第35話 家庭教師はちゃんと選ぼう!(その2)
【ニナside】
「……よし。今日もアラン様のお部屋は綺麗になりました!」
私は汗を拭って一息つきながら呟く。アラン様が治癒魔法をかけてくださったおかげで、今日は身体がすごく軽い。
……とはいえ、アラン様のベッドでぐっすりと眠ってしまったことは申し訳ない気持ちだけれど……その分ちゃんと働くことができた……はず!
「ふふふん♪」
そんなこんなで、担当する場所のお掃除を終えて鼻歌まじりに廊下を歩いていると、あるお部屋の扉が開いているのを発見した。
「あれ……?」
そこは、ご主人様がサリア先生のために用意されたお部屋だ。
「閉め忘れでしょうか……?」
アラン様に治癒魔法を教えるようになってからは、サリア先生もこの屋敷に住み込みで働いている。
アラン様やプリシラ様のこと以外にも、私達使用人の具合を診たり、悩みを聞いたりしてくれているのだ。
私としては、頼りになる先生がいつも側にいてくれるのは安心するけれど……最近はいつも忙しそうにしていて少し心配になる。
ひょっとすると、お部屋の片付けもあまりできていないのかもしれない。
「大丈夫かな……」
心の中でサリア先生に謝って少しだけお部屋の中を覗くと、思った通り散らかり気味だった。
いつも片付いている先生にしては珍しい。やっぱり、あまり休めていないのだ。
「……決めました!」
それならちょうど手が空いたところだし、治癒魔法のお礼も兼ねて私がお部屋の片づけをしておこう。そうすれば、サリア先生もきっとゆっくりできるはず。
「失礼しますね、サリア先生」
――そうして私は、恐ろしい体験をすることになるのだった。
*
「……ふぅ、これくらいでいいですね」
風に吹かれて散らばっていた書類を飛ばされない場所にまとめ、床のゴミやほこりを掃き取った後で水拭きをし、ベッドを整えた私は、窓を開けて室内を換気していた。
「あと……」
掃除はおおよそ終わったけれど、まだ手を付けていない物がある。
「この本はそのままにしておいた方が良いのでしょうか……?」
部屋に入った時から、机の上に三冊まとめて出しっぱなしになっていた本だ。
「確か……貴重な品だと以前サリア先生がおっしゃっていましたが……」
それは『記憶の魔導書』と呼ばれるもので、目で見た光景を本のページに写し取ることで、直接再現することができるそうだ。
高価な物なら出しっぱなしにするのは危ないし、どこかへしまっておいた方がいい気がするけれど……。
「とりあえず、どこかにまとめて――」
その時、部屋の中に風が吹き込んできて、本のうちの一冊が開いてしまった。
「え…………?」
そこに写っていたものを見て、私は硬直する。
――アラン様だ。全てのページに、勉強をしているアラン様や食事をしているアラン様や眠っているアラン様や魔法の練習をしているアラン様や剣術の訓練をしているアラン様の姿が、びっしりと収められているのである。
「ど、どういうことですか……?」
めくってもめくっても、全てアラン様。
「まさか……サリア先生も他の二人と同じ……いや、そんな……っ!」
認めたくない事実だった。
子供の頃からずっと良くしてくれたサリア先生が、そんな人だったなんて……。
「こ、こっちの本はっ!」
私は自分の血の気が引いていくのを感じながら、隣に置いてあった『記憶の魔導書』を開く。
「え、えぇ…………?」
そこに写っていたのは、全てプリシラ様だった。プリシラ様の成長していくお姿が、様々な角度から収められている。
びっしりと、狂気的に。
「――これも……先生なりの愛……ということでしょうか……?」
対象がアラン様だけであれば、つまりそういうことなのだと納得できる。しかし、プリシラ様もとなると……私には分からない。
どうして、サリア先生はディンロード家にそこまで深い愛情を抱いているのだろうか……? もしや、ご主人様とよからぬ関係……?
「うっ、げほん、げほんっ!」
――いいや、ディンロード家にお仕えする私がこんなことを考えてはいけない!
「さ、最後の本は……!」
そうだ。三つ目に何が収められているのかさえ分かれば、全ての疑問が解決するかもしれない。
私は、震える手で最後の本を開く。
そこに写っていたのは――
「わ……た……し……?」
――私だった。
プリシラ様と同じように、成長していく私の姿が収められている。
特に、正面を向いて微笑みかけているものが多い。
相手は間違いなくサリア先生だ。思い返せば、サリア先生には私が小さかった時からすごく良くしてくださっている。
だからこそ余計に恐ろしかった。
「な、な……に……これ……!」
そして一番新しいページには、先ほどまでアラン様のお部屋を掃除していた私の姿が写っていた。その私は、汗を拭うような動作をしている。
ついさっきの出来事だ。
「あ、ぁあ……?」
目まいがした。
「なんで……?」
――分からない。
分からない分からない分からない分からない分からない分からない! どうしてサリア先生はこんなことを?!
「ひ、ひいいいいいぃ……っ!」
気が付くと、私は尻餅をついてその場から後ずさっていた。服が汚れてしまうのを気にしている余裕すらない。
とにかく、今はこの場から離れたかった。
「あ、ぁああっ……!」
這うようにして、必死に扉へと向かう。
しかし――
「あら、私に何か用事ですか?」
そこには、サリア先生が立っていた。いつもみたいに変わらずほほ笑んでいる。
「ニナ?」
「い……」
「顔色が悪いようですが……」
「いやああああああああああああッ!」
私は恐怖のあまり悲鳴を上げて失神するのだった。
*
「ニ…………大丈…………です……ニナ……っ!」
「う、うぅぅ……っ」
気が付くと、私は知らないベッドに寝かされていた。
ここは――サリア先生のお部屋……?
そうだ……確か、私はサリア先生のお部屋を掃除していて、それで……。
「…………うぅ……?」
思い出せない。
どうにか思い出そうとしても、記憶に
「――良かった。目が覚めたのですねニナっ! 心配しましたっ!」
サリア先生が潤んだ目で私の顔を覗き込んでくる。
「サリア……先生……」
「ニナは無理をしすぎなのです……! ――今日はもう、ここで休んでください」
「は、はい……」
何か大切なことを忘れている気がするけれど――
「具合が良くなるまで、私が側にいますからねっ!」
「ありがとう……ございます……」
――やっぱり、サリア先生はとても信頼できるお方だ。
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