第二話
「お前……俺が見えるのか……?」
想定外の異常事態に度を失った俺は、思わずそんな馬鹿げた一言を口走っていた。
「見えるも何も……。最初からずーっと、当たり前のように紛れ込んでるのが気になって仕方なかったわよ」
メラネミアは呆れ顔でそう言うと、同意を求めるようにその場の全員の顔を見遣った。一同は皆押し黙ったままでいるが、視線は確かに一直線に俺を射抜いている。今や皆の関心の的はこの俺だ。だが、一体どうしてこんなことになった?
「あの……。俺は《ストーリーテラー》と言う役割の人間で、この物語の詳細を書き綴るのが仕事だ。こうしてこの世界の中に入り込んではいるけど、俺はこの世界の事象に関与しないし、この世界も俺に影響を与えない。通常は君達に認識されることすら有り得ない存在なんだ」
一生懸命説明してみたつもりだが、思った通り理解出来た顔をしている者は一人もいない。
「ねぇ。じゃあ、《ストーリーテラー》さんはゆうれいなの?」
きょとんとした顔でフェリシアが尋ねる。実際には全く違うけど、金輪際俺を無視してくれるのなら死人で結構。
「じゃあ、あんたは何の権限があってこの秘密の極秘会議に潜り込んでんのよ?」
メラネミアの顔つきと口調が更に険しくなる。彼女はそう言い終えるなり、俺から取り上げたノートの存在をふと思い出してその紙面に目を向けた。そしてその直後、烈火の如く顔を真っ赤にして俺に怒鳴った。
「ちょっと!なんであんたが昨晩のあたしとフレインの会話を全部知ってんのよ?」
それはですね、こっそり部屋の扉を開けて隙間から一部始終を観察していたからです。ストーカーじゃないよ?仕事だよ?
「誰かから依頼を受けたのですか?」
ウォルトが冷静に尋ねる。水勢はいつも沈着で大変助かる。それでは、その質問に答えよう。
「割のいいバイトがあるって聞いて応募したら、ノートとペン持たされてここに投げ込まれたんだよ。作者の話じゃあ、登場人物は俺を認識出来ないってことになってたんだけどな。何でお前達と会話してるのかは俺にも分からん」
俺がそう答えると「それでは、あなたはホーリレニア史の編纂に携わっているお方ということでしょうか?」とルーテリア。なるほど、そう言うことにしよう。
「じゃあ、その《作者》って人が雇い主なの?」
興味津々のアエルスが身を乗り出して目を輝かせる。雇い主よりは神に近いけど、余計な事は言わないでおこう。唐突な展開に動揺したものの、どうやらうまいこと勝手に話がまとまってくれそうだ。そう思ってほっと胸を撫で下ろした矢先、メラネミアが再び口を開いた。「ホーリレニア史の編さんなんてプロジェクト聞いてないわよ?そもそもどこのどいつかもわからないこんな男の言うことを本気で信じる気なの?みんなどうかしてるわよ!」
物分かりが悪い奴って本当に面倒くさい。まぁ、彼らにしてみたら俺が正体不明なのは事実だし、疑われるのは仕方がないか。
おい作者、お前のキャラクターが暴走してんだからお前が自分でどうにかしてくれ。俺はただの雇われ物書きだぞ?そう言えば、この物語のタイトルまだ聞かされてないんだけど?
「決めた!このうさんくさい、どこの豚の骨かわからない男がカリス暗殺の第一容疑者よ!これからあたしが徹底的に調べあげてやるわ!」
俺が心の内で作者と通信している間に、メラネミアは勝手にそう決めて声高らかに宣言すると、フレインを呼びつけて瞬く間に俺を羽交い絞めにさせた。
「ちょっと待て!俺は事件があった当日はこの城内に居なかったし、その辺の事情は作者から何も聞かされてない!俺は無実だ!」
「許可もなく他人のプライバシーのぞいて記録つけてる時点で犯罪だろ。ついでにその《作者》ってヤツはどこにいる?」
「作者はこの世界にはいない!この世界を創造し、満足そうに見下ろしてるだけの妄想力たくましい変人だ!」
そうだ!この世界は作者が作り上げた世界なんだから、何でも奴の思い通りなんだ!……ん?と言うことは……まさかこの展開も織り込み済みか?俺はハメられたのか?
