第六話:《地の女王》の代役
やっと《炎の国》に着いたその翌日、俺は観光する間もなかった南国のパラダイスを名残惜しくも後にして、メラネミアとフレインと共に《地の国》へ向けて旅立った。目的は、来る《ホーリレニア祭》でカリスペイアの代役を務めてもらう女性を決定する会議に出席するためだ。てっきり俺が投獄されている間にこの話は済んでいたものだと思っていたが、連中は結構悠長らしい。それというのも、その代役女性は祭典で一日だけ《地の女王》のフリをするだけで、今のところ正式にカリスペイアの影武者として働かせる気は無いからだそうだ。容姿がそっくりだというだけの一般人をそのまま新女王としてすげ替えて全てをうやむやにしてしまおうと考えなかった点は賢明だと評価出来るが、そうなると遅かれ早かれ《地の国》の国民に真実を伝えて正統な新女王を選定する必要がある。
「そういえば、新女王の選定には何か特別な儀式が必要だとかって《地の国》の宰相が言ってたよな?それって一体どんな儀式なんだ?」
一面砂しかない殺風景な景色を眺めるのに飽き飽きした俺は、ふとそんなことを思い出してメラネミアに尋ねた。
「守護獣を眠りから覚ます必要があるって聞いたけど、詳しい内容はあたしも知らないわ。在任中に四女王のうちの誰かが欠けたことなんて、ホーリレニア史上一度も無いもの」
彼女は投げやりにそう答えると、謎の赤い飲み物が入ったグラスを優雅に口元へ運んで、退屈そうに車窓の外を見遣った。女王専用の豪華な車両で《地の国》との国境まで移動出来るのは大変便利で快適だが、折角の風景がこうも味気ないと魅力が半減した気分で残念だ。ソレイオンまで運んでくれたドライバーのお姉さんがくれた観光ガイドによると、《炎の国》の何処かに火山ゾーンとジャングルゾーンがあるはずなんだが、見渡す限り砂漠しかない。俺がそう文句を言って不満そうな顔をすると、ジャングルゾーンは《地の国》との国境沿いに広がっているからその内見られると言ってフレインが慰めてくれた。火山ゾーンは《風の国》寄りの南東部に位置しているそうで、そこへはこの旅が終わって戻ってきたら案内してもらえるそうだ。おすすめは混浴温泉らしい。やっぱこの国はパラダイスだ。嫌悪感丸出しで侮蔑の眼差しを注ぎ続ける女王様を尻目に、男二人はそんな話題で盛り上がって延々と雑談を交し合った。
フレインと思いの外意気投合して話している間にも、俺達三人を乗せた派手なリムジンはひたすら荒野を爆走し続け、予定よりも少し早く目的地である国境へと到着した。フレインが言った通り、《地の国》側の国境は鬱蒼としたジャングルに覆われていて、からりと乾いていた風との国境とは対照的に蒸し暑い空気と独特な植物の香りに包まれていた。何か美味しそうな果実が生っているので食べられるのかと聞いてみたところ、残念ながら猛毒があって食用ではないらしい。ホーリレニアでは、各国が特産としている食品以外の物は全て人間が食べることは出来ないという。なので、果物に飢えているなら《地の国》で浴びるほど食っておけとフレインに忠告された。別に一度に一生分食べておかなくても買って帰ればいいし、輸入品なら何処でも買える。だがこうして互いに交易をしなければどの国も満足な食料を確保できない切実な事情があるので、万が一国交断絶なんて話になったら大惨事になる。メラネミアがルーテリアを目の敵にしていても《水の国》と縁を切らない理由はそれに尽きる。
