第16話 壊れたゴキブリ

 文化祭が終わってから、朝の私へのイジメはよりひどくなった。鉛筆だけでなく、黒板消しやチョークも投げられるようになった。

 たぶん、私が二日目はゴキブリのコスプレをしなかったことと、文化祭で城ヶ崎君と立華と一緒に行動していたことに立腹しているのだろう。私へのパンチやキックに激怒と憎悪を感じる。

 文化祭終了日から二週間後には、テストが待ち受けている。文化際が終わったらすぐにテストを行うとは、学校側もなかなか鬼畜だ。

 といっても、今回に関してはずっと前から勉強しているので、問題は全然ない。むしろ、いつもより自信があるくらいだ。

 立華と同じ大学に行くためだもの。

 テストちょうど一週間前になると、異変が起きた。普段と同じように登校した朝、自分の下駄箱に手紙が入っていたのだ。昔の鬼頭さんの手紙を思い出して、警戒する。

 また誰かが私にひどいことをしようとしているのか……。

 その場で手紙を開け、中の便箋を見た。そこには、


 放課後、体育館に来てください。 城ヶ崎浄より


 と達筆な字で書いてあった。

 驚いた。

 え? 城ヶ崎君から? なんだろう? もしかして告白とかされたりする?

 いやいや、そんなはずはない。城ヶ崎君が私なんかに告白するわけがない。冷静に考えて、告白だとしたら体育館に呼び出すのは変だし……。

 一体何の用だろう?

 告白じゃないとはわかっているが、少しドキドキしてしまっている自分がいることに気づいた。

 落ち着かない気持ちで放課後まで過ごす。放課後になると、立華に今日は学校に野暮用があるから先に帰っててと告げた。そして、平常より心臓の鼓動が少し激しくなっているのを感じながら、体育館に向かった。

 体育館に着くと、城ヶ崎君が体育館の中心らへんにいた。他にはだれもいない。城ヶ崎君が私に気づき、手招きしてきた。城ヶ崎君の元に向かう。


「だれもいないね。部活は?」


 城ヶ崎君の目前まで来て、声をかけた。


「テスト一週間前は部活が休みになるんだ」

「あ、そうなんだ。それで、何の用?」

「ちょっと体育館倉庫から運んでほしい物があるんだ。一人だとちょっと重いから、手伝ってほしくてね」

「わかった。いいよ」


 やっぱり告白ではなかったか。いや、期待なんてしていないし、違うに決まっていると思っていたけどさ。

 それにしても、なんで私を呼び出したんだろう? 私以外でもよくないか?

 疑問を抱きながら、城ヶ崎君についていった。体育館倉庫の両開き扉を開けている城ヶ崎君に言う。


「ねぇ、なんで他の誰でもなく、私を呼び出したの? 私以外でもいいんじゃ――」


 ――突如、振り向いた城ヶ崎君に腕をつかまれ、引っ張られた。そして、体育館倉庫の中に無理矢理入れられる。


「え、ちょ、なに――」


 私の言葉を無視して、城ヶ崎君も中に入り、扉を閉めた。重々しい音が響く。そして城ヶ崎君は、まるでここから出さないぞとでも言うように、扉の前で仁王立ちする。


「え、なに、どういうこと?」


 私の疑問に答えず、城ヶ崎君は扉の近くにある電燈のスイッチを入れた。部屋が明るくなる。


「ねぇ、城ヶ崎さん――」


 背後から唐突に、私と城ヶ崎君以外の人の声がした。後ろを向くと、どうしてか草野君がいた。部屋の奥にある跳び箱の前で、不安そうな顔をして突っ立っている。なぜか私が文化祭で着ていたゴキブリのコスプレ衣装を着ていた。

 なんでゴキブリのコスプレをしているの? それになんでさん付け? いつも草野君は城ヶ崎君と呼んでいなかったっけ……?


