第3話 ミリーと王太子と食事
部屋に届いたのは、ドレスを着たトルソーに、それに合わせた靴やアクセサリーが入ったプレゼントボックスだった。
「わあ! ルーちゃ……ルーク様が手配してくださったのね」
「ルーク……様?」
王太子からの贈り物に驚くミリーよりも、レイがさらに驚きで目を見開いた。
(王太子殿下をお名前で……? その前に愛称で呼びかけなかったか?)
まじまじとミリーを見つめるレイに彼女が気づく。
「すみません、ドレスを持ってくるなんて頭になくて……ルーク様はそれを見越して届けてくださったんです」
(……! まさかミリー嬢は王太子殿下とそういう仲で!? いや、殿下には婚約者がいらっしゃる。それに、本当にそうなら殿下に一番近いアルフィー様が知らないわけがない)
「秘密の恋?」
「!!」
リゼの呟きに、レイが驚愕で固まる。
「まさか、王太子殿下に限って!」
「だってレイ、それならこんなお嬢様がアルフィー様の護衛なんてたいそれた命を受けたのにも納得がいくわ。ミリー様の泊をつけるためか……もしくはこの屋敷にいればこんなふうに堂々と贈り物を届けても怪しまれないし、密会だって可能かも」
「不敬だぞ!」
(ここのみなさんは仲良しだなあ。お腹すいた……)
ひそひそと話すレイとリゼを眺めながら、ミリーはぎゅるぎゅるとお腹を鳴らしていた。
「し、失礼しました! 早くお召し替えいたしましょう!」
リゼが急に恭しい態度で向き直る。
「とにかく、王太子殿下の秘密の大切な人かもしれないんだから、失礼のないようにしないと! アルフィー様の信用問題にも関わるわ!」
「……わかっている」
またひそひそリゼと話したレイは、お辞儀だけすると部屋を出て行った。
ようやく着替えを始めることになったミリーは、騎士服をぱっと脱いだ。
(綺麗な肌……やっぱりこんなお嬢様にアルフィー様の護衛なんて無理よ。王太子殿下のいい人だからって、遊びで来たんだわ)
傷一つない綺麗な白い肌を見ながらリゼはミリーにドレスを着せていく。
ふわふわとした雰囲気のミリーによく似合う、繊細なレースがふんだんに使われた白いドレスとヘッドドレスは、天使が降臨したかのようだ。
編み込みをほどき、緩やかにウェーブした栗色の髪が、よりミリーを儚く見せる。
(なっ……可愛らしい方だと思っていたけど、着飾るとこれは……。王太子殿下の恋人なのも納得だわ)
ミリーを着飾ったリゼは、その仕上がりにおののいた。
『いいかい、ミリー。不測の事態に対処できるようにしておくんだ』
ミリーは上の兄と正装のまま訓練したことを思い返す。ミリーはドレス、兄はタキシード姿だった。
(お兄様、ありがとうございます)
役に立つときがきた、と口元に笑みが浮かぶ。
(……!! て、天使だわ……! やっぱりアルフィー様のお見立て通り、ソワイエ家はミリー様を使って侯爵家に取り入ろうとしているのかもしれない。しゃんとしなきゃ!)
「?」
首を傾げて見つめるミリーに、リゼは表情をキリッとさせた。
「……ミリー様、それをお持ちになるのですか?」
部屋を出ようと扉を開けたところで、ミリーが剣を携えていたので、リゼは驚いて指さした。
「侯爵様をお守りするのに必要ですから」
「アルフィー様は食事の席にはつかれません」
「え……」
ぽかんとするミリーに、つかつかと近寄ると、剣を置いていかせようと手を伸ばした。
(え……?)
確かにそこにいたはずのミリーに手は届かず、空をかいた。
「行動を共にしないと護衛の意味がありません……」
(いつの間に……?)
真後ろで頬に手をあてて眉尻を下げるミリーに、リゼの背中に冷や汗が伝う。
(いえ、ただの偶然だわ)
シャキッと居住まいを直すと、ミリーに強い口調で言った。
「お食事の場に剣を持ち込まれるなんて、無作法です! それに、このお屋敷内は信用のおける使用人しかおりませんから安全です!」
「わかりました」
ミリーはあっさりと剣を置いた。リゼは予期せぬ行動にぽかんとした。
(剣は騎士の命でしょ? ちょっと強く言っただけで……。やっぱりあの剣はお飾りなんだわ)
(こんな不足な事態にも対応できるよう、お兄様はありとあらゆることを教えてくださったのだわ)
確信を強くしたリゼの後ろでは、ミリーがまた兄に感謝していた。
もちろん素手で戦う訓練も兄としてきたのだった。
リゼに食堂まで案内される。
美しく整った白いテーブルクロスがかかった横長のテーブルの先には、アルフィーの席があるが、もちろん彼はいない。
「どうぞ」
待ち構えていたレイが椅子を引いてくれて、座る。
すぐに食事が始まった。
(うわあ、綺麗!)
色とりどりの野菜や魚介を使った四種類の前菜が、細長の皿に並んでいる。
神に祈りを捧げると、ミリーはそのうちの一つ、大きなスプーンに載った魚介のタルタルを口に含む。
(おい、しいっっ!!)
今まで食べたことのない上品ながらも奥深い味わいに、思わず目を閉じて噛みしめる。
「……さすが伯爵令嬢、綺麗な所作ですね」
「……レイ、でももうお皿に載っていた料理が無くなっているわ」
「えっ?」
二人がミリーの手元を見ると、皿の料理は綺麗に無くなっていた。
それから次々に料理が運ばれたが、美しい所作なのに、魔法のようにあっという間に消えていく料理に、レイとリゼはただあ然とするばかりだった。
(すごい! さすが侯爵家のお料理だわ! 美味しいものばかり! それを惜しげもなく振舞ってくださるなんて、侯爵様はやっぱりいい人だわ!)
一方のミリーは、ニコニコと最後のデザートを平らげたのだった。
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