ホーリレニアでは原則として如何なる乗り物も認可されている国の外では使用が禁じられているので、乗り心地最高のリムジンとは泣く泣くここでお別れだ。ここから先は、俺が以前フルーレンシアとの国境まで世話になった四足獣の背に乗り換える。フルーレンシアの綺麗な双頭竜よりは移動速度が速いけれど、それでも首都まで陸路で二日かかるというから骨が折れる。どうしても急ぎの場合に限り全力で走らせればもっと早く着けるらしいが、動物が可哀そうだからやめてあげてと馭者の男性に哀願された。幸い女王様が野宿は嫌だと仰るので、今回は馬車(このユニークな四足獣が曳く車を形容する単語が存在しないのでとりあえずこう呼んでおく)で移動することになった。この国の庶民的な女王様は馬車なんて使わないそうなので、素朴な作りの家族向けワゴンに詰め込まれたが、雨風を凌げるだけ十分満足だ。もっとも、贅沢三昧が染みついている高貴なお方には言うまでもなく不評だったが、歩く必要も野宿の心配も無く目的地まで連れて行ってもらえるのだから、つまらないことに目くじらを立ててばかりいないで素直に感謝すべきだと思う。それに、《地の国》は至る所が色とりどりの花々に埋め尽くされていて景色も最高だ。ゆっくり眺めながらのんびり旅するぐらいがちょうどいい。
「これで一通りホーリレニアの全ての国を見て回ったことになるけど、本当にどの国も綺麗だな」
ワゴンの窓から顔を出して甘い花の香りをいっぱいに吸い込むと、俺は誰に言うでもなくそんな一言をつぶやいた。
「グランビスはいいぞ。土地も女の子もみんな豊かだからな!」
フレインがそう言ってウインクを投げかけ、それを見たメラネミアが死んだような顔で彼を横目に睨む。そういえば、確かにカリスペイアは四女王一の巨乳だったな。お国柄なのか。羨ましい。
「うかれてるのもいい加減にしなさいよ、あんた達!あたしたちは
鼻の下が伸びきった野郎どもにうんざりしたメラネミアは呆れたようにそう言うと、こんな調子で道中ずっと下品な話題を聞かされるのはたくさんだと怒って馭者台へ飛び出していった。見かけによらず随分うぶで可愛いじゃないかなんて思ったのも束の間、馭者台から馭者の男性の悲鳴が響いて来た。……やれやれ。じゃじゃ馬のおかげで予定よりも早く都に着けそうで結構なことだ。
花咲き誇る常春の都、アーシス。全ての始まりとなったこの美しい町に、俺は再び戻ってきた。まだ悲劇を知らない人々の顔は希望に満ち溢れ、町全体には安穏とした時がゆっくりと流れている。そこかしこに咲いた笑顔を見る度に、彼らが真実を知る由もないことが幸運にも不運にも思えて複雑な気持ちになる。いずれ悲報を聞かされて辛い思いをすることが避けられないのなら、その非情な真実を知るべきタイミングとは一体いつなのだろう?そんな答えの出ない自問に思いを巡らせて黙り込んだ俺と、窓から可愛い女の子へ向けて手当たり次第に愛嬌を振りまく女たらしと、煩悩の塊みたいな自分の騎士に殺気立った軽蔑の眼差しを送る不機嫌な女王様を乗せた馬車は、ゆっくりとだが着実に終着点であるアーシス城を目指して一直線に町を駆け抜けていった。
そうして俺達三人が無事に城へ到着し、会議が行われることになっている部屋へと急ぎ足で駆け込んだ時には、もう会場には俺達以外の全ての出席者達が首を揃えて待っていた。メラネミアは自分の遅刻を詫びもせずに堂々と室内を横切ってぽつんと空いていた自分の席に腰を下ろすと、「それじゃあ、初めていいわよ」と上から目線で進行役の地の宰相に指示を出した。相変わらずの傍若無人ぶりに呆れた俺は、思わず深いため息を漏らして無言で彼女の振る舞いを非難したが、当の本人は全く意に介さなかった。他の誰も俺の後に続かないところを見ると、もうこの所業には慣れっこなので無視して流すことに決めているのだろう。面倒くさいのはよく分かるが、たぶん何処かで誰かがきちんと彼女を教育してあげないと、彼女の勘違いが更にこじれていって余計に手に負えなくなる気がしてならない。俺のそんな一抹の不安をよそに、地の宰相は命じられた通り素直に開会を宣言すると、早速カリスペイアの代役候補として予め彼らが厳選しておいた三人の若い女性を招き入れて一同に紹介した。
「この美しい女性達三名の中から、来る聖なる大祭 《ホーリレニア祭》にて上演される特別劇で、我らが《地の女王》カリスペイア様の役を演じてもらうのに最も相応しいと思われる方を、一名選出していただきたいと思います」