「――ぼくにこれから何をさせるつもりなんだ? こんなゴキブリのコスプレなんてさせて」

「まぁ、ちょっと待てよ、草野」


 城ヶ崎君がいつもとは違って笑みを浮かべず真顔で言う。口調も普段のように穏やかなものではない。

 え、なにこれ。どういうこと。なんか嫌な予感がする……。


「おい、ゴキブリ」


 城ヶ崎君の口から信じられない言葉が飛び出した。


「――え?」

「おまえに言ってんだよ、ゴキブリ」


 普段とは違い、乱暴な口調で言われる。

 な、なんで、私をなんでそのように呼ぶの?


「な、なに、どうしてそんなふうに私を呼ぶの? いつもはもっと私に対して優しく――」

「ハハハハハハハハ!」


 城ヶ崎君は急に口を大きく開けて笑い出した。


「――それはな、演技だ」

「え?」

「はっきり言おう。たしかにおれはおまえに優しくしていたが、それは立華ちゃんと仲良くなるためにやっていたに過ぎない。おまえと立華ちゃんは仲が良くて、おまえに優しくしないと立華ちゃんとは仲良くなれないと思うって草野が言ってたんでな。じゃなきゃ、おまえみたいなゴキブリに誰が優しくするか。マジキメェ。キモイキモイ」


 私は絶句した。

 じゃあ、あれもこれも、全部、全部、演技だったっていうの……?

 そんな……そんな……。


「ふぅー。おまえの前で笑顔を作るのには苦労したぜ。でも、今日でそれも終わりだ。もう我慢の限界だ」


 城ヶ崎君は私をギロッと睨む。


「おまえにさ、お願い……いや、命令があるんだ」

「め、命令? な、なに?」

「立華ちゃんに嫌われるような態度をとれ。そんで立華ちゃんと絶交しろ」

「な、なんで、そんなことしないといけないのよ」

「あ? おまえがいると邪魔なんだよ。てめぇがいなかったら文化祭の二日目、立華ちゃんと二人で行動できたのに。それに、おまえ見ててきもちわりぃしよぉ。見てるだけでゲロを何度も吐きそうになったくらいだ」

「ひ、ひどい……こんな、こんな人だって、思わなかった……」

「ああ? ひどくねぇよ。てめぇがクソキモイのがわりぃんだよ」


 もう聞きたくない。現実だと認めたくない。あんなに優しくしてくれたことが、全て演技だったなんて……。

 やっぱり、こいつは立華と同じような人間じゃなかった。この世に花はひとつだけしかないんだ。


「目障りだからさ、立華ちゃんとおれの前に現れないでくれる? おまえがいると立華ちゃんと二人きりになれないからさ」

「い、いやよ……」

「あ? 調子に乗ってんな、おまえ。ゴキブリのくせに。これは、おしおきが必要だなぁ。おい、草野!」


 草野君はビクッと体を震わせた。

 それで理解した。今まで草野君がおどおどとしていたのは、城ヶ崎がこういう人間であることを知っていたからなのか。


「おまえさ、童貞卒業したがってただろ。こいつでしろよ」


 ニヤリと悪どい笑みを浮かべる城ヶ崎。

 え、う、うそ。なにそれ。


「え、ええ? で、でも、おれ、こんなブサイクとやりたくねぇよ……」

「あ? ごちゃごちゃうるせぇな。やれよ」

「や、やだよ……もっとかわいい子で童貞卒業してぇよ……」


 城ヶ崎は草野の腹をグーで殴った。草野が悲鳴を上げる。城ヶ崎はもう一発草野の腹を殴り、胸倉をつかんで草野を持ち上げた。


「やるよな?」


 拳を振りかざしながら、城ヶ崎は脅すように言う。草野は顔を真っ青にして、


「ひっ……。わ、わかりました。や、やります」


 え、え!?

 な、なにそれ!? や、やめて。うそ、うそだよねっ!?