「聞いた?アエルス。《作者》は神様なんだって!」
「それならこの人は神様の使いなんだね!」
風の二人が能天気な事を言い合って盛り上がりながら両手を組んで嬉しそうに笑い合う何とも微笑ましい光景を横目に見ながら、俺はフレインから衛兵へと引き渡されて罪人のように何処かへ連行されていった。
城内で捕らえられた不審人物が行き着く先はただ一つ。牢屋だ。何故俺がこんな扱いを受けねばならないのかは全く納得がいかないが、もしこれで俺が獄中死なんてしたら作者だって困るに違いない。だから、俺は死なない。絶対に殺されない自信がある。
え?死んだら別の奴に任せるって?そんなことしたら話の途中で語り口が一変して小説台無しになるぞ!……とまぁ、見えざる相手に悪態を吐いてばかりじゃ何にもならないので、今はとりあえず現状をありのままに書き留めておくとしよう。
牢屋と聞いたら、薄暗くて薄汚い狭い空間を誰もが想像するだろう。だが、この地下牢は違う。その陰湿で不衛生なイメージとはまるで掛け離れている。一言で例えるなら、普通のアパートの一室みたいだ。そんなに広くはないが、ベッドもテーブルも椅子もあって、トイレはしっかり個室として仕切られている。何だか拍子抜けしたので衛兵の一人に事情を尋ねてみたところ、亡き女王陛下が罪人にも必要最低限の人権が保障されるべきだと仰ってこうなったらしい。もっとも、そんな心優しい女王様の国では凶悪犯罪どころか万引きすら滅多に起きないそうだから、そもそもこの地下牢自体が無用の長物なんだとか。平和な国だね。
「待たせたな」
暇なので看守の人と世間話をして盛り上がっていると、招かれざる客がにやついた笑みを浮かべて訪ねてきた。フレインだ。
「メラからてっとり早く拷問して口割らせとけって言われたんで、お言葉通りそうさせてもらうぜ」
〈拷問〉の一言を耳にして顔を引きつらせた俺を、狂気の愉悦に満ちた赤い双眸が見下ろす。牢屋がこんな雰囲気なのですっかり気が緩んでしまっていたが、どんなに快適でもここは牢屋で俺は囚人だ。その上、俺を見下ろして嘲笑っている眼前のマッチョ野郎は、上半身ほぼ半裸みたいな格好からして絶対にまともな手合いじゃない。俺の命運もこれまでか。ちょっと寂しそうな顔で見送ってくれた看守さんに気丈な笑顔で手を振って、俺はフレインの後に続いて拷問部屋と思われる別室へ向かって歩いていった……。
想像を絶する拷問は、実に四日間にわたって俺の肉体と精神をこの上なく痛めつけた。
一日目は一日中 《くすぐりの刑》でむせ返っても笑わされ続け、二日目は終日鬱なドラマとアニメを見させられ続けて死にたくなり、三日目は一転して何故か妙にみんな優しくて疑心暗鬼、四日目は一日中完全に誰からも無視されて心が折れた。何の為に天国と地獄を一日おきに繰り返すのか、これが肉体よりは精神を破壊しにくる斬新な拷問方法なのかは不明だが、とにかく酷く疲れた。
「まだ口を割らないなんて生意気ね!こうなったらあの奥の手を使うしかないかしら?」
五日目の朝にやって来たメラネミアはそう言うと、後ろに控えたフレインに目配せをした。彼は「了解」とウインクしながらにっと笑うと、そのまま何処かへと消えていった。
「正直に知っていることを全部吐けば楽になるのに、バカな男ね」
「だから俺はやってないって言ってるだろ!そもそも《地の女王》にはまだ会ったことすらない!」
「それならそれが真実だと証明するか、真犯人の証拠を示しなさいよ!」
女王様はあくまで強気な姿勢を崩さない。俺の証言が嘘偽りでないと言い切れるのは作者だけだが、この調子だと彼女は作者(神)すら信じないだろう。そうかと言って、真犯人を探し当てるには手持ちの情報が少なすぎる。
「用意できたぜ。拷問部屋に移動するか?」
思ったより早く戻ったフレインの背後には、布で覆われた巨大な箱状の物体。どうも檻か何かのようだ。中に入れられた何かが動く度に、覆いの布がもぞもぞと揺れ動いている。
「移動なんて面倒だわ!ここに放っておしまい!」
その言い方だとやはり動物だな?遂に猛獣を連れてきたと言うわけか……。生きたまま食われて死ぬのだけは痛そうだから見るのも嫌だったのだけど、もう逃げ場は何処にも無い。覚悟を決めよう。俺は俄然震え出した全身を鎮めようとありったけの力で血が滲むほどに両手を固く握り締めると、強く目を瞑った。その直後、足元に温かい毛が触れるのを感じた。もぞもぞと俺の足元を取り囲んだ毛むくじゃらのそれは、次から次へと首元を目がけて這い上がってくる。そう、相手は一匹ではない!恐る恐るまだ感覚がある手を持ち上げて、未知の毛玉に触れてみる。……あれ?何かこいつら妙に小さいぞ?不審に思ってそこでようやく目を開けてみると、俺の全身は耳の長いもふもふの小動物にすっかり制圧されていた。
