何て言おう。そんなことが頭の中を巡っていると、担任の先生が僕を見つけ声をかけてきた。


「バルサード君!」

「先生……」

「他の先生が噂をしていたんだが、学園を辞めさせられるって――」

「はい、本当です。たった今、校長室で告げられました」


 先生は苦い顔をした。


「優秀な生徒を切って、何を考えているんだ、校長は」

「いいんです。僕は勉強しかできませんから」

「何を言っている。同級生にガリ勉と言われているみたいだが、君は勉強だけじゃないだろ」

「そうですかね……」

「そうだ。担任の私が言うのだから間違いない」


 先生は同情をしてくれた。何も悪いことをしていないじゃないかと。だが、理事長の決定を覆すだけの力を持っていないと悔しそうに言っていたのが印象に残った。


「先生。これからパーティー夜会があるので、ここで失礼します」

「ああ、気をつけてな。困ったことがあったら相談しに来なさい」

「わかりました。ありがとうございます」


 ◆


 僕はこれからのことを考える。魔法学園ではない学校で一からやり直すか、そんなことを思っていた。


「おう、ガリ勉。今日も辛気臭い顔しているな」


 パーティー会場に着くと、知らない上級生にそんなことを言われる。


「そんな顔してますかね、先輩」

「してるぞ、鏡を見ろよ。伯爵だか何だか知らないが、勉強ができても身だしなみも整えられないヤツはダメだな」


 先輩にいわれのないことを言われるが、我慢をした。ここで問題を起こしたら婚約者に迷惑をかける。本当は出たくないパーティーだったが、婚約者に恥をかかせるわけにはいかない。


『ガリ勉君、端の方にいるけどどうしたんだろ?』

『噂によると学園を退学になったらしい』

『えっ、それって本当?』

『たぶん本当じゃないか。そうでもなきゃ、あんなところで突っ立っているわけないだろ』


 会場内の雰囲気は僕の内心を違って、とても明るい。同級生が僕のことを話しているみたいだが僕は聞き流し、会場の端で婚約者が現れるのを待った。


「おっ、王子の登場か」


 パーティー会場のステージに第二王子が姿を現す。ここまでは良かったのだが、見たくない光景を見てしまった。


「何で王子と……」


 僕の婚約者であるトワール子爵令嬢が姿を見せる。彼女は腰に手を回され、第二王子と共にステージ中央へと歩いていた。


「皆に話したいことがある」


 第二王子がそう言うと、皆、第二王子に注目した。


「俺はトワール子爵令嬢を婚約者にすると、ここに宣言する」


 会場内がざわつき始める。


「皆も知っているように、トワール子爵令嬢はガリ勉伯爵の婚約者だ。しかし、彼女は彼を毛嫌いしている。よく相談に乗ったよ。そして何度か会っていくうちにお互いの気持ちを確かめてね。それなら俺と結婚しようと、ここで婚約を宣言したわけだ。もちろん、トワール子爵令嬢がしていたガリ勉伯爵との婚約は破棄だ」


 信じられん。婚約は本人たちの問題だけではないはず。馴れ初めなんかどうでもよくて、僕は思わずトワール子爵令嬢の顔を見る。婚約者であるはずの彼女の僕に向ける顔は、まるで僕を憐れむような顔をしていた。


「今日のパーティーは俺の婚約記念パーティーでもある。皆、十分に楽しんでくれ」


 第二王子がそう言い、僕の顔を見る。第二王子の表情は「負け犬が」と侮蔑の表情をしていて、それを見て僕はこの場にいたくなかった。


『ガリ勉、可哀想じゃね?』

『そうか? ガリ勉が婚約者じゃ無くなって、トワール子爵令嬢は幸せだろ』


 言葉が出ない。そのまま会場入り口の扉へと向かい、扉を開け会場をあとにする。もう今日はどうでもいい。


 ◆


 パーティー会場の建物を出る。そのまま帰るのも何となくイヤで、気分転換できるかなと街を歩いていく。「イヤなことはエッチな店で発散するんだよ」と言っていたクラスメイトの言葉を思い出し、それもいいかなとそんな店を探し始めた。