宰相は誇らしげにそう告げると、候補者である三人の女性にそれぞれ簡単な自己紹介をさせた。一番目の女性の名はアグライアで、女優をしているという。二番目の女性の名はエウフロシネで、教師だという。三番目の女性の名はタリアで、花売りだそうだ。候補者が圧倒的な票差をつけられて傷つくのを避けたいという心優しい宰相の配慮により、一同は手元に配られた数字のみ記されたカードの中から適当だと思う候補者の番号を選んで提出するという匿名投票方式が採用された。女王と騎士達総勢六名が迷うことなく選び抜いたカードが間もなく出揃うと、宰相が票を集計して結果をまとめた。満を持して発表に臨もうとする彼の表情は、大変満足そうに見えた。
「それでは、只今行われました三女王と三騎士の皆様による厳正なご投票の結果、栄えあるカリスペイア様の役は三番の候補者であるタリアさんにお任せすることに決まりました!」
名前を呼ばれた女性は驚いた様子でしばらくきょろきょろと辺りを見回した後、ようやく自分が選ばれた事実を素直に受け止めて、「ありがとうございます!」と深々と選考者達に頭を下げた。
「こりゃビックリだな。見た目だけじゃなく声までそっくりじゃねぇか。ほんとにカリスじゃないのか?」
フレインがこう言ってしげしげとタリアの容姿を眺め始めると、他の者達も彼に続いて口々に声をあげた。
「本当にカリスそっくりだね!双子だったりして」
「カリスに姉妹がいたという話は聞いたことがありませんが……確かに瓜二つですね」
「他人の空似とはよく言ったものですね。まさかここまでそっくりな方が存在するとは、誰にも想像がつかなかったでしょう」
「宰相のおじいさんのお手柄だね!」
「あたし達ですら見間違うぐらいなんだから、完ペキだわ!ところで、こんなによく似た人を一体どこでどうやって見付けてきたのかしら?」
メラネミアが感心した様子で地の宰相にそう尋ねると、彼はその質問を待っていたかのように活き活きと目を輝かせ、得意げな顔でこう答えた。
「何を隠そう、このタリアこそが、以前私が申し上げたカリスペイア様に瓜二つの私の娘なのです」
この衝撃の真相を耳にするや否や、一同の間には急にただならぬ緊張が走った。皆彼が自分の娘をカリスペイアの代役に推薦していたことなんてすっかり忘れ去って記憶の片隅にも残していなかったからだ。老人のたわごとだと聞き流した娘が実在しただけではなく、想像を超えるそっくりさんだと判明した今、彼の提案をむげに一蹴した浅はかな自分達の失態がこの上ない恥辱となってプライドばかりが高い女王と騎士の面々に重くのしかかり、彼らの口から一切の言葉を奪ってしまっていた。こけにされた宰相にしてみれば、究極のしっぺ返しを食らわせた形でさぞ小気味がいいはずだ。だがこの人が好い老人は自分の発言と自慢の娘が認められただけで十分に満足したようで、愚かな特権階級の失敗など全く気にしていなかった。ひいきではなく公平な審査を経てタリアがカリスペイアの代役に選ばれた以上、もう難癖をつける者もいなくなった。こうして満場一致で選考会は終了し、残念ながら選ばれなかった二人の候補者が寂しそうに退場するのを見送った後で、宰相はこの短い会議を大満足のうちに閉会した。
《地の女王》カリスペイア本人をよく知る女王と騎士の全員が認めたそっくりさんの女性の登場は、否応なしに俺の好奇心を激しく刺激した。それで、彼女自身はこの暗殺事件には全く関与していないと分かりきっているにもかかわらず、俺はどうしても彼女と直接話をしてみたい気持ちが抑えきれなくなり、会議の後でこっそり宰相に頼み込んでどうにかタリアと二人きりで話す時間を作ってもらった。宰相は俺が自慢の可愛い愛娘に一目惚れをして変な気でも起こしているのではないかと執拗に疑い、痴漢でも見るような目で俺を睨んで最初は全く聞き入れてくれなかったのだが、幸い傍で話を聞いていたタリア本人が心配症で疑り深い老父を説得してインタビューの依頼を快諾してくれた。宰相は依然として不安げな表情を和らげなかったものの、娘に懇願されたものだから断るわけにもいかず、渋々俺達をそのまま会議室に残して部屋を出た。
