はじまり

 事の始まりは、私の同じ学科に所属し、大の親友でもあるA子がとある人物のSNSアカウントを見せてきたことでした。私はとある件の傍観者になったのです。

「ねえ、これ見てよ!」

 大学のラウンジでランチをA子とその他の学科仲間とで取っていたとき、意気揚々と彼女はスマホの画面を私に見せてきたのです。

 そこには、『○○○○○』というSNSのアカウントが表示されていました。

 もちろん、『○○○○○』というのは匿名性を高めるために、今執筆している私が伏字にしたもので実際はカタカナとその後ろにアルファベットをくっつけた変わったアカウント名のものでした。

 『○○○○○』というアカウントを知らなかった私ですが、周りの人は盛り上がっていました。どうやら、私を除くこの場にいる皆はこのアカウントを知っているらしかったのです。

 私が頭の中に疑問符を浮かべているのにA子は気づいたのでしょう、こう元気な声で話しかけました。

「ノーノー(もちろん匿名)は知らなかったん?これ×××××君のアカウントやで」

 ×××××君。私は彼のことを知っていました。何故かというと、彼は私の学科の同期であったからです。学科の必修科目で見かけたことも多々あります。その時、彼は一人で授業を受けていることが多かったのでした。いつも猫背で俯いていて、髪の毛がボサボサの暗い雰囲気の彼、そんなボッチの彼のSNSアカウント…私は彼のことをよく知らないため、興味本位で眺めました。


 そこには、

『今日の授業、知り合いがいないのに風邪で休んじゃった!!配布資料どうしよう!!』

『○○○○って漫画、最高だな!!』

『やっぱり、○○○〇(アーティスト名)は最高だぜ!!』

『オムライス作りました!!』(オムライスの写真付き)

 現実の彼とSNS上の彼にはすごくギャップがありました。

 そのギャップがおもしろかったのでしょう。A子は腹を抱えて爆笑していました。

「いやコイツキモいわ。現実ではコミュ障の癖にSNSでは、こんな明るいんかい!しかも何このオムライスへたくそすぎ」

 彼女に同調してか、周りの生徒も彼のアカウントや彼自身に対する悪口を言い始めました。

「後、『○○○○○』ってアカウント名、何?変な名前」とA君。

「こいつ同じ授業取ってるけど、一回も挨拶してこねえんだよ。いつもキョロキョロしてて挙動不審だし×××(差別用語なので書きません)だろ」とB君。

「いやけど、こいつ授業毎回出席してるし、仲良くなったら、ウチらが欠席した時、助かるんちゃうん?」とB子。

 皆、悪口を言って笑顔になっています。

 私はこの場の雰囲気が嫌でした。大して皆知りもしない彼のことを馬鹿にするこの場が。

 そもそもA子はなんで彼のアカウントを知っていたのでしょう?

 そして、わざわざ、大学のこの場で彼のアカウントを皆に見せたのでしょう?

 私は彼女の親友でありながら、そのことが理解できませんでした。


 私が脳内でそんなことを悩んでいたときのことです。後ろから視線を感じました。

 私はずっと気づいてなかったのですが、私の背後側の遠くの席には今まさに悪口の対象になっている×××××君が1人で座って居たのです。そこは私以外の全員には見える位置でした。そこで私は気づきました。わざわざ彼に聞こえるこの場でA子たちは彼の悪口を言っていたことを。

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