「なんだろ?」


 偉そうな人が裏路地へと入っていく。また、一目見て裕福そうな人も同じ裏路地へ。僕は不思議に思いながら吸い込まれるように、その裏路地へと足を運んだ。


 ◆


「うーん、オークション会場?」


 裏路地を進むと立て看板があり、そこには「男心をくすぐるお宝発見!」という言葉も書かれていた。


「ドラゴンの鱗とかシリル貝の化石とかあるのかな? 著名な名画もあるかもしれない」


 好奇心が湧きだし、僕はオークション会場の中へと足を踏み入れることにした。


 ◇


「お客様は三十六番ですね」

「はい、わかりました」

「席までご案内いたします」


 オークションに使う番号を渡され、指定の場所まで案内される。勉強ばかりして、お金もまったく使っていなかったから、憂さ晴らしに散財してもよいかとオークションが始まるのを静かに待った。


「みなさーん、本日は四半期に一度の待ちに待ったオークションの日です! 本日も心躍るような品を集めましたので、どうぞゆっくり楽しんでいってください!」


 司会の小太りの男性がそう高らかに宣言すると、オークションが始まった。


「初めの品は虎獣人の青年になります。警護や戦闘員には打って付けの品です!」


(えっ? ひょっとして奴隷オークション?)


 オークションは奴隷オークションだった。退学となり学園を追放され、婚約者にも裏切られる。挙句の果てに、見たくもない残酷な奴隷オークションを見ることになるなんて。愕然とした気持ちでお立ち台を眺めていた。


「続いては、苦労して手に入れた有翼人になります」


 老若男女問わず、いろいろな種族の奴隷がお立ち台に立つ。


「では、二千万からのスタート!」


「三千万!」

「五千万!」

「五千五百万!」


 憂鬱な気持ちは拭えない。時間が経つにつれ、会場内がアツクなっていくのがわかる。もうそろそろ折り返しかなと思っていると、同じ年くらいの女の子が歩いて移動し、お立ち台に立った。


「あっ。彼女は確か――」


 お立ち台には際どい恰好をした知っている女の子がいた。彼女は確か、リヴェール男爵の令嬢だったはずだ。人柄もよく真面目な性格だと聞いたことがある。そんな彼女の顔色は優れない。まるでこの世の終わりのような顔をしていた。


「本日の目玉商品第一弾。もう家はございませんが、貴族令嬢になります! どうですかみなさん、このワガママボディを持ちながら男を知らないんですよ。是非ともアナタ色に染め上げてください」


 ああ。この子は噂通り真面目に頑張ってきた子なのだろう。立ち姿を見てそう思った。それなのに何故こんなところで素肌をさらけ出し、はずかしめを受けなくてはならないのだろう。真面目にやっても報われない、まるで自分のようだと感じた。


