第七話:容疑者D 《炎の女王》
思いがけず有用な目撃証言をタリアから得たおかげで、俺の捜査は一段と進展した。カリスペイアが暗殺された事件当日、少なくとも二人の容疑者がアーシスに滞在していたことが判明したのだ。その内の一人からは既に粗方の事情を聞いたので、そうなると次の目標は《風の騎士》アエルスだ。ヒュアレーに行った時にはウォルトとフェルの関係ばかりが気になっていてアエルスの調査は失念していたが、今では彼も随分と胡散臭い人物に思えてきた。飄々とした態度で平然と噓をつき通したことと言い、フレインのナンパ遊びに付き合ったらしいことと言い、表面的には気さくで陽気な純朴青年に見える彼の人格にはどうやら二面性がありそうだ。ほぼ外見と第一印象通りの分かりやすい性格をしている他の容疑者達と比べても、彼の聴取は殊更慎重に進めた方がいいかもしれない。俺がそう思ってどのようにアプローチするのが最も効果的だろうかと一人思案しながらアーシス城の中庭を散歩していると、意外な人物が俺に声を掛けてきた。
「ステラさん」
この呼び名を考えてくれた女王のものではない落ち着いた声に驚いて振り向いてみると、そこに立っていたのは僅かに目を細めたルーテリアだった。
「フェルがあなたをこうお呼びすることに決めたというので、早速使わせていただきました。ご不満であれば、以降はご希望の呼び名でお呼びしますが」
「いや、ステラでいいよ。まさかルーテリアから俺に声を掛けてくるとは思わなかったから、ちょっと驚いただけ」
俺が素直にそう答えると、ルーテリアは静かに目を伏せて「そうですか」と納得した。俺が知るホーリレニアの女王達の中でも一番女王らしい気高さと威厳に満ちている彼女を前にすると、どうしても緊張して委縮してしまう。悪い人ではないと分かっているが、他の女王と違って彼女には距離を感じてしまって身構えてしまうのだ。ルーテリアの方も、自分が他人を畏怖させる空気を身にまとっていることに自覚はあるようだが、その事を全く気にかけてはいないらしい。おどおどびくびくしている俺の小心ぶりにはまるで目もくれず、彼女は淡々と暗殺事件の捜査状況を俺に尋ねた。そこで、俺が現在までの調査結果を手短にまとめて報告すると、彼女は自分からも一つ提供したい情報があると言ってこう告げた。
「まだメラネミアについての捜査は進めていらっしゃらないようですが、彼女の件で一つお伝えしておくべき事があります。メラネミアはQWの一件でカリスと衝突していただけではなく、カリスの騎士であるジェネスを巡っても度々諍いがあったようです。彼女はどうにかしてジェネスを自分のものにしようと画策していたようなのですが、当然カリスからは猛反発されていましたから」
ルーテリアはそう言い終えると、この情報の真偽を確かめたいのならば、他の女王や騎士にも確認してみると良いと俺に勧めた。進んで第三者に実証させようとしているところを見ると、嘘ではないという相当な自信があるのだろう。炎と水の元首の間に軋轢があることを考慮すると、彼女が敵対者を陥れるために偽計を弄している可能性は完全に否定しさることが出来ないが、俺がそう考えることを見越して先手を打った発言をしたわけだ。おそらく知略には長けている人物と見受けられるので、ここで浅はかな嘘をつくとは考えにくい。他の関係者には聞くまでもなく、この情報はきっと事実だろう。
「だが、ジェネスを自分のものにしたいからと言ってカリスペイアの命を狙うのは愚策じゃないか?女王と騎士は命を共有する契りを結んでいるはずだろ?だったら、カリスペイアを殺すのはジェネスを殺すのと同じ事だ」
「仰る通りです。ですが、この誓約は女王が選定された時に自らの意志で選んだ騎士との間に合意の上で結ぶ契約であり、主人である女王側にのみ破棄する権限が与えられているのです」
「それじゃ、カリスペイアを脅してジェネスとの契約を破棄させれば、その後でカリスペイアを殺してもジェネスは道連れにならなくて済むということか」
原理上はそうなるだろうが、何か穏やかじゃない解決策だな。それに、その強硬手段で首尾よく騎士を奪取したところで、その騎士が卑劣な略奪者である新たな主に忠誠を誓ってくれるとはとても思えない。メラネミアは確かに短気でわがままだが、そこまで極悪非道な手段を講じる奴だろうか?それとも、そうまでして彼女がジェネスを手に入れたい理由があるのだろうか?
