4-6 営業マンは、竜族にゲームを売る方法を考えたようです

俺はすぐに、自分の担当地域で一番売り上げ額が低い店に足を運んだ。

その店では、あまりやる気のなさそうな男性が、眠そうな目で新聞を読んでいた。

彼の種族は竜族だ。


「いらっしゃい。……ああ、あんたか」

「こんにちは!」

「お、おう……なんだ、今日は元気じゃないか」


俺は今まで、女性に対してはナンパな態度で、男性に対してはぞんざいな態度を取っていた。


だが、考えてみれば、このようなこと自体が、相手を不愉快にさせる行為であることなんて『気持ちを理解しようとする』必要すらない常識だ。


……そんな当たり前のことも出来なかったことに俺は自分が恥ずかしくなった。




「で、今日は何の用だ? 悪いが、まだオタクの商品を買うような余裕はないぞ?」

「いえ……。あの、すみません。今日、1時間だけこの店に居させてもらっていいですか?」


勿論、このことはクーゲル課長からは許可をもらっている。

店に迷惑さえかけないなら、市場調査のために時間を割いて構わないと。



「ん? まあ別に構わんが……理由を教えてくれるか?」

「このお店の、お客さんたちのことを理解しようと思うんですよ」

「うちの客をねえ……。ま、客なんてほとんど来ないから好きにしろよ」


そう言って店員は、また新聞を読み始めた。




(やっぱりこのあたりは……竜族の人が多いんだな……)


俺はまず、店の周りを軽く見まわした。

このあたりは「ドラゴンの谷」と言われるような場所であり、竜族が主な住民となっている。

店を見ると、首都圏に多いチェーン店などはなく、個人商店がいまだに多く点在している『昔ながらの街』という印象だ。

正直インキュバスの俺がここにいると結構浮いてしまう立場だ。




次に、俺は店に入る人や興味を持つ人たちに目を向けてみた。


(なるほど、買ってくれる客層は、やっぱりエルフが中心か……)


現在この世界では急成長しているゲーム業界だが、そもそもこの街にはゲームショップ自体があまりない。


この店に来る人も、エルフや人間が主な客層である。そしてメインの種族である竜族たちは、あまり関心がなさそうだった。



……だが、ここで俺はある違和感に気が付いた。


竜族の、特に子どもたちは興味深そうに店内の様子を見ている。

だが、親子連れのものは不安そうな表情でそこを立ち去っており、子どもだけのグループはどこか及び腰になっているような印象を受けたからだ。



彼らの態度、そして店員の仕事に向ける姿勢や、そもそも『この街そのものの特徴』から考えて、俺はこの店の売り上げが低い理由が掴めた気がして店主に尋ねた。



「あの……。竜族の方って……あまり新しいものが好きじゃないんじゃないですか?」

「え? ……ああ、恥ずかしい話だが、それはあるな」


店主もそう答えた。


「ワシら竜族は、エルフ以上に寿命が長いからな。ずーっと前からあるものをいつまでも使い続けることが多いんだ。その分、新しいものをみると不安になっちまうんだよ」

「やっぱり……」


近くにある店がどれも歴史がありそうであり、逆にチェーン店があまり繁盛していないのも同じ理由なのだろう。


「じゃあ、ゲームなんかも……」

「ああ、興味はあるみたいなんだが、どうも見たことないものは、怖いみたいでな。ワシも店舗は開いているが、正直、自分でやったことはほとんど無いんだよ」


やはりだ。

竜族の時間間隔では、コンテンツとしてゲームが登場したのは、極めて最近なのだろう。

それゆえに「新しいものへの恐怖」があり、手を出せないんだ。


そこで俺はある提案をした。



「あの……この店に、ゲーム機を一台置いていいですか?」

「ゲーム機を?」


店主は不思議そうな顔をして訊ねた。

それはそうだ。ゲームショップはゲームを売ることが本来の目的であって、ゲームは家に帰ってからプレイするのが常識だからだ。


俺は店の正面からすぐ見えるところを指さして言った。


「ここにゲーム機を置いて、こう書くんですよ。『一人一日10分まで無料で遊べます!』って。そうすれば興味を持ってくれる人も増えると思います」

「なるほど、ゲームの※試しプレイが出来るってことか」


(※若い読者には信じられないかもしれないが、昔はこんな風に、店内で『無料での体験プレイ』が出来るゲームショップが、日本にも存在していた)



