第2話
夏休みも終わりに近づいたある日、ユメは「夢見堂書店」の奥にある小さな書斎で、不思議な栞を手に取っていた。先週、この栞で初めて本の世界に飛び込んだ経験は、まるで夢のようだった。
「ねえ、リョウタ。今日はどの本の世界に行ってみる?」
ユメは、隣で古い絵本を眺めていた親友のリョウタに声をかけた。リョウタは少し緊張した様子で顔を上げ、ユメを見つめた。
「う、うん...でも、本当に大丈夫かな? 前回みたいに、物語の中で迷子になったりしないよね?」
ユメは優しく微笑んだ。「大丈夫だよ。今度は準備もバッチリだし、二人で行けば怖くない」
そう言いながら、ユメは栞を手に取り、机の上に広げられた一冊の古い本に近づけた。その瞬間、栞が不思議な光を放ち始める。
「さあ、行こう!新しい冒険が待ってるよ!」
ユメの声が響く中、二人の姿が光に包まれ、徐々に本の中へと吸い込まれていった。彼らが消えた後、書斎には静寂が戻り、ただ一冊の開かれた本だけが、その場に残されていた。
光が消えると、ユメとリョウタは見慣れない森の中に立っていた。木々は巨大で、枝葉が空を覆い尽くすほどに生い茂っている。どこか不気味さを感じさせる雰囲気だ。
「ここは...どこの物語かな?」リョウタが不安そうに周囲を見回す。
ユメは持参した本を開き、ページをめくった。「えっと...『ヘンゼルとグレーテル』みたい。でも、何かが違う気がする」
その時、遠くから悲しげな泣き声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、声の方向へと歩き始めた。
しばらく進むと、一軒の小さな家が見えてきた。その前で、一人の少女が膝を抱えて泣いていた。
「あの、大丈夫?」ユメが優しく声をかける。
少女は顔を上げ、驚いたように二人を見つめた。「あなたたち...誰?ここにいるはずのない人たち...」
「私たちはユメとリョウタっていうの。あなたの名前は?」
「私は...グレーテル」少女は躊躇いがちに答えた。
ユメとリョウタは驚きの表情を交わした。確かにこれは『ヘンゼルとグレーテル』の世界だ。しかし、何かが違う。グレーテルは一人で、ヘンゼルの姿が見当たらない。
「グレーテル、どうして泣いてたの?」リョウタが尋ねる。
グレーテルは再び涙ぐみながら答えた。「兄のヘンゼルが...消えてしまったの。お菓子の家のおばあさんを退治してから、兄が突然姿を消してしまって...」
ユメは不吉な予感を感じた。これは単なる物語の進行ではない。誰かが意図的に物語を変えようとしている。そう、きっと「物語泥棒」の仕業に違いない。
「大丈夫、私たちが一緒にヘンゼルを探すのを手伝うわ」ユメは決意を込めて言った。
その瞬間、森の奥から不気味な笑い声が響いてきた。三人は身を寄せ合い、声の方向を見つめる。
木々の間から、黒いマントを身にまとった人影が現れた。「ようこそ、小さな冒険者たち。私の作り変えた物語の世界へ」
ユメは身構えながら叫んだ。「あなたが物語泥棒? どうして物語を壊そうとするの?」
人影は薄気味悪く笑った。「壊す? いいや、私は物語を...進化させているのさ」
リョウタが震える声で言う。「ユメ...どうしよう」
ユメは深呼吸をして、栞を強く握りしめた。「大丈夫、絶対にこの物語を元に戻してみせる。グレーテル、一緒にヘンゼルを探しましょう」
三人は互いの手を取り合い、暗い森の奥へと踏み出した。彼らの前には、予想もしない困難が待ち受けているかもしれない。しかし、ユメは決して諦めない。なぜなら、これは彼女たちが守るべき大切な物語なのだから――