「<ジェネスを自分のものにする>って言うのは、騎士としてか?それとも男として?」
「それはメラネミア本人にしか分かりません。わたくしが言えるのは、メラネミアがジェネスに執心しており、その事がきっかけでカリスと揉めていたという事実だけです」
メラネミアが何故それほどジェネスを欲しがっていたのかは、直接本人に聞いてみるしかないか……。あのツンツンのことだからどうせ素直に話してくれそうにないが、ダメ元でやれる限りのことはやってみるとしよう。俺は新情報を提供してくれたルーテリアに感謝すると、彼女と別れて早速メラネミアを探しに行った。
《地の女王》の代役選考会が行われた翌日の現在、三女王と三騎士の六名は《ホーリレニア祭》でタリアに任せる仕事内容についての議論を慎重に続けている。選考会の時点では、女王崩御の真相を伏せるために<特別劇でのカリスペイア役>という体で話を進めていたけれど、無事代役に決まった彼女には真の役割をきちんと説明して理解してもらわねばならないからだ。宰相の一人娘である彼女になら真実を打ち明けても問題は無さそうだったが、国家機密故に念には念を入れることにして、カリスペイアが急病のためにやむなくお願いせざるを得なくなったとまことしやかに言い聞かせることにした。タリアはそう聞かされるとショックで青ざめて言葉を失っていたが、その動転した様子からしても彼女がこの虚言を信じ込んだのは明らかだった。予定ではそのまま会議を続行して大枠だけでも決めてしまおうという流れだったのだが、タリアが予想以上に動揺して悲しみに暮れてしまったので結局話し合いどころではなくなってしまい、娘を心配した宰相が閉会を提案して皆それに従わざるを得なかった。細心の注意と配慮が必要とされる難しい議題なのは事実だとしても、この調子で続けていたらこの会議は永遠に終わらない。刻一刻と迫りくる大祭当日を控えて、女王も騎士も徐々に余裕を失い始めている。このままで行けば、最悪の場合毎年恒例の聖なる祭は延期か中止に終わるだろう。その危険をいち早く察知したルーテリアが、タリアの面倒を見ると申し出て彼女に付き添ってくれることになった。一同が遅くとも今週中には全ての問題に片をつけられるかは、今や彼女の説得次第だ。だがおそらく、機転が利く賢い彼女のことだから、心配せずともタリアを上手く操ってくれるだろうと信じている。何にせよ、これは女王達の問題であって、俺が追求する本題ではない。《ホーリレニア祭》の事はホーリレニアの統治者達に任せるとして、俺は自分の仕事を果たそう。
そうして会議が中断されたので、俺は中庭へ出て歩きながら考え事をしていた。その時不意打ちでルーテリアが俺に声を掛けてきて、メラネミアについての件の密告をしてきたというのがこれまでの経緯だ。会議がお開きになったので、おそらく皆逗留している城内の一室に戻って退屈しているに違いない。俺はそう考えると、迷うことなく一直線にメラネミアの部屋を訪問した。思った通り、女王様は在室だった。
「暗殺事件の容疑者として話を聞いていないのは、後はお前だけだ。暇なら聴取に応じてくれるか?」
