第2話 さっそく死にかける


「ふむ……」


 しばらくして目覚めた俺は、部屋に置いてあった鏡を覗き込む。


 黒髪に切れ長の青い目。


 将来はキザでクールぶっててプライドが高そうな感じの鼻につくキャラになるが、今のところはまだあどけなくて可愛らしい美少年と言って差し支えないだろう。


 やはり俺は少年時代のアランに転生してしまったようだ。見たところ年齢は八、九歳くらいだろうか。


 受け入れがたいことが起こっているが、なぜか俺の心は落ち着いている。


 もしかすると、「転生した」というよりは「前世の記憶を思い出した」といった方が感覚的には正しいのかもしれない。前世の記憶を取り戻した衝撃で一時的に記憶喪失に陥っているだけで、俺はあくまでアラン・ディンロードなのだ。


 ……いや、本当にそうだろうか? 自分というものが分からない。考えるだけ無駄のような気がする。


 ――いずれにせよ、このままのんきに過ごしていたらストーリーが原作通りに進んで破滅すること間違いなしである。


 とりあえず、ラスボス化して討伐されるルートを回避するために現時点でできることは二つ。


 一つ目は、主人公とその仲間に極力関わらないようにすること。結局は主人公に殺されるんだから、それを避けるのは当然だな。


 そして二つ目は、真面目に修行して強くなることだ。例え俺がストーリーに関わらなかったとしても、皇帝のせいでこの国が荒れるのは確定しているからな。どうにかして一人でも生きていける力を身につける必要がある。


 アランには類稀なる才能があるから、今のうちに鍛錬を積んでおけば将来は敵なしだろう。設定だけの器用貧乏クソ雑魚野郎から脱却し、真の強者を目指すのだ。


「さてと、それじゃあさっそく……」


 破滅する未来を回避するため行動に移ろうとしたその時。


「う……ぐっ……!」


 突然、頭が激しく痛み始めた。


「めっちゃ……あたまいたい……っ!」


 同時に、アランに関する全ての記憶が俺の中に流れ込んでくる


 今の俺の頭の中は、『ラストファンタジア』のプレイヤーだった前世の記憶と、アラン・ディンロードとしての記憶がごちゃごちゃに混ざり合っている状態である。


 すごく気持ち悪い。吐きそうだ。


「なんだ……これ……っ! しぬ……っ!」


 結局、俺は再び意識を失う羽目になるのだった。


 *


 突然だが、まずは『ラストファンタジア』の大まかなストーリーを説明しよう。


 ――今からだいたい五年後、つまりアランが十三歳になった時、ここマガルム帝国の皇帝は突如として乱心し、周辺の国々に大量の魔物を生物兵器として送り込む。


 それによって故郷の村を失ってしまった主人公のリオは、帝国に対する復讐を誓い、冒険者として帝国の生み出した魔物を討伐しながら各地を巡る旅を始めるのだった。


 リオは旅を続けるうちに、皇帝がおかしくなってしまったのは「魔石」と呼ばれる特殊な石が原因であることを知る。


 魔石に魅入られてしまった人間は、理性を失って欲望のままに行動する「魔人」になってしまうのだ。


 マガルム帝国には何者かの手によって七つの魔石がばら撒かれていて、そのうちの一つを皇帝が手に入れてしまったのである。


 真実を知ったリオたちの活躍によって魔人と化した皇帝は討伐されるが、その時、突如として現れた仮面の男――アランが皇帝の遺した最後の魔石を奪い去ってしまう。


 密かに集めていた七つの魔石を使い、強大な力を持つ「魔王」となったアラン。リオたちは彼の(ストーリー上は)圧倒的な力を前に絶望するが、なんやかんやで普通に勝利して世界に再び平和が訪れるのだった、めでたしめでたし。


 ……といった感じである。


 ――次は、そんな最弱のラスボス、アラン・ディンロードについてだ。


 帝国出身である魔法剣士のアランは、物語の序盤で颯爽と現れ、魔物に囲まれていた主人公を助けてパーティに加入する。


 だがその真の目的は、主人公たちが倒した魔人たちの持つ魔石を密かに回収し、その強大な力を使って世界の法則を支配することである。


 要するに色々と拗らせた厨二病だ。


 彼が破滅した一番の理由は、自身の愚かな考えを実行に移すだけの力と頭脳を持って生まれてしまったことにあるだろう。どこまでも哀れな奴である。


 ……長くなってしまったが、まずは大混乱に陥るこの帝国で生き残れるくらい強くなっていないとどっちみち死ぬ。


 一体で国一つを容易く滅ぼすことができる力を持っているとされている魔人が七体も誕生してしまうのだ。メインストーリーに関わらなければ安心であるということはない。帝国に忍び寄りつつある危機にどうにか対処する必要がある。


 考えれば考えるほど絶望的な状況だが、悲観することはない。最悪、主人公たちに丸投げすればきっと全部どうにかしてくれるからな!


