第45話 奴隷商人が帝国と争う=自殺行為

「ミレーヌ……あなたは本当に単純で子供ですね。帝国とことを構えるということがどういうことなのかまるで理解していない。このざまでは、ご主人の覇道にとって、ご迷惑になるだけですよ」


 と、そこにアリスが大げさにため息をついて、話に入ってくる。


「なにを……もう一度言ってみなさい! アリス! わたしのどこがライナス様の邪魔になるというの! この街を侵略しにきた帝国兵の首を穫るのは当然よ。まさかアリスこの期に及んで怖気づいたの!?」


 ミレーヌが気色ばんで、アリスに反論する。


 帝国に対する恨みは、アリスもミレーヌと同程度に深いものだと思っていたが……。


 やはりアリスはいささか直情的なミレーヌと違って冷静なのだろう。


 よし……これでアリスがミレーヌを早まった行動をしないように説得してくれれば——。


「わたしが今さら帝国に反旗を翻すことに恐れを抱くわけないでしょう。ずっと……機会を待っていたのだから……。ただあなたのやり方が浅はかだと指摘しただけです。数十人の兵……ということは彼らはあくまで先遣隊、本隊は別にいるということです。先遣隊を殲滅するより本隊を潰す方が重要です。それにこれからのご主人様の覇道を考えれば、帝国に与える最初のインパクトは強烈な方がいい。その方がご主人様の偉大さを帝国に……いえ大陸中に轟かすことができる……。フフ……そうですよね? ご主人様」


 アリスはそう言うと、その美しい顔をニンマリとさせて、妖しく微笑む。


「え!? いや……うん……まあ……」


 と、俺は肯定とも取れるような曖昧な返答をしてしまう。

 

 実際のところ、俺はアリスの言っていることの半分も理解していなかったのだが……。


 わからなくてもとりあえずなんとなく肯定してしまうという悪癖が俺にはある。


「そ、そうなのですか!? す、すいません。ライナス様……わたし……そこまで深くは考えていなかった……」


 と、ミレーヌがシュンとなる。


 アリスはその様子を見て、


「フフ……そういうことです。ミレーヌ、わたしはあなたと違って、ご主人様の第一の下僕として、ご主人様の深謀遠慮のお考えをしっかりと理解しているのです。これで……わかったでしょう? この屋敷に住まい、ご主人様のお側にいる資格がどちらにあるのか……」


 と、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「うう……わたしはアリスほど賢くはないけど……でも……わたしだってライナス様のお役には立てるわ。要するにその先遣隊だけじゃなくて、本隊の奴らの首も全部獲ってくればいいんでしょ!」


「ふ……ミレーヌ……あなたには魔法の素養はないでしょう。先遣隊くらいならあなたの野蛮な爪でもなんとかなるでしょうけれど、帝国の本隊となると数百人はいるはず。あなたでは役不足です。わたしの魔法なら迅速に無力化できます」


「そ、そんなことない! 時間はかかるけど、帝国兵の数百人くらいわたし一人で——」


「そんな無様な勝利ではご主人公様の威光に泥を塗ることになります。わたしならばもっと効率的に相手を殲滅させることができます」


 俺はなおも盛り上がる二人の言い争いを聞きながら、ようやくことの重大さに気づき、憂鬱な気分に陥っていた。


 ……ダメだ。


 アリスはミレーヌを止めるどころではない。


 ただアリスはもっと大規模に帝国と一発ことを起こそうとしているだけだ。


 考えてみたらアリスだって、帝国に対する憎悪はミレーヌに引けをとらないに決まっている。


 アリスは家族を帝国に殺されているのだからな。


 問題なのは、アリスもミレーヌもなぜか俺を全面的に矢面に立たせようとしている点だ。


 いったいなぜ単なる奴隷商人の俺を帝国との闘いなどという無謀な行為に引っ張りだそうというのだ。


 いやまてよ……まさか……そうか……そういうことなのか。


 彼女たちは俺を体のよいおとり、隠れ蓑にして、帝国と争うとしているのか。


 アリスは帝国に滅ぼされた王国の姫だし、ミレーヌにしたって亜人の部族においてそれなりの地位にあった娘である。


 彼女たちを旗印にして帝国と争えば、帝国は本格的な反乱の匂いを嗅ぎつけて警戒するだろう。


 が、一介の奴隷商人の俺が、帝国軍に逆らうなどというのは、普通に考えて気の狂った男の所業である。


 当然帝国もそう判断するだろう。


 それに、アリスもミレーヌも俺の奴隷である。


 まさか帝国も奴隷が裏で手を引いているとは思わないだろう。


 そして、そんな奴隷が帝国兵に危害を加えたならば、当然その責任は主人である俺が負わなければならない。


 というよりも、むしろ俺の指示によるものだと思われるだろう。


 要するにアリスたちは俺を捨て駒にして、自らの目的を達成しようとしているのではないか。


 彼女たちからすれば、俺が帝国に捕らえられて処刑されれば奴隷からも解放される。


 帝国への復讐も果たせる。


 まさに一石二鳥である。


「ご主人様……どうされましたか?」


「ライナス様、どうしたんですか?」


 俺は相当顔色が悪くなっていたらしく、アリスとミレーヌが怪訝な顔を浮かべている。

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