森の奥へと進むにつれ、周囲の景色が徐々に変化していった。木々の幹は歪み、葉は不自然な色を帯び始める。ユメ、リョウタ、そしてグレーテルは、まるで悪夢の中を歩いているかのような感覚に陥った。
「ねえ、ユメ」リョウタが小声で言う。「この森、どんどん『ヘンゼルとグレーテル』らしくなくなってるよ」
ユメもそれを感じていた。「うん...物語泥棒が物語を書き換えているんだと思う」
突然、グレーテルが立ち止まり、指さした。「あそこ!何か光ってる!」
三人が目を凝らすと、木々の間に小さな光の粒が漂っているのが見えた。その光は、まるで何かを伝えようとするかのように、ゆっくりと動いている。
「これって...」ユメが栞を取り出す。「栞が反応してる。きっとこの光は、本来の物語の痕跡なんだ」
リョウタが提案する。「じゃあ、この光を追いかければ、ヘンゼルが見つかるかも」
三人は光を追いかけ、深い森の中へと入っていった。道なき道を進むうち、彼らは小さな空き地に辿り着いた。そこには、大きなお菓子の家が建っていた。
「ここが魔女のお菓子の家...」グレーテルがつぶやく。「でも、前とは全然違う」
確かに、家はお菓子でできているものの、その姿は不気味に歪んでいた。壁は溶け、窓は砕け散り、屋根は崩れかけている。
ユメは慎重に家に近づき、中を覗き込んだ。「誰かいる?ヘンゼル?」
するとその瞬間、家の中から突然強い風が吹き出し、三人を巻き込んだ。目が眩むような光の渦に巻き込まれ、気がつくと彼らは全く別の場所に立っていた。
そこは広大な図書館のような空間だった。無数の本棚が天井まで伸び、床には開かれた本が散乱している。そして中央には、一人の少年が宙に浮かんでいた。
「ヘンゼル!」グレーテルが叫ぶ。
しかし、ヘンゼルは反応しない。彼の周りには、まるで鎖のように物語の文字が絡みついていた。
「よくぞここまで辿り着いたね」
振り返ると、そこには先ほどの物語泥棒が立っていた。今度ははっきりとその姿が見える。白髪の老人で、目には悲しみの色が宿っていた。
「なぜこんなことをするの?」ユメが問いかける。
老人は深いため息をついた。「物語は生きもの。そのままでは古び、忘れ去られていく。私は物語に新しい命を吹き込もうとしているんだ」
「でも、それは間違ってる!」リョウタが食い下がる。「物語には、そのままの形で大切にされる価値があるんだ!」
ユメは栞を掲げ、決意を込めて言った。「私たちが、物語の本当の力を見せてあげる」
栞が輝きを増し、部屋中の本が開き始めた。様々な物語から主人公たちが現れ、ヘンゼルを取り巻く文字の鎖に触れていく。
シンデレラ、アラジン、ピノキオ...次々と現れる物語の主人公たち。彼らの想いが重なり、ヘンゼルを縛る鎖が徐々に解けていく。
「これが...物語の本当の姿」ユメは静かに言った。「一つ一つが繋がり、支え合って生きている」
物語泥棒の老人の目に、涙が浮かんだ。「私は間違っていた...物語は、このままでも十分に生きているんだね」
ヘンゼルを縛っていた鎖が完全に解け、彼はゆっくりと床に降り立った。グレーテルは駆け寄り、兄を抱きしめた。
部屋の空気が変わり始め、まるで霧が晴れるように、歪んでいた図書館の風景が元の『ヘンゼルとグレーテル』の世界へと戻っていく。
ユメは老人に近づき、優しく手を差し伸べた。「一緒に、もっとたくさんの人に物語の素晴らしさを伝えませんか?」
老人は小さく頷き、ユメの手を取った。
そして...
