幕間2
幕間2 最低エルフは『逆』追放系主人公のようです
リマが氷漬けになる一年前。
ゲーム開発会社「ロングロング・アゴー」の社員であるリグレは、社長室に呼び出されていた。
「きたか、リグレ……」
「は、はい……」
社長はリグレのことを冷たいまなざしで睨みつけた。
社長の種族は悪魔だ。……契約や約束には恐ろしく厳しい。
「お前、今日なんで呼ばれたか分かってるだろうな?」
「は、はい……。ゲーム業界のシェアのことですよね……」
3年以内にゲーム業界のシェア1位を奪い返さなければ、クビだとリグレは以前告げられていた。
だが、実際にはヨアンたちの努力の甲斐もあって、追い越すどころか、差は広がる一方だった。
社長は静かに語り掛ける。
「そうだ。お前、この3年何をやってたんだ?」
「え? で、ですが私は……そう! 売り上げを上げるために営業活動を頑張っていましたよ!」
だが、その発言が社長にとってますます怒りを呼ぶものだった。
「頑張った? ……お前の担当地区の売り上げ、今わが社で何位か知ってるんだろうな?」
「え? そりゃ、5位くらいには入ってんじゃないっすか?」
リグレは、この数年間、人気作を卸す代わりに不人気作を一緒に買い取ることを強要する「抱き合わせ販売」を行ってきた。
これのおかげで、少なくとも売り上げは上位をキープしている、そう思っていたのだろうが、社長はその発言に怒りを込めて答える。
「ふざけるな! 貴様の地区は最下位だったんだ。……お前の担当地区の店舗から、何件のクレームが来たと思ってんだ?」
「クレーム、ですか?」
「ああ! 態度が横柄すぎて腹が立つとか、人気作の抱き合わせに不人気作を買わせるのはひどいとか、そんな話ばっかりだ!」
「で、ですがそれで売り上げは伸びていたのでは……」
「最初の1年はな。……だが、その後『セントラル・クリエイト』の新作が出てからどうだ? 一度同じジャンルで1位を奪われたら、その後二度とお前からゲームは買っていないんだ!」
そういうと、社長はゲームの売上表を見せた。
「そんな……」
確かに、抱き合わせ商法を行っていたリグレの店舗は、最初うちこそ売り上げはトップにいた。
だが、ニルセンたちの会社『セントラル・クリエイツ』が各々のジャンルでトップを取るや否や、ロングロング・アゴーの商品の売り上げが一気に落ちている。
「ゲーム市場の売り上げが落ちているから」という言い訳も通用しない。ゲームの市場規模は過去最高を記録しているためだ。
「お前、目先の利益のために会社の信用を売ったんだな……」
そう言われてリグレは必死に首を振る。
「いえ、そんなことは……」
「そんなことは……なんだ?」
そう社長は怒りを込めてつぶやいた。
その発言に、リグレは思わずビクリ、と体を震わせた。
「……店舗の方も、もうお前が店に来るのは嫌だそうだ。新興のゲームショップまで、同じことを言っている」
「いや、そんなバカな……」
そこまで言って、リグレは思い出した。
確か、自分が訪れた店でも『あんたのことは知り合い全員に伝えてやるからな!』と怒鳴られたことを。
その時には『弱者の遠吠え』と思い気にしていなかったが、実際にその話は町中に広がっていたということだ。
それを想い、リグレはがくり、と頭を下げた。
「もう私の言いたいことは分かるな?」
「……はい……けど、もう一度チャンスをください! きっと俺がいないとこの会社は……」
「ああ、この会社はきっと今より良くなるな。お前は『追放して、ようやくありがたみが分かる』ような人材じゃないことは確かだからな」
そう社長は吐き捨てるようにつぶやく。
確かにこの世界では『追放した主人公は、実は超有能で逆に追放した側が困窮する』という物語は数多く存在する。
だが、彼の場合には『追放することで、逆に組織としてプラスに働く』タイプの人材だと社長に判断されているとリグレは気づいた。
「……さあ、今すぐ出ていけ。今日までの給金は払ってやる」
そういうと社長は、決して多く入っているとは言えない金をポン、と置いた。
「くそ……後悔すんなよな、クソ社長!」
彼に出来るのは、せいぜいそう捨て台詞を吐くことだけだった。
リグレはその金を受け取ると、そのまま会社を出た。
それから約一年後、即ちリマが氷漬けになる前日。
リグレはいまだに職が見つからず、貯金が尽きかけていた。
「くそ! 俺がどれだけ会社のために働いてやったと思ってんだ!」
そう言いながら、リグレは場末のピザ屋でやけ酒を飲んでいた。
そこは、ずっと前にニルセンたちを馬鹿にしていた時の店だった。
「おい、親父、いつものよこせよ?」
リグレは、獣人である店主にそう横柄な態度で答えた。
「いつもの、ですか?」
「あん? そうだよ、8年前に来たばかりだろ? もう忘れたのかよ?」
「あの……それって先々代の話ですよね? ……私の祖父の時代じゃないですか……」
彼らのような短命種の獣人はエルフと比較すると、極端に寿命が短い。
その為、リグレが来る前に2回ほど代替わりをしており、彼の顔を覚えているはずもなかった。