「あたしは犯人でもないし別にヒマなわけでもないけど、協力ならしてあげてもいいわよ?」
見るからにつまらなそうな表情で椅子にふんぞり返った暴君はそう答えると、さっさと始めろと言わんばかりに冷めた瞳で俺を一瞥した。相変わらず態度がでかいな。
「念のために、事件当日のアリバイをもう一度聞かせてくれ」
「あの日は一日中ソレイオンの自室にいたわよ。証拠が必要なら監視カメラでもチェックしなさい」
確固たる物証を即座に持ち出してくるやり口がくしくも彼女の仇敵と全く同じなのに思わず失笑しそうになったが、何とか堪えてお言葉通りカメラ映像を確認させてもらう約束を取り付けた。ちなみにルーテリアの時もちゃんと証拠映像は確認している。彼女の場合は監視カメラではなくて独自の魔法技術を駆使した代物だったから信憑性については議論の余地があるものの、城内ほぼ全ての人間が彼女のアリバイを証明したのであながち虚構とも思えない。メラネミアの監視カメラにしても、それが小細工なしの信頼出来る代物であれば何も文句は無い。ただ、現在この場でデータを確認出来る用意がないとのことなので、映像記録の精査はヘイリオンに戻ってからになりそうだ。それなら、今のうちに他の疑惑について追及しておこう。
「お前が《地の騎士》ジェネスに執着してカリスペイアと揉めていたという情報を得たんだが、真偽のほどは?」
俺が何気ない風を装って唐突にこう問いかけてみると、メラネミアは途端に顔を真っ赤にしてぱっと目を逸らした。
「まさか、ジェネスを手に入れるためにあたしがカリスを殺したとでも言う気なの?」
「動機としては不自然じゃないからな。異論があるなら言ってくれ」
メラネミアは「バっカじゃない!」とお決まりの口癖を吐き捨てるなり拗ねてそっぽを向いたが、少しすると考え直したのかまた俺に向き直ってこう言った。
「でも、そうね。あたしがジェネスを自分のものにしたいと思ってたのは本当よ。ジェネスは四騎士の中でも一番穏和で聡明で忠義に熱い、素晴らしい騎士だった。そんな彼を欲しいと思わないほうがどうかしてるわよ」
ジェネスってそんなに優秀だったのか。初耳だ。
「でもお前にはフレインがいるだろ?騎士を二人も抱えてどうする気だったんだ?」
「騎士なんて何人いても困らないじゃない!大体フレインなんていっつもあたしを放ったらかしにしてるんだから全然あてにならないじゃない!」
ごもっともです。仕事しろ、フレイン。
「だが契約は騎士一人としか結べないはずだ。二人でも何人でも良いけど、契約出来るのは一人だけだぞ?それ以外の奴にはどうやって忠誠を誓わせるつもりだったんだ?」
俺がこう聞くと、メラネミアは急にしおらしく目を伏せて、「別に……傍にいてくれればそれでいいのよ」と聞こえないくらい小さな声で呟いた。その言葉通りだとすると、やはり彼女はジェネスに気があったとしか思えない。「それって、ジェネスのことが好きだってことか?」と直球を投げ返してみると、予想通り酷く狼狽した様子で「そんなわけないでしょ!」と怒鳴られた。これってもう認めたも同然だよな?