光が徐々に薄れ、ユメたちの周りの景色が元の森に戻っていく。ヘンゼルとグレーテル、そして改心した老人(かつての物語泥棒)も一緒だ。
「あれ?」リョウタが不思議そうに周りを見回す。「僕たち、まだ本の中にいるの?」
ユメは栞を確認し、首を傾げた。「うん、そうみたい。でも、何か違和感がある...」
その時、森の奥から何かが近づいてくる音が聞こえた。みんなが身構える中、木々の間から現れたのは...一匹の大きな狼だった。
「まさか、」ユメが息を呑む。「『赤ずきん』の狼?」
狼は彼らの前で立ち止まり、人間の言葉で話し始めた。「よく来てくれた、若き物語の守護者たちよ」
一同が驚いている間に、狼の周りに光が満ち、その姿が変化していく。目の前に現れたのは、長い白髪とひげを持つ老人だった。
「私は、この物語世界の管理人じゃ。君たちの活躍を見守っておった」
ユメが尋ねる。「管理人...ってどういうことですか?」
老人は穏やかに微笑んだ。「この世界は、すべての物語がつながる特別な場所じゃ。物語が忘れられそうになると、ここに避難してくる。君たちは、その大切さを証明してくれた」
かつての物語泥棒が申し訳なさそうに頭を下げる。「私は...物語を守ろうとして、逆に傷つけてしまった」
「いいえ」ユメが優しく言う。「あなたのおかげで、私たちは物語の本当の力に気づけました」
管理人が杖を掲げると、周囲に光の粒子が舞い始めた。「さて、君たちにはお願いがある。この世界と現実世界をつなぐ『物語の番人』になってほしい」
リョウタが驚いて声を上げる。「僕たちが?でも、どうすれば...」
「その栞が導いてくれるじゃろう」管理人がユメの持つ栞を指さす。「必要な時に、君たちをここへ招くはずじゃ」
ヘンゼルが一歩前に出る。「僕たちも、ここで物語を守る手伝いをします」
グレーテルも頷く。「ええ、これが私たちにできることだもの」
ユメは決意を込めて言った。「分かりました。私たち、物語の番人になります!」
管理人が満足げに頷く。「よかろう。では、そろそろ君たちの世界に戻る時間じゃ。また会おう、若き番人たちよ」
光が強くなり、ユメとリョウタの視界が白く染まっていく。目を開けると、二人は「夢見堂書店」の書斎に戻っていた。
「ユメ!」と、母の声が聞こえる。「お客さんが来てるわよ」
現実世界での時間はほんの少ししか経っていなかったようだ。
リョウタがユメに向かって小声で言う。「す、すごい冒険だったね...」
ユメは栞を大切そうに胸に抱き、微笑んだ。「うん。でも、これはまだ始まりなんだと思う」
二人は意味深な視線を交わし、書斎を出て行った。店内には、小学生らしき男の子が一人で本を眺めている。
「いらっしゃい」ユメが声をかける。「何か探してる本はある?」
男の子は少し照れくさそうに答えた。「え、えっと...冒険の物語が読みたくて」
ユメとリョウタは顔を見合わせ、にっこりと笑う。「それなら、ぴったりの本があるわ」
ユメは棚から一冊の本を取り出し、男の子に手渡した。表紙には『夢見る本屋さんと魔法の栞』と書かれている。
「これ、どんなお話なの?」男の子が興味深そうに尋ねる。
ユメは自信に満ちた声で答えた。「それはね、本の世界の冒険を描いた物語なんだ。読んでみたら、きっと君も冒険に出られるよ」
男の子の目が輝いた。「わあ、面白そう!借りていい?」
「もちろん」ユメが本を手渡しながら言う。「楽しんでね」
男の子が嬉しそうに本を抱えて去っていくのを見送りながら、ユメとリョウタは静かに微笑み合った。彼らの新しい冒険は、まだ始まったばかり。これからどんな物語が待っているのか、二人の胸は期待で膨らんでいた。
書店の外では、夏の日差しが輝いていた。新しい物語の始まりを告げるかのように...