「それでは、二千万からのスタート!」


「三千万!」

「四千万!」

「五千万!」


 僕は思わず大声をあげる。


「三億!!」


 会場にどよめきが走る。


「えーっと、三十六番から三億の声が入りました。現在、三億です――」


 彼女が泣いているのがわかる。


「いませんか? 誰もいないですか? よろしいでしょうか? では、三億で落札となります」


 彼女は崩れ落ち、顔を手で覆う。肩が上下に動いて嗚咽をしているのがわかった。


 ◇


「貯金全部使っちゃった」


 受け渡す場所として通された部屋で、勢いに任せ貯金を使ったことを反省中。


コンコンコン


 部屋の扉が開き、係員らしき男性とリヴェール男爵令嬢が現れた。


「三十六番の方でお間違えないでしょうか?」

「はい、そうです」

「お支払いはどうなされますか?」

「小切手はありますか?」

「ございます」

「なら、それでお願いします」

「かしこまりました」


 彼女と目が合う。若干じゃっかん目が赤いが、化粧をし直したようだ。お立ち台にいたときと違って、露出の少ない服を着ていたので少し安心した。


「はじめましてかな。リヴェール男爵令嬢」


 彼女の目には涙が浮かんだ。


「知っているんですか?」

「うん。僕はレイユ・バルサード。君の名字しか知らないけど、名前を教えてくれる?」

「ミムっていいます」

「ミム・リヴェール令嬢でいいかな」

「いえ。リヴェール家は取り壊しになってしまったので、今はミムだけになります」

「そうか……」


 係りの男性が部屋に入ってくる。


「お待たせいたしました。こちらにお願いします」


 僕は渡された小切手に金額を書き、男性に渡した。


「これで支払いが完了いたしました。奴隷契約を結びますので、血を一滴いただいてもよろしいでしょうか?」


 そうだった。彼女は奴隷として売られていたんだ。買ったということは僕が彼女の主人になる。正直抵抗がある。


「すみません」

「何でしょうか?」

「どうしても奴隷契約をしなくてはいけないでしょうか?」


 男性は顔色を変えずに言う。


「そういったことをおっしゃるのは、あなた様が初めてです。上に確認して参りますので、しばらくお待ちいただければと」

「はい、わかりました」


 男性が部屋を出る。すると彼女から、


「どれい、けいやく、しないって――」


 涙がこぼれ、彼女は言葉が上手く出せないようだ。


「僕はできればしたくないんだ」


 少しの間、二人の間に沈黙が流れる。沈黙を破ったのは彼女からだった。


「あたし、きっと悪趣味な中年男性に買われて、いろいろなこと、されちゃうだろうなって思っていたの。借金で奴隷落ちして、あたしの人生は終わったって思ったの」

「うん」

「あなたの声が響いた時、あぁ、あたしこれから辛い思いをするんだなって」


 落札が決まった時、彼女が崩れ落ちたシーンを思い返していた。絶望。相当なストレスだったのだろう。


「お待たせいたしました。上の者に聞いたところ、奴隷契約は必須な上、その料金の支払いもあるとのことです」

「わかりました」


 僕は手持ちのお金で奴隷契約にかかる料金を支払う。その後、針を受け取り指に刺して血を数滴取った。


「これで契約完了です」


 指に回復魔法アクアヒールをかけ、怪我を治す。係りの男性もミムもアクアヒールに驚いている様子だった。


「彼女が履けるサイズの靴を買いたいです。それと羽織る外套もお願いします」


 ◆


 オークションが続く中、僕はミムと一緒に会場をあとにする。街を歩いているうちに大事なことに気がついて立ち止まった。


「どうしたんですか?」

「実はね。学園を退学になったことと、婚約破棄されてしまったことを家族にどう説明すればいいのか……」

「えっ、退学に婚約破棄ですか!」

「あー、それとミムを奴隷として買ったことも言わなきゃいけない」


 僕はうな垂れ、額に手をやる。一つでも怒られそうなのに、三つもある。ここで悩んでも進展はしないので、パーティー会場近くの馬車の停留所へ向かうことにした。


「そうだ。ミムはこれからどうしたい?」

「どうしたいといいますと」

「宿を取った方が――ってお金無いや」

「ふふ。ありがとうございます。もしよろしければ、あなたの家までついて行ってもいいですか?」

「えっ! ウチ!」

「はい。帰る場所も無いので」

「そうかぁ」


 僕はミムの顔を見て、こんな子がメイド服を着たら萌え萌えなんだろうなと、想像してしまった。


「家族に話してみるけど、僕の専属メイドになるっていうのはどう?」

「ふふふ。あたしはあなたの専属奴隷なので、大丈夫ですよ」


 そうだった。ミムは僕の奴隷だった。


「あそこが停留所。パーティーが終わってないからラッキーだな」

「パーティーがあったんですね」

「そう。婚約破棄をされたパーティーだから、参加者に会いたくないんだ」


 停留所では他の家の馬車と共にバルサード家の馬車が待機をしていた。僕はミムを連れて馬車のところに行き、馬車に乗り込んだ。


「出発してください」


 ミムを隣に座らせてからそう言うと、馬車が動きだし僕らは馬車に揺られる。彼女の柔らかいところが腕に当たり、思わず嬉しくなる。そんなことを思いつつも、これから家へ帰り、家族にどう言ったらいいのか僕は言い訳を考えていた。

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