第40話 深夜の攻防

【???side】


 皆が寝静まった深夜、ホロウズ邸の付近の森に身を隠す者がいた。


一人ひとり……」


 それは掠れた男の声で呟く。


二人ふたり……」


 闇に紛れる黒いローブからのぞく、病的なまでに白い肌。その顔はひどく痩せこけていて、常に目の焦点が合っていなかった。


三人みたり……」


 細身でありながらも背丈はかなり高く、ふらふらとしながら森の中に佇む姿はまるで亡霊のようである。


四人よたり……」


 彼に与えられている名はルナティック。


 魔石に適合する生贄の候補であるレスター・ホロウズとドロシア・ホロウズを手に入れるため、影の教団から遣わされた刺客だ。


「おかしい……あの子らを視ているのは私だけのはずなのだが……先客がいるようだな……?」


 ルナティックが首をかしげながら呟いた瞬間、彼の首筋を目掛けて一本の短剣が飛んでくる。


「おっと……」


 しかしルナティックは顔を一切動かすことなく指先だけで短剣を受け止めた。


「貴様……何者だッ!」


 ――それからすぐ、彼の背後の茂みから複数人の夜盗が姿を現す。


「これはこれは……奇遇ですね。ちょうど、私も同じことをアナタ方に伺おうとしていたところでした」


 ルナティックはゆっくりと背後へ振り返り、夜盗たちではなく虚空を見つめながら問いかける。


「こんな夜更けにコソコソと……一体何をしているのです?」


 対する夜盗たちは互いに目配せをし、一斉に得物を構えてルナティックへと襲い掛かった。


「死ねぇッ!」

 

 刹那、一番最初に短剣で斬りかかった夜盗の首がじ切れる。


一人ひとり……」

「ひっ!? うぐっ、がああああっ……!」


 続いて、首がとんだ仲間の返り血を間近で浴びた夜盗が苦しみ始め、口から血の塊を吐き出して息絶えた。


二人ふたり……」

「な、なにを……ッ?!」


 残された二人の夜盗は、状況が呑み込めず後ずさる。


三人みたり……」

「がッ、ごぼォッ!」


 三人目は胸の辺りに大きな穴が空き、血を吐き出して死んだ。


「ひっ、ひいいいいいいいいっ?! 来るなッ! 来るなあああッ!」


 立て続けに仲間の死を目撃し、錯乱して腰を抜かす最後の一人。


四人よたり……」


 彼がそう呟いた瞬間、生き残りの夜盗は全身がバラバラに千切れて絶命し、辺りは一面血の海と化した。


「つまらない悲鳴だ……」


 ルナティックは悲しそうに言うと、フラフラとした足取りでホロウズ邸へ歩いていくのだった。


 *


 しばらくして、ホロウズ邸の客室の窓がゆっくりと開き、外の風が吹き込んでくる。


「うーん……おにい……さま……?」


 その部屋で眠っていたのはプリシラだった。


「きのせい……?」


 彼女は一度起き上がって寝ぼけた目で窓の方を見つめた後、再び眠りについてしまう。


 そしてすやすやと寝息を立て始めるのだった。


 それから程なくして、部屋の隅に立っていた黒い影がゆっくりと動き始め、プリシラの眠るベッドに近づいていく。


「美しい声だ……!」


 その影はプリシラの顔を覗き込みながら呟いた。


 ローブの袖から骨張った両手を突き出し、震える指先をプリシラの首元へと近づけていく。


「ああ、この子の悲鳴を聞いてみたい……顔を歪めて泣き叫び、もがき苦しむ姿が見たい……!」


 死人のようだったその顔に不気味な笑みを浮かべ、今まさにいたいけな少女を絞め殺さんとするルナティック。


 ――しかしその時、突如として部屋の扉が開いた。


「…………!」

「うふふ、プリシラはちゃんと眠れているでしょうか?」


 小さな声で呟きながら中へと入って来たのは、聖女サリアである。


 サリアはそっとプリシラの眠るベッドに歩み寄り、穏やかな寝息に耳を澄ませてこう言った。


「小さな胸にいっぱい空気を吸い込んでいて、とても可愛らしいですね……! あなたに吸われる空気がとても羨ましいです」


 その言葉をはっきりと聞いてしまったルナティックが感じたのは、得体の知れない気味悪さである。


(いきなり部屋に入ってきて何を言っているんだこの女……?!)


 ――この女にだけは見つかってはならない。


 暗い部屋の隅に身を潜めながら、彼は直感でそう思った。


「さてと……」


 サリアは笑顔で一通りプリシラの寝顔を眺め回した後、満足したようにベッドから離れる。


「場所を変えましょうか。ここではプリシラが起きてしまいます。……あなただって、屋敷の中で騒ぎを大きくしたくはないでしょう?」


 入り口の扉の前に立った彼女が言ったのは、明確にルナティックへと向けた言葉だった。


「アランがずっと何かを気にしているみたいだったのでおかしいとは思っていたのですが……あなたの気配を感じ取っていたのですね。身の毛もよだつくらいおぞましい邪気に満ち溢れています」


 ゆっくりと振り返りながら、ルナティックの隠れている部屋の隅のただ一点を見つめるサリア。


「……なるほど、これはこれは失礼いたしました。やはり、の目を欺くのは難しい」

「違います。一緒にしないでください」

「おや、違うのですか?」

「違います」


 不審者同士の血で血を洗う闘いが始まろうとしていた。

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