その日の夕方、夢見堂書店の閉店後。ユメとリョウタは2階の居間で、今日の出来事について話し合っていた。
「ねえリョウタ、私たち本当に『物語の番人』になれるのかな」ユメは不安そうに呟いた。
リョウタも真剣な表情で答える。「正直、僕にもよく分からないよ。でも、あの管理人が選んでくれたんだ。きっと理由があるはずさ」
その時、ユメのポケットから栞が淡く光り始めた。二人が驚いて栞を取り出すと、そこには見たこともない文字が浮かび上がっていた。
「これって...」リョウタが目を凝らす。「暗号?」
ユメは慎重に栞を開いてみる。すると、文字が踊るように動き、日本語に変化していった。
『若き番人たちへ。
君たちの最初の任務が始まる。
忘れ去られようとしている物語を救うのだ。
手がかりは「眠れる森の美女」にある。
急ぐのだ、時間がない』
メッセージを読み終えるや否や、栞から一筋の光が放たれ、部屋の壁に投影された。そこには、見知らぬ街の風景が映し出されている。
「これって...」ユメが息を呑む。「私たちの町じゃない」
リョウタが頷く。「うん、どこか外国の街みたいだ」
投影された景色の中で、一軒の古びた建物が光っていた。それは小さな図書館のようだ。
「行かなきゃ」ユメが決意を込めて言う。「でも、どうやって?」
その瞬間、栞が二人の手の中で震え、まばゆい光に包まれた。目を開けると、ユメとリョウタは見知らぬ街の路地に立っていた。
「わあ...」リョウタが周りを見回す。「本当に来ちゃった」
ユメは栞を確認する。「うん、でもここはまだ現実世界みたい。物語の中には入ってないよ」
二人は慎重に歩を進め、光っていた図書館へと向かう。街灯に照らされた石畳の道、レンガ造りの建物...すべてが異国情緒にあふれている。
図書館の前に立つと、扉には「閉館」の札がかかっていた。しかし、中からかすかに物音が聞こえる。
「誰かいるみたい」リョウタが小声で言う。
ユメは勇気を出して、ノックをした。しばらくして、年老いた女性が扉を開ける。
「まあ、こんな時間に子供たちが...どうしたの?」
ユメは深呼吸をして答えた。「あの、私たちは『物語の番人』です。『眠れる森の美女』の物語について、何か知りませんか?」
老女の目が大きく見開かれた。「まさか...あなたたちが...」
彼女は周りを見回してから、二人を中に招き入れた。図書館の中は、古い本の匂いでいっぱいだった。
老女は小声で話し始めた。「実は...この街から『眠れる森の美女』が消えつつあるの。みんなが物語を忘れていって...このままでは、物語そのものが消えてしまう」
「どうしてそんなことが?」リョウタが驚いて聞く。
「それが...」老女が答えようとした瞬間、図書館全体が揺れ始めた。
本棚から本が落ち、天井からは埃が降ってくる。そして突然、部屋の中央に黒い渦が現れた。
「いけない!」老女が叫ぶ。「物語が崩壊し始めている!」
ユメは咄嗟に栞を掲げた。「リョウタ、一緒に!物語の中に入るわよ!」
リョウタがユメの手を取る。栞が強く光り、二人の姿が渦に吸い込まれていく。
「気をつけて!」老女の声が遠のいていく。「物語を救って!」
光が消え、ユメとリョウタの意識が遠のいていく。彼らを待っているのは、崩壊しかけた『眠れる森の美女』の世界。そこで二人は、想像もしなかった試練に直面することになる...。
目を開けると、ユメとリョウタは見慣れない森の中にいた。周囲の木々は不自然なほど静かで、葉一枚動いていない。
「ここが...『眠れる森の美女』の世界?」リョウタが周りを見回しながら呟いた。
ユメは栞を確認する。「うん、間違いないわ。でも...何かがおかしい」
確かに、物語の世界なのに、どこか色あせて見える。木々の緑も、空の青さも、すべてが薄れているような印象だ。
突然、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。二人が身を隠すと、一人の騎士が馬に乗って通り過ぎていく。しかし、その姿もどこか透き通っているように見えた。
「あれ、王子様?」ユメが小声で言う。「でも、なんだか...存在が薄い」
リョウタが頷く。「うん、まるで...消えかけてるみたい」
その時、騎士の姿が突然歪み始めた。まるでテレビの電波が乱れたように、騎士と馬の輪郭がぼやけ、一瞬にして消えてしまう。
