人間をペットにする方法

第1話

 婚約者の瑞希が失踪してから4ヶ月が経っていた。

 雄一は公園のベンチで深いため息を漏らした。会社に行く気など起きず、雄一はこうして公園をふらふらしたりする生活を送っていた。

 すると、一匹の猫が「にゃー」と鳴き声をあげながら足元に擦り寄ってきた。雄一は「お前も一人なのか」と呟きながら猫を撫でてやった。


「どうされましたか」


 顔を上げると、腰の曲がった老女がニコニコしながら、雄一を眺めていた。そして、雄一の足元にいる猫を抱き上げた。


「すみません。あなたの飼い猫だとは知らずに」


「いえ、構いませんよ」


「ありがとうございます。辛いことがあったのですが、猫を撫でていたら少し気分が落ち着きました」


「そうでしたか。それはよかったです」


 老女は雄一に優しく微笑みかけた。それから、少し何かを考えるそぶりを見せてから、口を開いた。


「あの、猫がお好きなんでしたら私の家に来ませんか。私、たくさん猫を飼ってるんです」


 老女の家までは建物の間の狭い道をいくつも通らなければならかった。辛抱しつつ、五分ほど歩くと、深い雑木林に囲まれた空き地に出た。

 老女の家はその真ん中にぽつんと建てられていた。その家はまるで、周りから隠れるように存在していた。実際、雄一はこの地域にそれなりに長く住んでいたが、こんな場所があるなんて全く知らなかった。


 老女の言ったとおり、家にはたくさんの猫がいて、足の踏み場に困ってしまうくらいだった。どの猫も人懐っこいようで、何度も体を擦り付けてきた。そして、「にゃー」と何かを訴えるように鳴いた。


「スープを作ってみたのですが、よかったら食べませんか?あたたかいですよ」


 雄一が軽く猫と戯れていると、老女がスープを乗せたお盆を持って現れた。雄一はあまり気が進まなかったが、せっかくの善意を蔑ろにするわけにはいかず、いただくことにした。

 見た目は普通のスープで、にんじんや玉ねぎなどがの具が入っていた。しかし、スープを口に含んだ瞬間、全身に鳥肌が立った。まずいと一言で表現できないようなまずい味ーーあえて言うなら、生ゴミを血で煮込んだかのようだったーーが口に広がったのだ。雄一はたまらずスープを皿に吐き出した。


 雄一は気を紛らわすため、猫と戯れることに集中した。少し落ち着いてきたかなと思ったとき、ある一匹の猫が目についた。妙なことに、雄一はその猫に見覚えがあったのだ。

 雄一は生まれてこのかた、猫を飼ったことはなかったが、その猫だけはよく知っている気がした。雄一はその猫の首輪に文字が書かれていることに気づいた。


「瑞希」


 首輪にはたしかにそう書かれてあった。よく見ると、他の猫にも「愛美」や「美咲」「宏樹」など、普通は猫につけないであろう名前ばかり書かれていた。


 突然、雄一は激しい眩暈に襲われた。焼けるような痛みを皮膚に感じた。押しつぶされるような痛みを骨に感じた。雄一は声にならないうめき声をあげた。そして、雄一はそのままなすすべもなく気を失ってしまった。


「目覚めたかい?」


 雄一は老女の低くしゃがれた声で目を覚ました。上を向くと巨大な老女がいた。そこで雄一は確信した。こいつは化け物だ。こいつが瑞希を攫ったのだ。雄一は老女に向かってこう叫んだ。


「にゃー‼︎」

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