「それはそうと、事件当日にお前の騎士が何処に居たのか知ってるか?」
俺的には一段落したので、ここで一転して深刻な話題に切り替える。メラネミアは渋い顔をして首を横に振った。もしかしたらこの二人が結託している可能性もあるかと疑っていたのだが、彼女の反応を見る限りその線は皆無だな。ここまで仄めかしておいて情報を引っ込めるのも意地が悪いので、女王様に彼女の騎士の恥ずべき愚行を包み隠さず報告して差し上げた。女王様は大激怒。フレインを見たら処刑台へ送ってやると息巻いている。呆れ返って落胆するのではなく猛烈に怒り狂っているところを見ると、あのちゃらんぽらんをそれなりに信頼していたということらしい。あいつの何処が信用出来るのか俺にはさっぱり分からないが。
「事件当日に現場に居た事が判明した以上、フレインとアエルスは目下断トツで疑わしい容疑者だ。もし仮にフレインが実行犯だったとなった場合、お前はどうするつもりなんだ?」
「その時は……ちゃんと責任を取るわよ。どうしようもないバカだけど、それでもアイツはあたしのたった一人の騎士だから」
メラネミアは覚悟を決めた眼差しでそう告げると、それでも彼女は彼が犯人ではないと信じていると断言した。
さて、女王様との会談は今はこのくらいにしておいて、今度はメラネミアとジェネスの関係を別の角度から客観的に見た証言を拾ってみよう。
「メラはジェニーのことすっごく気に入ってたよ。会議の度に声かけてるの、ぼくも気づいてた」
「ジェニーはとっても優しいからいつもメラの話に付き合ってあげてたみたいだけど、僕にはちょっと困ってるように見えたな」
意味もなく空中に浮いている妖精さん二人の証言は以上の通り。相変わらず見ているだけで何か和む二人だが、新情報はジェニスの愛称だけかな。とにかくありがとう。
「ジェネスがメラの執拗な勧誘に辟易していたのは事実だと思いますよ。彼はカリス同様平和主義者でしたから皆の和を乱す振る舞いは決してしませんでしたが、どう見ても彼はカリス以外の相手に忠誠を誓う気は無かったですね」
こう真面目に回答してくれた礼儀正しいウォルトには、もう少し突っ込んだ情報がないか探りを入れてみた。すると、ウォルトはやがて思い出したように「そういえば……」と視線を上へ向けたまま話し始めた。
「メラが思い切ってジェネスをソレイオンに招いたことがあるんですよ。でも、ジェネスはカリスを一人で城に残すことは出来ないと言ってはっきり断ったんです。それで、怒ったメラがQWでカリスの領地を侵略するって言い出して、本当に実行したんです。これにはさすがのカリスも怒ったみたいで、しばらく二人の仲は険悪になってましたね」
ふむふむ。メラネミアがさらっと言っていたカリスペイアの領地への侵攻というのはこの話だな。自分になびかない男ではなくそいつの大切な女性を攻撃する辺りが凄く陰険な女っぽいやり口だ。巻き込まれたカリスペイアの方はとんだ災難だな。これで水と風の証言は揃ったから、満を持して大本命である《炎の騎士》に話を聞いてみるとしよう。
「メラとジェネスの関係?なんでそんなプライバシーなことかぎ回ってんだ?」
そこはプライバシーじゃなくてプライベートが妥当な気がするが、彼の独特な表現ということで聞き流そう。
「メラネミアがジェネスを巡ってカリスペイアと対立していたという話を聞いて、今それに関する情報をみんなから集めている。お前は彼女の騎士なんだから、彼女については他の誰よりも一番多くを知ってるはずじゃないか?」
「そりゃそうだろうけどな。だがオレがメラの情報をお前に売って何の得がある?」
「これまで通り取引には応じるぞ」
こう言えばあっさりほいほい乗ってくれると思っていたのだが、意外にもフレインは渋い顔で申し出を拒絶した。
「オレはメラの個人情報だけは絶対にしゃべらない。聞きたいことがあるなら本人に直接聞きな」
何だよ、急に義理堅い騎士のフリなんてしやがって。不覚にもちょっとかっこいいじゃないか。
「それならお前が答えられる限りで構わない。これまでメラネミア本人を含めた全員の話を総合した結果、メラネミアはジェネスに気があったんじゃないかと俺は考えているんだが、その点についてはどう思う?」