「消えちゃった...」リョウタが驚いて声を上げる。
ユメは真剣な表情で言った。「物語が忘れられているから、登場人物も消えていってるのね」
二人は急いで森を進み、物語の舞台となるお城を目指す。道中、次々と不思議な光景に遭遇する。踊っていた妖精たちが突然消え、道具を持っていた小人たちの姿が透明になっていく。
やがて彼らは、茨の生い茂った巨大な城壁にたどり着いた。
「ここよ」ユメが言う。「眠れる森の美女が眠っているはず」
しかし、城壁を越える方法が見当たらない。茨はあまりにも密集していて、簡単には通り抜けられそうにない。
「どうしよう...」リョウタが途方に暮れる。
その時、ユメの持つ栞が再び光り始めた。栞から放たれた光が茨に触れると、茨が少しずつ萎れ、道を作り始める。
「行けるわ!」ユメが叫ぶ。「急ぎましょう!」
二人は栞の光に導かれながら、茨の間を縫うように進んでいく。城内に入ると、そこはまるで時が止まったかのような光景が広がっていた。兵士も、召使いも、みんな眠っている。
「王女様はどこ?」リョウタが周りを見回す。
ユメは直感的に塔を指さした。「あそこよ。きっと一番上にいるはず」
二人が塔を駆け上がっていくと、突如として地面が揺れ始めた。窓の外を見ると、城全体が少しずつ崩れ始めている。
「物語が...消えかけてる!」リョウタが叫ぶ。
ついに最上階にたどり着くと、そこには一人の美しい王女が眠っていた。しかし、その姿も徐々に透明になりつつある。
ユメは王女のそばに駆け寄り、栞を掲げる。「どうすればいいの?どうすれば物語を救えるの?」
その瞬間、栞から強い光が放たれ、部屋中を包み込んだ。光の中から、かすかな声が聞こえてくる。
「物語を...思い出して...」
ユメとリョウタは顔を見合わせた。そうか、物語を救うには、物語そのものを再現しなければならないのだ。
「王子様!」ユメが叫ぶ。「王子様の口づけで、王女様は目覚めるの!」
しかし、王子はさっき消えてしまった。二人は焦りながらも、必死に考える。
そのとき、リョウタが決意に満ちた表情で一歩前に出た。「僕がやるよ」
ユメは驚いて見つめる。「リョウタ...」
リョウタは震える手で王女の頬に触れ、そっと唇を寄せた。
その瞬間...
リョウタが王女の唇に触れた瞬間、まばゆい光が部屋中を包み込んだ。ユメは目を細めながらも、必死にその光景を見守る。
突然、王女のまぶたがわずかに動いた。そして、ゆっくりと目を開ける。
「あ...」王女が小さく声を漏らす。「私は...」
しかし、王女の言葉は途中で途切れた。彼女の姿が再び透明になり始めたのだ。
「だめ!」ユメが叫ぶ。「まだ物語が完成していない!」
リョウタは焦りながらも、冷静に考えようとする。「そうだ、物語には続きがある。王子様と王女様は...」
「結婚するの!」ユメが言葉を継ぐ。「そして、みんなで幸せに暮らすはず!」
二人は顔を見合わせ、うなずき合う。リョウタが王女の手を取り、ユメが栞を掲げる。
「私たちの力で、この物語を完成させましょう」ユメが決意を込めて言う。
栞から放たれた光が、三人を包み込む。光の中で、ユメとリョウタは物語の結末を心の中で描き始めた。王子と王女の結婚式、城中の人々が目覚め喜ぶ様子、そして幸せな結末...。
すると不思議なことが起こり始めた。部屋の中に、まるでホログラムのように様々な情景が浮かび上がる。結婚式の様子、踊る人々、祝福の言葉...。そして、それらの映像が徐々に実体化していく。
王女の姿も次第にはっきりとし、彼女の周りに華やかなドレスが現れる。城全体に生気が戻り、崩れかけていた壁や天井が元通りになっていく。
窓の外を見ると、枯れかけていた木々が緑を取り戻し、鳥のさえずりが聞こえ始める。
「戻ってる...」リョウタが感動した様子で呟く。「物語が蘇ってる!」
ユメも目を輝かせながら頷く。「私たちの想像力が、物語を救ったのね」
その時、部屋に新たな人物が現れた。それは立派な衣装を身にまとった王子だった。
王子は驚いた様子で辺りを見回し、そしてユメとリョウタに気づく。「君たちは...この物語を救ってくれたのかい?」
二人が答える前に、王女が優しく微笑みかける。「ありがとう。二人の勇気と想像力のおかげで、私たちは再び存在することができたわ」