「何だこれ?うさぎじゃないか!」
それも大量。ちょっとでも足を動かしたらうっかり踏んでしまいそうで身動きが取れない。
「そう、うさぎよ。どう?かわいいでしょ?」
メラネミアは不敵な笑みでそう言いながら一羽を抱き上げると、見せびらかすみたいに俺の鼻先にうさぎを押し付けた。
「かわいすぎて、ついうっかりあることないこと喋ってしまいそうになるわよね?」
うさぎのつぶらな瞳が俺を見据えている。確かに可愛い。でも理性が消し飛ぶレベルの魔性は無い。
「俺、動物なら犬派なんだよね。これが子犬の大群だったら口滑らせたかも」
何か急に冷めて現実に返った俺は、愕然とするメラネミアからうさぎを受け取って胸に抱いた。《炎の女王》はたちまち凄まじい剣幕で後方のフレインを振り返ると、「こいつ《バニートラップ》が効かない!」と腹立たしげに一喝した。ちょっと待って。《バニートラップ》って何?
「《バニートラップ》は名前の通りのスパイ行為よ!うさぎがかわいすぎるとか、うさぎ恐怖症とかでうっかりしっかり機密情報を漏らすのよ!さてはお前、何か特殊な訓練を積んでるのね?うかつだったわ!」
「メラ。だからオレがそれはバニーガールのバニーだって言ったのに」
「……それ、《ハニートラップ》の間違いではない?」
「ハニーははちみつでしょ?はちみつなんて使ってどうすんのよ?べたべたになるだけでもったいないじゃない!」
何処から突っ込んだら良いのか分からないが、炎の両名は《バニートラップ》なるものが歴とした諜報活動の一つであると主張して譲らないので、ホーリレニアではそう言うものが存在していると言うことにする。だが俺は単なるあほな勘違いだと信じている。
「別にこんな色々空回りしなくても、《地の女王》暗殺の犯人捜しには最初から協力するつもりだよ」
思い通りに事が運ばずに不機嫌になった女王様に向かって溜め息交じりに俺がそう言うと、「なんだ、お前いいヤツだな」とフレインが手のひらを返したように笑って中指を立てて見せた。どっちが本音なんだろう。本当にいい加減な奴だ。
「それなら、お前が知っている限りの情報を全部教えなさい!そしたらあたし達と一緒に捜査をさせてあげてもいいわよ?」
いまいち自分の立場が分かっていない様子だが、その根拠の無い上から目線の発言を今は聞き流しておくことにしよう。
俺にしてみればこの二人も立派な容疑者に違いないと言う不都合な真実を一旦ひた隠しにしておいて、まずはこの二人と一緒に行動してみようじゃないか。そうすれば、もっと色々な事が見えてくるに違いない。かくして俺は、《炎の女王》メラネミアと《炎の騎士》フレインを協力者として得たのであった。さぁ、本格的な進展はこれからだ!
首尾よく《炎の女王》から捜査協力を承認してもらったとは言っても、あほなのに疑り深い女王様が俺を信用してくれたわけではない。そこで、まずは俺の事件当日のアリバイを証明しなければならないだろう。
《地の女王》カリスペイアが遺体で発見されたのは、遡ること約二週間前。その日の俺は、作者からの依頼でこの連合国についての情報収集の真っ最中だった。具体的に言うと、この物語の冒頭に記したような大まかな世界観を調べてまとめ上げ、書き出しをどうするかについて打ち合わせをしていたところだ。その議論が一段落して方向性が決まると、俺は気晴らしにその辺を散策してみることにした。その時俺が滞在していたのは、言うまでもなくこの《地の国》だ。そもそも作者に指定された派遣先が最初からここだっただけの話で、正直に言うと俺はまだこの国を出たことがない。今なら何故俺がこの国に呼び寄せられたのかは明白だが、当時の俺は後にここで起きる暗殺事件の事など全く知りもしなかった。作者からは「この国である事件が起こるから、それを取材して物語を紡げ」と漠然とした指令を受けただけ。そんなわけで
「お前がそう言うから聞き込みに行ってやったんだけど、バーのおやじは何も覚えてないってさ。ついでにお前が泊ってたって言う宿の主人も、一か月前から客なんて一人も来てねぇって言ってるぞ?」
何?そこは登場人物じゃないから完全スルーされる設定適用されているの?