「突然二人きりで話したいなんて言ってごめん。ただ、最初に断っておくけど、あくまであなたにいくつか質問したいことがあるだけで、下心とかは一切ないから安心して」
「ご心配なく。わたしがお役に立てることがあるのなら、喜んで協力します」
俺が念のために弁解じみた前置きを述べると、タリアは優しく笑ってそう答えた。頑固そうな父親とは違い、彼女はとても物分かりが良さそうだ。
「さっきの自己紹介の時、花が好きだから花屋を営んでいると言ったよね?その花を城の装飾として使ってもらっているって。それなら、あなたも度々この城内に出入りする機会があったりする?」
「ええ。カリスペイア様がわたしのお花をとても気に入ってくださっているので、お城にはよく来ます。父もいますしね」
タリアはにこやかな笑顔でそう言うと、宰相は彼女をカリスペイア女王付きの侍女にしたいと熱心に進言していたそうだが、容姿が似すぎていて紛らわしいという理由で却下されたという笑い話をついでに語ってくれた。有事の時に備えた替え玉として彼女は大いに役立つはずだが、確かに普段から同じ外見の人物が二人いるのはややこしい。カリスペイアにとって赤の他人であるはずの彼女がここまでそっくりなのもある種の奇跡だ。実は女王の血縁者だとか、そもそも替え玉用に人造されたクローンだとか、邪推が次々頭に湧いてくる。つられてタリア自身の謎について逸れ始めた移り気な思考の軌道を何とか修正し、日常的に城へ出入りしていたのなら、事件当日も城に居たのかと確認してみる。答えはイエス。暗殺事件があった前回の四女王定例集会の一週間後、タリアはカリスペイアのプライベートガーデンの花の世話をするために、日中この城へやって来ていたと証言した。これは良い流れだ。思った通り、彼女の証言から別の糸口が見つかるかもしれない。期待を胸にその日の出来事を詳しく聞かせてくれないかとタリアに尋ねると、彼女は何故か急に気まずそうな顔をして口ごもり、目を伏せた。
「あの……。随分その日の出来事について詳しく聞かれますけれど、あの日に何か事件でもあったのですか?」
おっと。はやるあまり不自然に問い詰めすぎてしまったようだ。ここでうっかり彼女に女王暗殺の事実を明かすわけにはいかないので、どうにか言い繕って切り抜けなければ。
「実は、俺はホーリレニア史の編纂に携わっている執筆者なんだけど、俺がこの国にやって来たのがちょうどその日だったから、その日を起点にして原稿を書き始めようかと考えててね。それで、出来る限り色んな人にその日の出来事を聞いて回ってるんだよ」
我ながら申し分ない完璧な詭弁だ。<ホーリレニア史の編纂>という素晴らしいアイデアをくれた氷の貴婦人に改めて感謝である。タリアはこのもっともらしい言い分を聞くと、純粋にそれを信じ込んで納得した。だがそれでも何やら話し辛い出来事があったのか、口を開くのを躊躇している。そこで、「公にしたくない事柄なら本には書かない」と約束すると、彼女はようやく安心した様子で静かに話し始めた。
「あの日、カリスペイア様のお庭に居た時に、フレイン様が訪ねて来られたのです。フレイン様はわたしをカリスペイア様ご本人だと勘違いなさっていたみたいで、何度言っても全く信じてくれませんでした……」
まさかののっけから爆弾発言。フレインはその日、ヘイリオンのソレイオン城内に居たと言い張っていた。その割には同じ城に居たはずのメラネミアが彼の姿を見ていないと言って疑っていたので何かあるとは思っていたが、なるほど当日事件現場に居たというのなら真実を話せるはずがない。
「フレインはカリスペイアに何の用があったんだ?」
内心一気にフレインへの不信感が募るのを感じつつ、更に決定的な証拠を掴むべく俺は踏み込んだ質問を続けた。タリアは俺の問いかけを聞くと一層困ったように目を泳がせてしばし沈黙していたが、やがて申し訳なさそうに頭をあげると、泣きつくような目でこう言った。