ユメとリョウタは照れくさそうに頭を下げる。
突然、栞が再び光り始めた。二人は驚いて栞を見つめる。
「帰らなきゃいけない時間みたい」ユメが少し寂しそうに言う。
王子と王女は深々と頭を下げた。「本当にありがとう。君たちのおかげで、この物語は永遠に語り継がれることでしょう」
リョウタが決意を込めて言う。「僕たち、これからもたくさんの物語を守っていきます」
ユメも頷く。「ええ、『物語の番人』として、私たちにできることをやっていくわ」
栞の光が強くなり、ユメとリョウタの姿が徐々に薄くなっていく。二人は最後に王子と王女に手を振り、そして...。
目を開けると、二人は再び夢見堂書店の居間にいた。外はすっかり夜になっている。
「ただいま」ユメが小さく呟いた。
リョウタはまだ興奮冷めやらぬ様子で言う。「すごい経験だったね。でも、これからもっとたくさんの冒険が待ってるんだろうな」
ユメは栞を大切そうに胸に抱きしめる。「うん。私たちの物語は、まだ始まったばかり」
その時、階下から声が聞こえてきた。
「ユメ、リョウタ!こんな時間まで何してるの?早く寝なさい!」
二人は思わず笑い出す。現実世界では、ほんの数時間しか経っていなかったのだ。
「はーい!」二人で声を合わせて答える。
ユメとリョウタは意味深な視線を交わし、明日への期待を胸に秘めながら、それぞれの家路についた。彼らの前には、まだ見ぬ多くの物語の冒険が待っている...。
翌朝、ユメは早起きして夢見堂書店の開店準備を手伝っていた。昨夜の冒険が夢だったのではないかと思うほど、日常は平穏に流れている。
そんな中、店の入り口のベルが鳴り、リョウタが息を切らせて駆け込んできた。
「ユメ!大変だよ!」
ユメは驚いて振り返る。「どうしたの、リョウタ?」
リョウタは周りを見渡し、小声で言った。「今朝、町の図書館の前を通ったら、昨日会った外国の老婦人がいたんだ」
「えっ?」ユメは目を丸くする。「あの図書館の...?」
リョウタが頷く。「うん。でも、周りの人は誰も彼女に気付いていないみたいだった。それに...」
彼は言葉を詰まらせ、ポケットから一枚の紙を取り出した。それは古ぼけた羊皮紙のようなもので、不思議な文字が書かれている。
ユメが紙を受け取ると、文字が踊るように動き、読める形に変化した。
『若き番人たちへ
君たちの次なる使命が待っている
忘れられた物語たちが、現実世界に漏れ出している
彼らを元の世界に戻し、物語の秩序を守るのだ
手がかりは、真夜中の時計塔にある』
「これって...」ユメが息を呑む。
リョウタが頷く。「うん、また私たちに任務が与えられたみたいだ」
その時、店の奥から物音が聞こえた。二人が振り返ると、昨日出会った老婦人が立っていた。しかし、彼女の姿はところどころ透明になっている。
「お願い...」老婦人が か細い声で言う。「私たちを...助けて...」
そう言うと、老婦人の姿が風に舞う砂のように崩れ、消えてしまった。
ユメとリョウタは言葉を失い、互いの顔を見つめ合う。
「どうしよう...」ユメが不安そうに呟く。
リョウタは決意に満ちた表情で言った。「行くしかないよ。私たちにしかできないんだ」
ユメも気持ちを奮い立たせる。「そうね。でも、どうやって...」
その瞬間、栞が淡く光り始めた。二人は顔を見合わせ、頷き合う。
「よし、準備をして...」ユメが言いかけたとき、店の入り口のベルが再び鳴った。
振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。長い黒髪と、どこか悲しげな瞳が印象的だ。
「あの...」少女が恥ずかしそうに言う。「私、迷子になってしまって...」
ユメとリョウタは、この少女が普通の迷子ではないことを直感的に感じ取った。彼女の周りには、かすかに物語の世界の雰囲気が漂っている。
「大丈夫よ」ユメが優しく微笑みかける。「私たちが助けてあげる」
リョウタも頷く。「うん、一緒に帰り道を探そう」
少女の顔が少し明るくなる。「ありがとう。私の名前はアリス。どこにいるのかも、どこから来たのかもわからなくて...」
ユメとリョウタは、またしても顔を見合わせた。アリス...まさか『不思議の国のアリス』の...?