「ない。絶対にない」
冷静だが反射的な即答。彼がそう考える根拠は次の通りだ。
「メラはジェネスの有能さを高く買ってただけだ。何でもやってくれるし、気が利いて都合がいいから身の回りの雑用を押し付けるために雇いたかっただけだろ。第一、オレのような男気溢れるマッチョなイケメン騎士が傍にいながら、ひ弱で色白な優男のジェネスなんかに目が行くわけがない」
そう言い切れる盲目的に絶対的な自信だけは正直羨ましいが、言い分にはかなり無理がある。もちろん後半の方ね。
「だがお前は女の子追っかけ回して遊びほうけてばっかりで、メラネミアのことは放ったらかしにしてるじゃないか。あいつ結構寂しがり屋だから、構ってくれない奴なんかより自分を気遣って傍に居てくれる奴に気が移っても不思議じゃないぞ」
メラネミア本人が聞いたら激高しそうな言い草だが、真実を言い当てているのでフレインも反論せずに口を噤んだ。少なくとも、彼女に寂しい思いをさせているという自覚と罪悪感はあるようだ。だったら今すぐ女遊びなんてやめてしまえ。どうせ遊んでもらえる機会も滅多になさそうじゃないか。そう畳みかけてやりたい気持ちが疼いたけれど、不気味なくらい神妙に静まり返って深刻そうに顔を歪めたフレインの姿を目にすると、途端に言葉が喉につかえて出てこなかった。彼はやがて絶望に沈んだような低い声で「仕方ねぇじゃねぇか」と小さく呟くと、表情を隠すように顔を俯けた。
「女王と騎士の間には、越えちゃいけない、越えられるわけがない壁があんだよ。万が一オレが何かヘマをして死にかけるような状態になった時、アイツはオレを見捨てて切り捨てないといけない。そうしないと仲良く共倒れになっちまうからな」
フレインは静かにそう言い終えると、「とか言って、オレはただ自分勝手に生きてるだけだけどな」と、一転して明るく小憎らしいいつもの笑顔で笑って見せた。こいつ、嘘下手だなぁ。こんな予想外に健気でいじらしい事を言われてしまったら、お前を見る目がすっかり変わってしまうじゃないか。うっかり感動して潤んでしまった情けない両目を戒めるように強くこすると、俺は俄然聖人へと昇華して淡い光をまとい始めた女たらしの幻想をどうにか振り払い、これまで通りの自堕落な姿を彼に重ねた。どのキャラクターにも感情移入はしないというのがストーリーテラーである俺の鉄則だ。頼むからもうこれ以上好感度を急上昇させるようなエピソードを披露しないでくれ。
「それじゃあ最後に一つだけ確認しておくが、メラネミアがジェネスを手に入れるためにカリスペイア暗殺を企てた可能性はあると思うか?」
「絶対ない。ありえない」
まあそう答えるだろうと思っていたが、その本心が思い切り顔に出てしまったらしい。フレインは納得には程遠い表情をしている俺を見ると、「疑い深いヤツはモテねぇぞ?」と余計な一言を言い放ってニヤリと笑った。ナンパに一度も成功していないお前に言われたくはない。
「メラはグランビス産のフルーツが大好物なんだ。カリスもそれを知ってて、毎週のようにメラ宛にフルーツを送ってくれてた。ジェネスの件ではどっちも譲らなかったのは事実だけど、殺し合いに発展するような物騒な気配は全くなかったぜ。オレが知る限り、二人は仲が良かったと思うぞ」
フレインは訝る俺にそんな言葉を言い残すと、勝手にふらふらと歩き出してその場を去っていった。言われてみれば、グランビスへ来る道中にリムジンの中でメラネミアが飲んでいた赤い液体はフルーツジュースだと言っていたな。いずれにせよ、フレインが今言った発言が事実に基づくかどうかはソレイオンに戻ってから確かめればはっきりするだろう。監視カメラの映像とカリスペイアからの贈り物の履歴が確認出来れば、メラネミアへの疑いはほぼ帳消しになる。もっと怪しい奴なら他にもいるしな。そういうわけで、俺はこの案件について深く考えるのを放棄すると、容疑者にして捜査協力者でもあるメラネミアの元へ再び戻ることにした。