「二人きりで出掛けないかと、しつこく誘われたのです。『人違いです』と何度言っても全然聞く耳を持ってくださらないから、はっきりお断りしました。それでも諦めてくださらなくて、しまいにはわたしの腕を掴んで強引に連れ出そうとしたのです。それでわたしはすっかり怖くなってしまって、悲鳴を上げようにも声が出なくなってしまいました。幸い父が異変に気付いて駆けつけてくれて事なきを得ましたが……。本当に、すごく怖かった……」
反論の余地が微塵もないほど納得がいって呆れ返る話だし、こんな事に巻き込まれてしまった彼女が心底気の毒だ。だが彼女が勇気を出して恐怖体験を打ち明けてくれたおかげで、痴漢野郎の有罪が一件確定し、余罪への疑惑がより深まった。これ以上彼女のトラウマを蒸し返して哀れな被害者の心を痛めつける必要は無い。後は加害者本人を直接責めて口を割らせることにしよう。俺は大変重要な証言をしてくれたタリアに改めて礼を言うと、このような事が二度と起きないようにすることを彼女に誓った。彼女は安心して顔を綻ばせると、「ありがとうございます!」と言って俺に抱きついた。この展開は正直全く予想していなかったが、悪くない演出だ。そう思ってしっかりと彼女の背中に手を回したところで、見計らったように扉が開いて過保護な老父が飛び込んできた。その後の展開は……まったくもって予想通りだ。
こうして、俺はめでたく《痴漢野郎②》の異名を地の宰相殿から賜って、怒号と共に部屋から叩き出されると、その足で《痴漢野郎①》の足取りを追った。手始めに飼い主の気が強い女性の元を訪ねてみたが、案の定彼は彼女と共にはおらず、その行方も不明とのことだ。それもそのはず。巨乳美人大国のこの国に居ながら、彼が絶好の狩りの機会をみすみす逃すわけがないからだ。女王様は彼との付き合いが長いので当然彼の悪癖は熟知しているが、嫌味を言うだけで別段拘束も調教もせずに野放しにしている。フレインとメラネミアは何気に一番仲が良さそうなカップルに見えるので気にならないのかと直球で聞いてみると、女王様は途端に顔を真っ赤にして「バっカじゃないの?騎士なんて女王の下僕よ!だから大目に見てやってるのよ!」と、屈折した愛情を赤裸々に吐露されて部屋から追い出された。そういえば公式には四女王全員独身で恋人無しなんだよな。王権は世襲制ではないと聞いているが、それにしても偶然というには不自然だ。女王になる際に何か誓約でもあるんだろうか?そんな事をぼんやり考えつつ、標的を追って市街へと繰り出す。たぶん手当たり次第に当たって砕けているだろうと推測し、道行く若い女性全員に声を掛けてみた。案の定彼の足跡を辿るように次々と目撃と被害情報が相次ぎ、俺は苦も無く目当ての無差別口説き魔を数分経たぬうちに探し当てた。
「よう。どうせ勝ち目はないんだから無様な負け戦はその辺にしたらどうだ?見ているこっちの方が惨めだ」
可憐な獲物に笑顔で逃げられた狼の背中にそう声を掛けると、彼は意外にも平然とした顔で俺に振り向いた。
「ホントな。グランビスの子はほわほわしてるのに、その辺だけ以上にガードが堅い」
あっさり惨敗を認めた情熱の騎士は、俺の予想に反して全くへこたれている様子がなかった。その不屈の精神がむしろ怖い。
「なんだよ?お前も女の子狙いで来たのか?」
「そんなわけないだろ。俺はお前に用がある」
フレインはそう聞くとあからさまに引きつった顔で一歩後退って見せたが、この悪ふざけには乗ってやらずに俺は本題を切り出した。
「事件当日にお前がグランビスのアーシス城に居たという証言が得られた。これに関して何か補足する説明はあるか?」
俺が真面目な顔でそう尋ねると、フレインの方もふざけているのはやめて真剣な顔つきに変わった。
「遂にオレまで疑い始めたってわけか?」