「よし、一緒に行こう」ユメが決意を込めて言う。「きっと、あなたの帰り道が見つかるはず」
三人が店を出ようとしたその時、空がかすかに歪み、遠くで時計の音が鳴り響いた。
新たな冒険の幕開けだ。ユメとリョウタは、物語の世界と現実世界の狭間で、予想もしない出来事に巻き込まれていくことになる...。
ユメ、リョウタ、そしてアリスの三人は、夢見堂書店を後にした。街の様子は一見普段と変わらないように見えたが、よく観察すると所々に違和感があった。道行く人々の中に、どこか異質な雰囲気を漂わせる者がいたり、建物の一部が不自然に歪んでいたりする。
「物語の世界が、現実に漏れ出しているのね」ユメが呟く。
リョウタが頷く。「うん、僕たちにしか見えていないみたいだけど」
アリスは困惑した様子で周りを見回している。「ここは...私の知っている世界とは違うわ」
三人は町の中心にある大きな時計塔へと向かった。羊皮紙に書かれていた「真夜中の時計塔」という手がかりを頼りに、何かを見つけ出せるかもしれない。
時計塔に近づくにつれ、周囲の景色がますます歪んでいく。空には不思議な模様が浮かび、地面からはキノコや花が突如として生えてきた。まるで『不思議の国のアリス』の世界と現実が溶け合っているかのようだ。
時計塔の前に立つと、大きな扉が現れた。扉には12個の文字盤が描かれており、それぞれの針が不規則に動いている。
「これ、解かなきゃいけないパズルみたい」リョウタが言う。
ユメは栞を取り出し、その力を借りて文字盤の意味を探ろうとする。すると、栞から放たれた光が文字盤に触れ、針が一斉に動き出した。
「わかった!」ユメが声を上げる。「これ、12の物語を表しているの。それぞれの時間が、物語の始まりと終わりを指しているわ」
三人で協力し、物語の順序を正しく並べていく。アリスの物語、シンデレラ、眠れる森の美女...次々と針が正しい位置に収まっていく。
最後の針が定位置につくと、扉が大きな音を立てて開いた。中からは眩い光が溢れ出している。
「ここから先は、きっと大冒険が待っているわ」ユメが言う。
リョウタも頷く。「うん、でも僕たちなら大丈夫だ」
アリスは少し不安そうだが、決意を込めて言った。「私も...私の物語を取り戻すために、一緒に行くわ」
三人は手を取り合い、光の中へと踏み出した。彼らの前には、数々の物語が織りなす壮大な世界が広がっている。そこでユメたちは、物語を救い、現実世界と物語世界のバランスを取り戻す旅に出るのだ。
その瞬間、夢見堂書店では、新しい本が書棚に現れた。表紙には『夢見る本屋さんと魔法の栞 ~12の物語を巡る冒険~』と書かれている。物語は、まだ始まったばかりなのだ。
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