「それは何かの間違いだ、フレイン。俺は確かに二週間近く前からこの国に居る。その間野宿をしてたわけでもない。こうなったらもう直接作者に聞いてくれ」
「どうやって聞くんだよ?《作者》って神なんだろ?」
「真剣な問い掛けには必ず明確な答えを返してくれるはずだ。そう信じよう」
フレインは俺の言葉を聞き終えると、何やら目を閉じて黙り込んだ。本当に心の対話を試みるつもりだろうか。案外素直だな。
「別にお前が何してても構わねぇけど、事件当日にここにいたなら、それだけで十分怪しいぜ?」
やがて彼は目を開けると、そう言って脅すような邪悪な笑みを口の端に浮かべた。
「そうだな。でももし俺が犯人なら、わざわざ疑われるような事を自分から言うと思うか?」
俺はどんな脅しにも決して怯まない。何故なら、俺は正真正銘無実のしがないアルバイトライターだからだ。失うものなど無い無敵の人だからだ。気弱そうな俺が胸を張って言い切った様が意外だったのか、フレインは「フン」と小馬鹿にしたような態度を取りつつも何処か嬉しそうな顔をした。
「オレはメラほど頑固じゃねぇんだ。だから、今からする質問への返答次第ではお前を信用してやってもいい」
高圧的な物言いでそう切り出すと、フレインは俺を試すようにニヤリと笑って早速尋問を開始した。
「第一問。カリスの目と髪の色は?」
「目の色はマゼンタ、髪の色はシナモン。緩やかなウェーブのロングヘア」
「スリーサイズは?」
「上から推定100、66、102。全体的にふくよかだけどバランスは悪くない。何よりGカップ」
「なんでそんなことまで知って……。まあいい。じゃあカリスの最期の晩さんのメニューは?」
「それは―……」
そんなもん知るか。作者だってそんなところまで考えてないだろ。俺がこう思って口籠ると、フレインはほっとしたように息を吐いて表情を緩めた。
「この質問に答えられるヤツは、あの時その場にいたヤツだけだよな?」
まあ作者に聞けば答えられない問いは何も無いのだけど、ここは素直にフレインの言葉に頷いた。何だか妙に安心している彼の様子が気に掛かったので「お前は俺を疑ってたんじゃないのか?」と聞くと、あっさり「そんなわけあるか」と即答された。
「確かにお前は未知の人物だ。だが、だからこそお前にはカリスを殺す動機がない」
何だただの筋肉馬鹿かと思ったら案外鋭い所を突いてくるじゃないか。だったらその名推理で是非ともお宅のヒステリーな女王様を説得してくれると助かるのだが。全く期待せずに言ってみただけだったのだが、本人は本気でその仕事を受けてくれる気があるらしい。だがもちろん、これには少し条件があるとのこと。
「ルール―とフェルのスリーサイズと攻略法を教えろ」
そんなの知ってどうするんだと思わず聞き返しそうになったが、そんなことは聞かなくても想像通りだろうと思い直して即座に余計な言葉を呑み込んだ。やれやれ、絵に描いたような女たらしで非常に扱い易くていい。こちらとしては、奥の手として本人しか知り得ないプライベート情報をちらつかせてゆするつもりだったんだが、そんな手間が省けてラッキーだった。
翌朝、俺は投獄六日目の朝に晴れて牢を出た。日が差さない以外は実に快適な仮住まいだったので不便も不満も微塵もなかったが、ストーリーテラーとしての職務を遂行する為にはどの道長居してはいられない。ほんの短い間だけ世話になった看守さんが「今日からまた独りかぁ」と寂しげに呟いたのを耳にして、思いの外罪悪感に駆られている。それでも俺は使命を果たさなければならない。
「《炎の女王》にはちゃんと話してくれたのか?」
迎えに来てくれたフレインに問い掛けてみるも、彼はあからさまに不機嫌な顔で黙り込んでいる。
「おいおい、冗談だろ?男の約束じゃなかったのか?」
「あぁそうさ。約束は約束だ」
フレインはふてくされたように言い捨てると、恨めしそうな目で俺を睨んだ。
「お前攻略法はウソ教えやがったな?おかげでオレはルールーから冷笑されて、フェルからは爆笑されたんだぞ!」
