第2話

「あっ……、あん、……あ♡」

 彼と別れて十年ほどたった春の日の昼下り、わたくしは、ゆっくり、王弟ゲオルグ様を御導きしておりました。上に乗るわたくしの二つの大きな果実を、ゲオルグ様の御手が揉みしだいております。

「つぇ、ツェツィーリエ……」

 陛下の年の離れた末弟であらせられ、まだ二十代に差し掛かったばかりのゲオルグ様は余裕がないようでした。テノールの切羽詰まった御声が聞こえてまいります。

「っ、許してくれ……、我慢、できない……」

 ゲオルグ様の若緑の瞳がうっすらと涙を帯びてまいります。

「いけませんわ。まぁだ」

「ツェツィーリエ……」

 そうおっしゃりながら、なんとかわたくしの与える快感から逃れようともがき、しかし、快感に屈服して、ついにはわたくしのなかをすべてご自身で満たしきってしまったときのお姿といったら……! 大変愛らしい殿方。満足でございました。

 わたくしが陶然としているゲオルグ様の、汚れている下腹のあたりを濡れた布で丁寧に拭いておりますと、がたん、と几帳面な苛立ちを感じる物音が致しました。

 誰かが扉を開いたようです。二人ともあられのない姿をしております。わたくしは慣れていたので表情を変えずにいたのですが、ゲオルグ様は羞恥と不安と不愉快で、和やかな表情がいきなり御変わりになりました。

「お前達」、と入ってきたお方が声を掛けた直後、ゲオルグ様は捨て台詞を吐かれました。

「この女が誘惑してきたんだ!」

 そしてほとんど何もつけないまま、その場からお逃げになられました。あまりこのようなことはしたくないのですが、訂正させていただくと、ただ窓の外を眺めていたわたくしと二言三言言葉を交わした後、部屋へと無理やり連れて行き、わたくしの服を剥いだのはゲオルグ様でございます。

 仕方ございません。殿方ってそうじゃありません? 女性はそんなことをしないと、女性を神聖視するつもりもございませんが。

 わたくしの目の前に立っていたのは国王陛下でございました。アウグスト様と申されます。陛下は呆れたように、ソファから悠然と起き上がったわたくしのほうを見遣ります。

「ツェツィーリエ」

 その御声に、飼い猫の困った行動を叱るような響きがございました。

「そなた、とうとう余の弟すべてと関係を持ったな……」

 わたくしはこのアウグスト陛下の公妾をしております。でも、あちらの殿方、こちらの殿方と気が移ろってしまうものです。とはいうものの、わたくしが望んだんじゃありません。殿方がいつも無理強いなさるのだもの。最初は抵抗していたけれど、次第にあきらめがつよくなっていきました。それで、最近は愉しむことにしております。

 わたくしは陛下にお答えすることを控え、悠々と脱ぎ捨てた衣服を身に纏っておりますと、陛下が御止めになりました。わたくしを横抱きにして、寝台へとわたくしをうずめます。足を大きく開かされ、指で掻きだされました。

「本当にゲオルグ殿下は愛らしい方でございました」

「あまり火遊びしてくれるな」

「んふふ」

 そのまま、陛下の指や舌が、わたくしを丁寧に責めました。まだお年若く技量の乏しいゲオルグ様では得られなかった満足感が、わたくしを包み込みます。

「……ぁぁん、やっぱり陛下が一番……!」

 口走っておりますと、残念そうに陛下は仰います。

「だが、こんな生活も終わりだ。そなた、嫁に行け」

「は……い?」

 わたくしは起き上がりました。目の前の御方が何を仰っているかまったくもってわからなかったからです。

 この国ではやはり堅実な性格の処女が結婚相手として望まれます。というか、そうでなくてはなりません。わたくしのように男に脚を開くことで頭がいっぱいと思われている享楽的な女を妻に迎え入れてくれる殿方がありましょうか。節操のない屑だの何だのと言われるのが落ちですし、わたくしも自分を屑だと思っております。

 早く死んでしまったほうがいいのです。彼を奪い去った存在と対峙するなどできませんし、彼と会えないこの世の中が醜すぎて、早くいなくなりたいのです。

「王妃がな」、とわたくしの果実を本当に優しく揉みしだきながら、陛下がおっしゃいました。

「そなたをそろそろ嫁にやれとうるさい。余の弟全員ともだが、王妃の弟や兄とも関係を持っただろう。そのあたりからもう居た堪らないらしい」

「はあ……」

 あの、魅力の欠片もない地味なお方に嫌われたところで、痛くもかゆくもないのですが、わたくしの婚姻について口を出されるとはお節介な御方です。わたくしの何を理解しているのでしょうか。

 きっと王妃陛下が選んでこられた相手も、失礼ですが、つまらないお方に決まっています。

「お相手はどういう?」

 陛下がわたくしに覆いかぶさりながら、仰いました。

「兄が死んで家督を継ぐことになったため、僧院から戻ってくる男だ」

 ほら! 僧侶などつまらないに決まっております。

「名は、ユストゥス・フォン・リヒターフェルトという」

「……え」

 いきなり、泣き出したくなるほど心が焼けました。まるで砂漠で清らかな水をもらったときのように、その名を脳内でむさぼりました。ユストゥス。わたしのユストゥスが帰ってくる。

 わたくしのなかで陛下の槍が大暴れしたというのに、いつもと違って今一つ満足にこたえることが出来ませんでした。

 こんなあられもない姿を見られたら、真面目な彼は私を嫌うに決まっています。

 そう思うと、涙があふれました。ひさしぶりに羞恥というものを感じました。

「どうした。そんなに嫌なら、余がたまに『ご機嫌うかがい』してやるゆえ」

 そのねっとりした物言いに、ひっ、と背筋に蛆虫が走ったような気分になりました。

「あ、あの、どうしてもその御方でないといけませんか」

「まあ、リヒターフェルト侯爵は代々我が王家の忠臣だ」

 そんなに偉い家柄の御曹司だったのですね、ユストゥスは。だというのに、ただのしがない伯爵家の娘に優しくしてくれたのですね。

「だが、嫌ならほかの男でもいいが……」

 傍でユストゥスの顔を見る可能性を捨てるのも嫌でした。なので、わたくし、こう申し上げてしまったのです。

「じゃあ、そのお方で構いませんわ。そのお方がよろしゅうございます」

 わたくしは躱すように陛下から身体をずらしました。

「これは、頻繁に『ご機嫌うかがい』が必要かな」

 その言葉に、いつもなら陛下の腕に縋って喜ぶことが出来ますのに、今は喜べません。おぞましささえ感じます。ユストゥスがいながら誰かと何かをするということは想像するのさえ耐えられませんでした。

「大丈夫ですわ。わたくし、ちゃんと貞淑な妻をやれます」

「どうだか。ただ、余も家臣の妻に手を出すことは避けたい。公妾だったとはいえ」

 わたくしは身体を離されました。ぽん、と頭をひとつ撫でられました。

「そなた……強く生きろ。もう、これしか手がないのだ。ユストゥス・フォン・リヒターフェルトを見たが、なかなかいい若者であった。そなたを守ってくれよう」

 部屋に戻るよう仰せられましたので、わたくしは素直に自分の部屋へと戻りました。

 

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