「ったく、お前らは短命だから困るな。……まあいいや、なら、トマトのヴィネガー漬けとバーニャカウダをよこせよ」
「え? バーニャカウダはもうとっくに売るのを辞めていまして……」
「はあ? ったくよお。じゃあ、良いよ。グリーンサラダで」
「かしこまりました……」
エルフの時間感覚では、8年など1年弱でしかない。
だが店主たちにとっては50年近い感覚である。当然メニューも様変わりしていてしかるべきなのだが、リグレは『自分たちエルフが世界の基準』という考えを持っているので、その発言の異常さに気づかなかった。
「お待たせしました……」
「ったく。おせえよ」
憮然とした顔で料理を提供した店主からひったくるように食事を奪うと、2杯目の酒をリグレは飲んでいた。
因みに彼らエルフが好きなのは、自然な製法で作られた『どぶろく』系の酒だ。
食事もエルフの特性上、ジャンクフードを嫌い、日持ちしないために利益率が低い野菜ばかり食べる。これもまた、店主からはあまりいい顔で見られていない理由だ。
「ったく……信じられないよな、あのクソ社長」
「だよな。俺達を簡単にクビにしやがって……」
何杯か飲んでいささか酔っぱらったころ合いで、リグレの近くでそのように愚痴を言い合っている二人の男がいた。
「ん? お前らどうしたんだよ?」
「え? ……ああ、俺らは実は会社をクビになって……」
彼らは、リグレに怒りの感情を込めながら話した。
二人は『セントラル・クリエイト』の会社を去年クビになったこと。その理由は、ちょっとした陰口を社長本人に聞かれてしまったことである(5-1 寝取りクソ野郎は現代知識でゲーム業界を無双するつもりです参照)。
そして再就職先が1年たった今でも見つからないことを今でもブツブツと愚痴っていたのである。
「はあ、お前らも似たようなもんか。まあ、今日クビになった俺のほうがまだマシなのかもな……」
「そうかもしれないですね。……リグレさんはどうしてクビに?」
「ああ、うちの会社から、3年以内に『セントラル・クリエイト』に業績が追い付かないとクビとか言われちまってさ」
「3年以内? それ、急すぎますよね?」
因みに彼らの種族は竜族とヴァンパイアだ。
時間間隔はエルフ以上に長い。
「だろ? ……つーか俺もさ。あんたんとこの社長からケチをつけられたことがあってさ。それ以降失敗続きってわけよ……」
「うちの社長ですか?」
「ああ。取引の時に、ちょっとした契約の穴をつかれてさ。そのせいで俺が不利な契約を結ばされたんだよ。あのあたりがケチのつきはじめって感じだな」
因みに、以前(2-4 元パワハラ男はクソな得意先に言ってやりました)の話を覚えている読者はご存じのように、真実は逆である。
リグレは『都合の悪い契約』を半ば騙す形で行っていたものをニルセンに指摘されたことでようやく『まともな契約』に変えた。
だが、その記憶を自分の都合の良いようにリグレは改ざんしている。
そのことを知らない二人は、その発言を聞いて『まったくだ!』と同意した。
「ですよね! うち……いや、元、うちの会社か……の社長って、本当に横暴で自己中なんですよ!」
「そうそう! 取り巻きに囲まれて威張ってて偉そうにしてばっかりで! 一度天罰が下ればいいんですよ!」
自分の気持ちを分かってくれたと思ったのか、リグレは酒に酔いながらも、何度も頷いた。
「だよな、だよなあ? ……もう俺も会社クビになったしさ! いっそぶちのめしてやりてえなあ……社長って普段どこにいるんだよ?」
「え? 確か2階の奥、一番北の部屋ですよ? 最上階は社員のために開けているそうです」
「へえ、そうかあ……分かった、ありがとよ! じゃあな!」
そう言うと、リグレはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、つぶやいた。
(ケケケ、ニルセンの野郎……。俺がクビになったのも全部てめえのせいだ……! リザードマンは低温に弱いからな。俺の氷魔法でぶち殺してやるぜ!)
……因みに読者の方々はご存じと思うが、酒場で出会った二人が話している社長とは『リマ』のことである。
催眠アプリで操られたニルセンは、とっくに社長の座をリマに譲らされている。
リマにとって不運なことに、そのことをリグレは知らないまま『社長室の場所』だけを知ってしまった。
さらにリマにとって運が悪かったのは、エルフのご多分に漏れず、彼がウィザードの資格を所有しており、かつ彼の得意魔法が氷魔法だったということだ。
……そしてやけになったリグレはその翌日、社長室にむけて氷魔法をぶっ放したのである。
唯一リグレにとって幸いだったのは、寒さに弱い種族が社長室にいなかったことだ。
リマを含むその部屋にいたものは、誰も命を落とすことは無かった。
そして彼が『社長室にニルセンはいなかった』と知ったのは、リマともども逮捕されてからのことであった。
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