第11話 笑顔が消えた理由

「ルーちゃ……ルーク様から、いつも穏やかな笑みを浮かべていた侯爵様がある日を境に笑わなくなったことは聞いていました」

「……あなたの派遣は王太子殿下がお決めになったことだと……」

「わたしがお願いしたんです。前ロカール侯爵様がルーク様に相談されているのをたまたま聞いてしまって……。王女殿下もちょうどお帰りになり、わたしも手が空いていましたから」


 困惑するレイに、ミリーは淡々と話していく。いつものぽわぽわした空気はなく、彼女の瞳からはしっかりとした意志が感じられた。


「……どうしてそこまで……」

「侯爵様には昔、助けていただいたんです。だから恩返しがしたくて」

(ああ……この方は、私たちと同じようにアルフィー様を大切に想ってくださって……)


 栗色の瞳を優しく細め、遠くを見るミリーに、レイは下を向くと大きく息を吐き出した。


「ミリー嬢、聞いていただきたいことがあります」


 真剣な面持ちで向き直ったレイに、ミリーも視線を向ける。


「アルフィー様がお命を狙われたことはご存じですよね?」

「はい……。危惧された前侯爵様が爵位を譲られ、侯爵様は屋敷から一歩も出られなくなったと」


 登城を免除され、屋敷で仕事をこなしている。しかしこのままでは息子は心を殺したまま生きていくことになると、アルフィーの父が王太子に涙ながらに相談していたのをミリーは聞いていた。


「……その話には伏せられていることがあります」

「え?」


 レイは辛そうに顔を歪めながらも続ける。


「社交時期が終わりを迎えたあの日、アルフィー様とロカール侯爵夫人――奥様は一足先に領地へ帰るところでした。馬車が賊に襲われたのです」

「!!」

「幸い王立騎士団が駆けつけ、命は、、助かりました」


 レイの含みのある言い方に、ミリーの表情もこわばっていく。


「賊からアルフィー様を庇おうとした奥様が刺され、命を取り留めたものの、歩けなくなり、車椅子の生活を余儀なくされました。旦那様がアルフィー様に爵位を譲られたのは、もちろん安全を考えてです。しかしアルフィー様はそうは思っておりません。自分のせいで社交界の花だった母君が領地に引っ込むことになり、父君はその責を担わせるために爵位を譲ったのだと――そう思われています」


 壮絶な真実に、ミリーも息を呑んだ。


「誤解だと……誰か言ってさしあげなかったのですか?」

「自身を責めるアルフィー様は、誰の言葉も聞き入れませんでした。そして……その現場には私もいました。前を走る馬車に乗っていたのです」


 自身を責めているのはレイもだ、とミリーは彼の表情を見て思った。


「私は……っ、お二人をお助けすることができなかった……っ。なのに、無事で良かったと過分すぎるお言葉をいただいて……。だから今度こそ、何かあれば私が命をかけてお守りしようと思って……」

(やっぱり侯爵様はお優しい方だわ。人を信じていないと言いながら、周りの方たちを大切にされているもの)


 俯くレイが泣いているのかミリーにはわからない。ただ黙って彼の話を聞いていた。


「じゃあ今度こそ、言葉を、想いを届けに行かないといけませんね?」


 静寂が一時流れたのち、ミリーが呟いた。


「……アルフィー様は今回のことで、あなたを巻き込むまいとして遠ざけられたのです。クビにした使用人たちも同じです。あのときの賊は牢で自害し、結局黒幕もわかっていません。アルフィー様はそのことを思い出されたのでしょう。あなたを守るために――」


 がつん。

 レイが顔を上げると、勢いよく立ち上がったミリーが、馬車の天井に頭をぶつけているのが見えた。


「そんなの――悲しすぎます!!」


 頭を押さえながら、ミリーが涙目で訴える。


「ふ……そうですね。私もあなたの立場ならそう思います」


 ミリーのその瞳に、レイの表情が崩れる。


「……一緒に、想いを届けにいきますか? ミリー様」

「……っ、はい!」


 レイの呼び方が変わったことにミリーは気づかない。二人が笑みを交わし合ったところで、馬車ががたんと急停止した。


「何事だ!?」


 窓を開け、レイが御者に声をかける。

 向かいのミリーは体幹の良さから、態勢を崩すことなく、すっと座席に戻っていたが、驚いている場合ではない。


「ロカール侯爵邸の方角から煙が上がっています!」

「何だって!?」


 レイはドアを開け、外に飛び出る。ミリーも続いて外に出た。

 ソワイエ家の屋敷は王都の外れにある。すっかり建物が少なくなり、舗装が途切れた砂利道を振り返る。


「火事か……!?」


 馬車が辿ってきた方角――ロカール侯爵邸がある地点からは黒煙が上がっている。


「戻りましょう、レイ様!」

「えっ、ミリー様!?」


 俊敏に馬車へ乗り込んだミリーに、レイが慌てて続く。


「まさか……」

「おそらくは」


 レイの嫌な予感にミリーが頷く。いつもの笑顔を消したミリーに、レイも気が急く。


(アルフィー様……どうかご無事で……!)


 祈るレイとミリーを乗せた馬車は、来た道を急いで引き返した。


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