第8話 山本院長の隠蔽工作

翌日、曇り空が広がる中、星陽総合病院の院長室では、山本 大和が一人、デスクに向かっていた。彼の前には、昨日の会議で話題となったメディカスの誤診に関する報告書が広げられていた。窓の外からは薄暗い光が差し込み、室内に重い影を落としている。


山本は報告書をじっと見つめ、深い溜息をついた。彼の顔には緊張と焦りが滲んでいた。「このままでは、病院の信頼が揺らぎかねない…」彼は低い声で呟いた。


その時、ドアがノックされ、秘書の伊藤が入ってきた。「山本院長、お話し中失礼します。三浦 蒼太さんがお見えです。」


「三浦が?」山本は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。「通してくれ。」


伊藤がドアを開けると、メディカスの開発元であるテクノメディカのCEO、三浦 蒼太が姿を現した。三浦はスーツ姿で、常に自信に満ちた表情を浮かべている。彼の瞳には冷たい光が宿っていた。


「山本院長、ご無沙汰しております。」三浦は軽く頭を下げ、微笑みを浮かべた。


「三浦さん、どうぞお掛けください。」山本は手で椅子を示しながら、招き入れた。


三浦が椅子に腰掛けると、山本は静かに話し始めた。「実は、メディカスに関する重大な問題が発生しました。昨日の誤診事件です。システムの精度に疑問が持たれています。」


「その件については既に聞いております。」三浦は冷静な口調で答えた。「しかし、我々としてはシステムに問題があるとは考えておりません。データの偏りや操作ミスが原因だと推測しています。」


山本は報告書を手に取り、三浦の前に差し出した。「ここに記されているデータによれば、システムに明らかな問題があることが示されています。これを公にするわけにはいきません。」


三浦は報告書を一瞥し、冷笑を浮かべた。「山本院長、お分かりの通り、私たちのシステムは市場で非常に高く評価されています。このような情報が外部に漏れれば、私たちの信頼が大きく揺らぎます。」


「しかし、患者の命がかかっています。」山本は真剣な表情で言った。「私たちの最優先は患者の安全であるべきです。」


三浦は一瞬の沈黙の後、冷静に言葉を続けた。「山本院長、私たちには責任がありますが、同時に病院の存続も考えなければなりません。報告書の内容を一部修正し、誤診の原因をシステム以外に求めることが得策ではないでしょうか。」


山本は困惑した表情を浮かべた。「つまり、データを改ざんしろと?」


「誤解しないでください。」三浦は微笑みを浮かべたまま続けた。「私たちは事実を隠蔽するのではなく、誤解を避けるために事実を適切に報告するのです。システムの問題ではなく、データの不備や操作ミスが原因だと報告することで、病院の信頼を守ることができます。」


山本は深い溜息をつき、デスクに置かれた報告書を見つめた。「それが最善の方法だとお考えですか?」


「そうです。」三浦は断言した。「病院とテクノメディカの信頼を守るためには、これが最善の策です。」


山本はしばらく考え込んだ後、静かに頷いた。「分かりました。報告書を修正し、誤診の原因をデータの不備と操作ミスにすることにしましょう。」


三浦は満足そうに微笑み、立ち上がった。「ご理解いただき、ありがとうございます。これで病院もテクノメディカも、さらなる信頼を築くことができるでしょう。」


山本は三浦を見送ると、デスクに戻り、報告書を修正する準備を始めた。彼の心には重い罪悪感が広がっていたが、病院の存続を守るためにこの決断を下さざるを得なかった。


窓の外では、曇り空がさらに暗さを増し、冷たい風が吹き始めていた。院長室の中で、山本は一人、デスクに向かって黙々と作業を続けていた。その背中には、病院を守るために戦う決意と、患者の命を軽んじることへの苦悩が交錯していた。


山本の心に刻まれた重圧は、これから始まる更なる困難を予感させるものだった。彼が選んだ道が正しいのかどうか、その答えはまだ見えていなかった。

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