「そのコスプレ衣装を着たままで犯せよ」

「う、うん、わかったよ……」

「あ? わかりましただろ?」

「は、はい。わかりました……」


 草野が私の目の前まで歩いてきた。私は逃げようとする。が、城ヶ崎が扉の前にいて逃げられない。城ヶ崎は嘲笑した。


「ゴキブリのおまえが人間とセックスできると思ったか? ゴキブリであるおまえの相手はゴキブリがふさわしい」

「そ、そんな! 出して! お願い! ここから出して! こんなことやめて!」

「ダメだ。おとなしく犯されろ」

「い、イヤダーーーーーッ! ヤメテヤメテヤメテ! ダシテダシテダシテッ!」

「ウッセェナァッ! オトナシクシテロッ!」


 城ヶ崎にみぞおちを物凄い威力で殴られた。たまらずうずくまる私。すると、城ヶ崎は容赦なく私に蹴りの嵐を浴びせてきた。

 蹴られる。痛い。蹴られる。痛い。蹴られる。いたい。蹴られる。いたい。蹴られる。イタイ。蹴られる。イタイ。蹴られるイタイ蹴られるイタイ蹴られるイタイ蹴られるイタイ蹴られるイタイ蹴られるイタイ…………

 声が出せなくなった。あまりの痛みに動けなくなった。


「ふぅ。ようやくおとなしくなったか。おら、草野、さっさとヤレ」

「は、はい……」


 い、嫌だ

 嫌だ、嫌だ、嫌だ

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ

 ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテーーーーーーーーーーッッッッ!

 オネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイ!

 ナンデナンデ! ナンデナンデナンデナンデーーーーーッッ!

 ワタシガナニヲシタノ! ワタシガナニヲシタッテイウノ! ドウシテワタシガコンナメニアワナクチャイケナイノォォォォーーーーッッッ!

 アアアアーーーーーーー! アアアアアアアアアア! カミサマナンテイナイ! コノヨニカミサマナンテイナイ! イテモドウセロクデモナイヤツナンダ! ダッテカミサマガイイヒトナラドウシテワタシガコンナメニアウノーーーーッ!

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアウウウウウウウウウウウウウウウアアアアアアア!

 ホロベホロベホロベ! セカイナンテホロベ! コンナセカイナンテホロンジャエ! ナニモカモホロベーーーーーーーーーーーーッ!

 ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーッッッ!

 ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 ウアアアアアアアアアアアア

 ウ、アアア、ァァ……

 ………………………………………………………………………………………………

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「おえ、きもちわる……吐きそ。ブサイクどうしのセックスなんて見るもんじゃないな」

「うっうっうっ」

「なに泣いてんだよ。ブサイクは泣いてもブサイクだな。あたりまえか」

「うっ、うっ、ううっ、うううっ」

「このような目に二度と遭いたくなかったら、立華ちゃんと絶交しろよ。わかったな、ゴキブリ」

「うっうっ……は、はい……うっ……」

「おらっ! 草野! 何発やってんだ。そろそろ帰るぞ」

「……おれ、なんでこんなブサイクとセックスしてたんだろ……」

「あ? 知るかよ。きめぇな」


 泣かない。

 泣かないって決めたのに。

 泣いちゃったよ……。

 もう、泣くのを押さえきれないよ……。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!」


 死にたい

 死にたいな

 もう、

 死んでも、

 いいですか?

 いいですよね?

 死のう

 私は死にます

 私は学校を出て、学校から歩いて五分ほどのところにある高層マンションの屋上に行きました。

 よーし、飛び降りるぞ!

 私は飛び降りようとしました

 あれれ、足がうごかない

 あれれ、足がふるえてる

 ブルブルブルブルふるえているよ

 あれれ、あれれ、

 あれれ、あれれ、

 あれれ、あれれ、

 私パニック

 すごいパニック

 やがて落ち着く

 私冷静

 すごい冷静

 ああ、そうか、

 私は死ぬ勇気がないんだね

 私は死ぬこともできないんだね

 私はゴキブリとして生きるしかないんだね

 あはは、

 あはは、あはは、

 あはは、あはは、あはは、

 あはは、あはは、あはは、

 あはは、あはは、あはは、

 あはは、あはは、あはは、あはは、あはは、あはは、あはは、あはは、あはは、

 あはは、あはは、

 あはは、

 あはは……

 ………………………………………

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