フレインのフォローのおかげでメラネミアへの疑惑がほとんどなくなったと本人に伝えると、勝気な彼女は「当然でしょ!」と豪語して満悦そうな笑みを浮かべた。覚えていたらで構わないから、お前を窮地から救い出してくれた頼りがいのある騎士にも礼を言っておくようにと進言しておいたが、たぶん礼ではなく怒号が飛ぶだろう。女王様は彼がタリアを口説いていたことに未だにお冠だ。それは彼の自業自得だから仕方がない。
「ところでね、あたしもお前からの報告を聞いて推理してみたの。これから分かりやすいように説明してあげるから、よく聞きなさいよ?」
メラネミアは不意にそんなことを言い出すと、向かいに座った俺に顔を突き出してじっと睨んだ。これは大変興味深い。是非とも女王様の名推理を拝聴するとしよう。
メラネミア曰く、この事件の犯人は単独犯ではない。なので、事件当日にアーシスに居なかった者達も犯行に加担していた可能性があると言う。正直その線は俺もあると思っている。そうなると、犯人グループは首謀者と実行者に分かれていると考えられる。まず実行犯の方から容疑者を絞ると、言うまでもなく当日現場に居たフレインとアエルスが挙げられる。だが、フレインがナンパのためにアーシスをうろついていたのは今回が初めてではないし、何より自分が口説こうとしていたカリスペイアを殺害する動機が何も無いので、フレインは容疑者から外すことが出来る。フレインが何らかの理由でジェネスを狙った可能性は無いのかと疑ってみたが、この二人の間には驚くほど何の接点も無いので考えにくいと言う。そうなると、カリスペイア暗殺を遂行したのはアエルスということになる。周知の通り彼とフェルは空を飛ぶことが出来るので城内への侵入はいとも容易いし、その能力は逃亡時にも極めて役に立つ。問題は、アエルスにカリスペイアを殺す理由が見当たらない点だ。アエルスはジェネスと親交があったそうなので、ジェネスを殺そうとした可能性も低い。そこで考えなければいけないのが、アエルスの女王であるフェルの存在だ。フェルはウォルトと度々密会するなど不審な行動が散見されるので、彼女がウォルトを通じて《水の国》と何かしらの繋がりを持っていたと考えても矛盾は無い。メラネミアの考えでは、ウォルトとフェルの間には如何なる怪しい関係も成立しようがないそうなので、彼女はウォルトがただの伝令役であったと推定しているらしい。俺的にはその二人の関係を明らかにせずに無視するのは納得がいかないが、ウォルトとフェルが手を組むことで得られる利益が何も無いからだと明言されてしまったので、今はその前提で話を進める。メラネミアが疑う通りウォルトが伝令役だとすると、彼の背後にいるのは当然ながらルーテリアである。
「つまり、ルーテリアがフェルを脅してアエルスにカリスを殺させるように指示したのよ!」
途中から嫌な予感がしてたけど、やっぱり最後まで真剣に聞いて損したわ。
「じゃあ、ルーテリアがフェルを脅す理由は?何でフェル本人じゃなくてアエルスに行かせたんだ?」
ルーテリアはQWの件でフェルを脅していて、フェルは優しすぎて手を下すことが出来ないからアエルスに頼んだんだそうだ。一見すると筋が通ってそうだけど、どうも何かが引っかかる。メラネミアはルーテリアがカリスペイア暗殺を目論んだ理由は、カリスペイアの持つ豊かな土地を狙ってのことだと決めつけて譲らないが、ルーテリアならカリスペイアを殺さずして土地を手に入れる巧妙な策を講じる気がする。要するに、彼女には明確で揺るぎない殺意が欠落しているのだ。
「水と風の不穏な関係は確かに俺も気になる。だがアエルスをアーシスに誘ったのはフレインだ。もしアエルスが本当に実行犯なら、フレインも一枚嚙んでいることになるぞ」
「それは偶然かもしれないじゃない!お前はアエルスがフレインのナンパに付き合いたいなんて思ったと本気で信じてるの?フレインが都合よくちょうどいい誘いを持ち掛けてくれたから便乗しただけよ!」
メラネミアは本当に他人の話に聞く耳を持たないな。そこまで頑固に主張するならアエルス本人に直接問い質してみるとしようじゃないか。
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