 まあせっかく転生したんだし、この世界での人生は所詮ゲームのようなものだと割り切ってとことん楽しもう。


 俺はアラン・ディンロードとして完璧な第二の人生を歩み、破滅フラグを華麗に回避し、平穏な余生を過ごす。


 これより、アランが主役のパーフェクトな大作RPG『ラストファンタジア2』を始めるのだ!


 *


「……はじめ……るのだ……」

「し、しっかりしてくださいアラン様! な、何を始めるのですか?!」


 ……と意気込んだは良いものの、アランに転生してから数日の間は酷い高熱にうなされてしまった。


 前世の記憶とアランの記憶が混ざり合って、自分という感覚が消えていくような悪夢を何度も見た。


 おそらくこの身体に転生した副作用的なものだと思うが、こんなに苦しいなんて聞いてないぞ。


「……とにかく、熱が下がるまではベッドで安静にしていてくださいね」

「はい……安静にしてます…………うぐぐ……」

「アラン様……」


 この上なく最悪な気分だったが、その間ニナは付きっきりで俺のことを看病してくれた。


「お医者様は原因不明だと言っていましたが……きっと良くなります」

「ニ……ナ……」

「私がずっと側に付いていますので、アラン様は何も心配しないでください」

「ありがとう……」


 記憶が統合されて一つ分かったことがあるが、アランは子供の頃から割と救いようのないクズだ。


 母親とは物心つく前に死別し、父親は仕事が忙しくてあまり構ってくれない。使用人たちは何でも言うことを聞き、望んだものは全て手に入る。


 そのような環境で育てば人格がねじ曲がるのも無理はないことなのかもしれないが、そもそもアランは物心ついた頃から根本的に歪んでいる。自分より弱い生き物をいたぶって喜ぶタイプだからな。


 ……だから、世話係のメイドであるニナも、これまで散々その嗜虐心の捌け口にして来た。


 追いかけ回して縛り上げたり、鞭で打ったり、スカートに頭から突っ込んだり、背中にこっそり虫を入れたりとやりたい放題である。


 記憶を取り戻すたびにドン引きしたぞ。このクソガキが……!


 というか、そんなことをされ続けても尚、ニナがアランに対して優しい言葉を投げかける理由が俺には分からない。


 原作で彼女の内面が掘り下げられることはなかったので、実はニナが一番行動の読めない奴だ。


「今まで……ごめんなさい……。僕は……良い子になります」


 とりあえず、今は謝ることくらいしかできない。間違いなく恨まれてはいるだろうから、弱っている隙に暗殺されないようにするためだ。


「言わなくても、私には分かります。……アラン様はすっかりお変わりになりました」

「………………」

「……だから、どうか早く良くなってください。それだけが私の――ニナの願いです」

「………………うん」


 すごい。元のアランがクズすぎるせいで何言っても褒められるな。評価のハードルが低くて助かるぜ。


 だがこの反応……やはり、ニナはアランのことを元から憎んではいなかったのだろうか?


 俺が同じ立場だったら、隙を見て食事に毒とか混ぜて殺すんだが。


 先の展開を大まかに把握しているこの状況において、ずっと近くに居るのに何を考えているのか分からないニナはかなり厄介な相手だな。


 一応は警戒しておこう。


「ニナ……」

「はい、何でしょう?」

「僕……これから頑張るから……どうか……ころ……さ……ないで……」


 俺は命乞いをした。


 やはり、ゴブリンみたいなクソガキのアランにかなりの殺意を抱いていることは間違いないからな。きっと、今は仕事だから優しくしてくれてるだけだろう。そうに違いない。


「ころ? ……はい。ええと、寝ているアラン様をいきなりころがしてベッドからつき落としたりしませんよ。当然です」

「…………」


 その後のことは意識が朦朧としていてあまり思い出せないが、ニナがずっと俺の手を握ってくれていたことだけは覚えている。

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