「ええ、そうすれば興味があったけどやらなかった人たちもやると思うんです」


だが、その店主はまだ難しい顔をした。


「しかし、それをやったところで集まるか? 新聞を読んでいて思うが、ゲームってなんか難しいんだろ?」


やっぱり、彼もゲームに対して及び腰なのか。

そう思いながらも、俺は首を振る。


「確かに、最近はRPGが多いですから敷居が高く感じるでしょう。けど、誰でもできるようなゲームもあるんですよ。ちょっとやってみませんか?」

「ん? まあ、暇だからいいが……」



そう言って俺は持参したゲーム機を取り出した。

ジャンルは『落ちものゲーム』であり、極めてシンプルなものだ。


「ルールは簡単で、こうやって落ちてきた物をこうやって並べるだけです」

「ほう? ……む、この……」


最初は適当にやっていた店主だったが、次第に目つきが変わってきた。


なるほど、流石は高い知性を持つ竜族だ、あっという間にルールを理解し、初心者とは思えない速度でステージをクリアしていく。



「よし、だいぶ慣れてきたな。次のステージに……」

「はい、ここで10分です」

「なに、もう終わったのか?」


店主は驚いた表情でこちらを見やる。


「どうです、こういう『覚えることは少ないけど、やりこみがいがあるゲーム』は。あなた方竜族にはピッタリじゃないですか?」

「……ああ……。正直驚くくらい、ワシらの特性に合っているな……」


そう言いながら店主は驚いていた。

どうやら、俺の話にそうとう興味を……いや、うちの会社のゲームそのものに今までにない興味を引いたようだった。


「勿論、設置に関する手続きやゲーム機の手配はこちらがやるので、設置していいですか?」

「ああ、いいじゃないか! ワシもなんかちょっと、興味が出てきたぞ」



そう言った店主は、俺に握手を求めてきたので、俺はその手をがっしり握った。





その夜。


「ほう、そんなことがあったのか……」


俺はニルセンさんに、今日のいきさつを話した。


「流石インキュバスだな。人心掌握は得意ってわけか」

「いえ……。寧ろ俺が、今までできていなかったのを反省したから、ですよ……」


インキュバスは人の心の機微に敏感だと言われていたし、俺もそのつもりでいた。

だが、今日起きた様々な出来事は、それが単なる思い上がりであったことを嫌と言うほど思い知らされた。


「だが、それに気づいたのは第一歩だな」

「ですね。……俺の妻にも、同じように接することが出来ればよかったんだけどな……」

「ご主人様に妻を寝取られた件は、仮にお前が『理想の夫』でも起きたことだ。……あの催眠アプリは、誰も逆らうことが出来ないほどの力があるのだからな」

「……はい……」



そう言うと、俺は大皿に盛られた料理を見て、みんなに取り分けた。

流石にもう、食い尽くしと言う愚かな真似をするようなことはしない。




「だが、今日のことで分かっただろう? ……どんな状況になったって、人は生きていくための道を探せば、違った形で幸せはつかめるということだ」




隣にいたイグニスも、俺の肩を叩きながら、先ほど書いたと思われるイラストを見せてくれた。



このキャラは確か、以前流行したRPGゲームの主人公『ゼログ』だ。


今となってはすっかり時代遅れのゲームだったが、ストーリーやゲームバランスの良さ、そして『戦う月下氷人』とも呼ばれるほど、多くのカップルを作中でくっつけた彼の言動は、現在でも語り草になっている。



「そうそう。俺も……彼女のことはまだ忘れないけどさ。こんな風にイラストを描いて、それを人に見てもらえるのが楽しくてさ。それがあるから頑張れるってのはあるんだよ」


「僕もそうですよ! シナリオを書くの、もう最近手が止まらなくって!」


「だな。……それに、今こうしてお前たちと過ごすひと時も、案外私は気に入ってるんだ。以前やっていたバーベキューの時は……あれは完全に独りよがりだったからな」



そう、ニルセン社長はそう目を伏せた。

俺は半ばフォローをしようと考えながら、ロングロング・アゴーでの話を思い出した。




「バーベキュー、ですか……。俺も実はリグレの奴に毎週バーベキューに誘われたんですが……」





「「「うお、あのリグレにか?」」」




その発言に、3人は同時に驚いた。

……はあ、あの男、どんだけセントラル・クリエイトの人に迷惑かけてんだよ……。


「ええ。まあ大体想像はつくと思いますが、本当に最悪でしたよ。褒めておだててあげないと怒るし、仕事が上手く行ってないと八つ当たりされるし、かといって参加しないと翌日露骨に邪険にしてくるし……」


そういうと、3人は同情の目で俺を見つめてきた。


「……そりゃひどいな。よし、今日はリグレの奴の愚痴を肴に、たっぷり飲もうぜ?」

「賛成です、イグニスさん!」



イグニスは、貰い物と思われる高そうな酒をその後みんなに振舞ってくれた。



……ご主人様はここを「非モテハウス」なんていっていたけど、ここは思ったよりも、ずっと居心地がいい。


ここで楽しく支え合って過ごしながら、種族の特性や人の気持ち、そう言うのを理解できるようになっていこう。


そして会社の売り上げも挙げていきながら、会社と共に俺自身も成長していこう。

そう思いながら、俺はまたみんなの料理を取り分けた。

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