第24話 アリスサイド07——光属性のアリス姫が闇落ちした理由——

 ドラゴンシリーズの防具といえば、人跡未踏のダンジョンを探索する冒険者、あるいは危険極まるS級モンスターを討伐する戦士……それらの者が装備するものである。


 たかだが街の近隣の森を探索するにこんな装備をするものはいない。


 ここらに出没する魔獣程度では正直にいってやり過ぎといっていい。


 周辺に生息する魔獣の牙では今のわたしの装備に対しては文字通り歯も立たないだろう。


 近衛の者だって、森を通る時にここまでの装備をわたしにはさせなかった。


 もちろん今はわたしの側にはライナスしかいないから状況は違うけれど……。


 それでもあまりにも過保護な気がする。

 

 そのとうのライナスの装備はといえば……かなり最低限度の貧弱なものとなっている。


 ライナスの態度や言動から察するにどうやらわたしの装備を整えるために過剰な出費を強いられて、ライナス自身の装備まで手が回らなかったと見て間違いないのだが……。


 そういえば魔獣狩りをすると言ってから、ライナスの食事や服装が目に見えて貧相なものになった気が……。


 やはり、あれはわたしの装備を整えるために、ライナスの金貨のほぼ全てを費やしてしまったから……なのだろうか。


 それにしても……まったく意味がわからない。


 なぜ奴隷のわたしの防具にここまでの労力をかけるのか。


 なによりも、主人たる彼の装備よりも奴隷であるわたしの装備をなぜ優先するのか……。


 あげくの果てにはライナス自身が先頭に立ち、ドラゴンシリーズで万全フル装備のわたしは彼に守られるようにその後ろを歩いている。


 ライナスはよほど腕に自信でもあるのだろうか……。


 しかしその割には先程から、


「だ、大丈夫だ……俺にはゲームの知識がある。こ、この装備でも……な、なんとかなるはずだ」


 と、よくのわからないことをつぶやいているだけで、あからさまにライナスは怯えているように見える。


 ライナスがわたしのことを大事にしてくれることはとても嬉しいし、ありがたいのだけれど……。


 もう少しライナスは自分のことを気にかけた方がいいのではないか。


 ライナスはあまりにも優しすぎる。


 ……って……ま、まただ!


 ま、またしても、わたしはライナスの術中にかかってしまっている。


 これはライナスの作戦の一つなのだ。


 わたしの心を彼に惹きつけようとする彼の作戦に過ぎない。


 ら、ライナスがわたしのことを大切に扱っている……というのは単なる演技なのだ!


 し、しかし……それにしても、こんな危険なことまでするだろうか。


 ライナスは真実わたしのことを——。


 と、不意にガサリと大きな物音がした。


 同時に、わたしは前方にとても大きな黒い影が視界を横切ったのに気づいた。


 ほぼ同時に、ライナスが大きな声を上げる。


「あ、アリス! 下がれ!」


 わたしはその影の正体を知る。


 あまりも巨大すぎる犬がライナスの前にいた。


 いや……巨大な犬の頭が3つあるから、これは犬などという生易しいものではない。


 これは……まさか王宮の文献で見た——


「け、ケルベロス……な、なんでこんな序盤に……い、いや……そういえばレアモンスターでたまに遭遇することがあったか……け、経験値はおいしいけど……初バトルがこれは……ま、まずい……」


 ライナスも動揺を隠しきれないのか、うわずった声を上げながら、よくわからないことを口にしている。

 

 ケルベロスの方も当然わたしたちの存在にすぐに気がつく。


 そして、その瞬間、ケルベロスは警戒体勢に入ったのか、大きな唸り声を上げた。

 

 わたしはその雄叫びを聞いて、思わず体が硬直してしまった。

 

 魔獣と遭遇するのは何もこれが初めてという訳ではない。


 近衛の者と一緒に魔獣と闘ったことはわたしにはある。

 

 それなりに剣にだって覚えはある。


 そこらの魔獣相手ならば一人でも対処できる自信だってある。

 

 けれども……今わたしの目の前にいる魔獣……ケルベロスはそれらとは根本的に違っていた。

 

 対峙しただけでわたしは否応なしに彼我の実力差をその身に思い知らされていた。


 そして……死の予感を……。


 わたしは巨大な魔獣を前にしてただ怯え、動くことができずにいた。

 

 ケルベロスはライナスとわたしをジロリと見比べると、わたしの方を見る。

 

 そして、再び咆哮を上げる。

 

 来る……わたしはその瞬間、ケルベロスがわたしを狙っていることを察した。

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