あれ?何言ったっけ俺。攻略法なんて知らないから適当な事言ったのが相当的外れだったのだな。悪いな、フレイン。
「まぁそういうわけだからな。オレも相応の仕事をしといてやったぜ」
「ざまあみろ」と言わんばかりの小憎らしい笑いを見せつけられると、俺は内心ちょっと不安になった。だが動揺を気取られてなめられるわけにはいかないので、「上等だ」と虚勢を張ってみる。そうこうしている内に、俺達二人はメラネミアが滞在している一室の前へと到着した。女王暗殺騒ぎがあったばかりだと言うのに、部屋の外には見張りの兵すら置いていない。楽天的なのか自信家なのか、いずれにしても今の緊迫した情勢を考えると賢い対応とは思えない。あれでも一応一国の元首だからな。他人事ながら非常に心配だ。
「ちょっとフレイン!ティーバックは嫌だって言ったじゃない!」
扉を開けるなり、開口一番に誤解しか招かない破廉恥なお叱りが女王様の口から飛び出した。
「そっちの方が楽でいいだろ?」
人前で何のやり取りをしているんだよと呆れつつも、秘かな邪念に心を躍らせながら女王様の方へそれとなく視線を向けると、彼女は子供みたいなむくれ顔で何かをつまみ上げていた。……そうか。この二人がいつも自信満々の馬鹿だということを我ながらすっかり失念していた。
「ティーバッグの話ね?濁点の有無で意味が全然違うから以後気を付けた方がいいよ?」
見るに見かねて親切に忠告してやったが、二人とも何が間違っているのかさえ分かっていない様子。もういいや。せいぜいこれからも公衆の面前で恥をかき続けてくれ。どうせ俺には何の関わりもない話だ。
「それよりお前!事件当日の夜にこの城の前で酔っぱらって全裸で寝てたけど誰からも存在を無視されたって言うのは本当なの?」
メラネミアは自分でそう言いながら、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くした。余計な尾ひれつけやがったなと無言で隣の女たらしを睨みつけるも、彼はしてやったりとご満悦。
「そうですね。誰からも無視されて存在を抹消されたのは事実ですよ」
俺が開き直ってふてくされた態度でそう答えると、女王様は一転して憐れみの眼差しを俺に注いだ。
「……そう。醜態を晒したとはいえ、それが元で存在まで否定されたと聞くとさすがに気の毒だわ。それじゃあ誰もお前のアリバイを証明してくれないものね」
メラネミアは捨てられたずぶ濡れの小汚い子犬を見るような目でそう告げると、俺の可哀想な境遇に免じて一旦俺を容疑者候補の一人とすることは保留にしても構わないと申し出てくれた。どうやら俺は事実無根の恥辱と引き換えに女王の恩情を得ることに成功したらしい。フレインが必死で笑いを堪えながら「よかったな」と肩を叩く。
「俺のアリバイが証明出来ないのは悔しいが、その分他の容疑者の捜査には容赦しないつもりだ。俺は四女王と四騎士の誰とも利害関係がない中立なこの立場を利用して、真犯人を突き止めることに全力を注ぐとここに誓おう」
俺は毅然として女王にそう宣言すると、隣でへらへらしているフレインに振り向いてこう続けた。
「誰が真犯人か分からない以上、アリバイに不審な点がある奴はほこりが出なくなるまで徹底的に叩く所存だ。それはお前も例外じゃないからな?フレイン」
突然の宣戦布告を耳にしたフレインはぎくりと顔つきを強張らせると、援護を求めるようにヘこへこ笑って女王の方へ顔を向けた。しかし、女王は彼の思惑とは裏腹に厳然とした態度で彼を突き放し、絶句する彼には目もくれずに俺にこう言った。
「お前の働きには期待してやってもいいと言ってあげるわ。せいぜい精進なさい」
望むところだ。
俺はもう、誰かの言いなりになってそいつの思い通りの物語を書き綴るなんて馬鹿げた仕事は放棄する。
これからはこの俺が、この物語を動かして紡いでいくんだ!
ストーリーテラーは登場人物に含まれますか? 淡雪蓬 @awayukiyomogi
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