「最初からお前もメラネミアも立派な容疑者の一人だよ。それで、あの日グランビスに居たのはカリスペイアを口説くためか?」
「そうだ。失敗したけどな」
「失敗じゃなくて失態だ。お前が口説き落とそうとしてたのはカリスペイアじゃなくてタリアだったんだよ。さっき本人からそう聞いたぞ。彼女、心底迷惑してた上に酷くお前に怯えてた」
「このオレがカリスとそっくりさんを見間違えるわけないだろ?あれは確かに絶対正真正銘カリス本人だった!」
う~ん……馬鹿な奴ほど頑固で絶対的な自信に満ち溢れていて威張り散らすものだから困ってしまう。仮にフレインが正しかったとして、それなら何故タリアがそんなもっともらしい嘘をつく必要があるというのか。俺としてはフレインよりもタリアの方がずっと信頼出来ると思うのだが、この女たらしが自分の非を認めてくれそうにはないのでこの件は一旦保留にするしかなさそうだ。少なくとも、事件当日にアーシス城に居た事までは彼に自白させられたのだから、それで御の字だろう。
「ところでお前、何で他の国の女王口説きまわってるんだ?」
聞いても仕方がないことだと知りつつも聞いてみると、彼は爽やかな横顔でこう答えた。
「四女王全員を落とすのがオレの野望だからさ」
思った通り下衆の模範回答だったが、ハーレムに憧れるその純真で馬鹿正直な心意気には同じ男として共感する。
「じゃあ一般人の可愛い子にまでちょっかい出してるのは何でだよ?まさかホーリレニア中の女の子を全員自分に夢中にさせないと気が済まないとか言い出さないよな?」
冗談半分で俺がそうからかうと、フレインは「そんなわけねぇだろ」とちょっと寂しそうな目をして笑った。
「オレはただ女の子と話すのが好きなんだよ。それに、最近は誰もやきもち焼いてくれないしな」
何か可愛い事を言って自分の女たらしを肯定しようとしているところが気に入らないので、俺はあえて彼の言葉に同調してやらなかった。メラネミアへの当てつけで女の子を口説いているのなら、そんな痴話げんかに巻き添えを食らっている女の子達が可哀そうだし、何より彼女達にとても失礼だ。というか、お前らどう見ても相思相愛でお似合いじゃないか。どうかこれ以上他人を巻き込まずに勝手によろしくやってくれ。俺がひとしきり心の中にそう愚痴を零した後、フレインがふと思いついたように俺の方を振り返って言った。
「そういえば、アリバイでウソついてんのはオレだけじゃないぜ」
唐突に告げられた確信に満ちた一言に、俺は動揺と疑いで険しく顔を歪めた。フレインは俺の顔を愉快そうに眺めながら、「教えて欲しいか?」ともったいぶって勝ち誇った笑みを浮かべている。「どうせ条件付きだろ?」と俺が冷めた目で問い返すと、彼は「話が早いな」と満足そうな顔をした。本当に単純な奴だ。ルーテリアとフェルの好物を教えろという、そんな事直接本人に聞けばいいだろうというつまらない交換条件と引き換えに、俺はフレインとの取引に応じることにした。
「ウソついてんのはアエルスだ。事件当日、アイツはオレと一緒にグランビスにいたからな」
それでは何故アエルスがグランビスに居たのかというと、その理由を教えてもらうためには別途情報料が必要らしい。一応参考までに聞いてみると、ルーテリアとフェルの趣味だという。だからそのくらい本人に聞けよ。そう思ったが、そんな安い情報で暗殺事件捜査の進展に関わる重要な情報がもらえるなら買わない手は無い。ちゃんと今回は真実を伝えてやったから安心しろ。
「オレがアエルスを誘って一緒にアーシスで楽しもうって言ったのさ。アエルスはフェルに軽蔑されるのが嫌でとっさにウソついたんだろ。それより、お前チェスのルールって知ってる?それと、今フェルがはまってるゲーム調達してきてくれないか?」
全く、注文が多くて世話が焼ける奴だ。だがこれでアエルスの真のアリバイの一端が見えてきたぞ!
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