閑話#2 愛菜の日常と、引きずり込みの裏側

  この回は本編ではなく、愛菜視点の話しです。実質#0みたいなもんです。

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 これは、椎菜の姉である、愛菜のごくごく普通の日常の話。


「あ、桜木さん、クライアントから連絡来てましたよ」

「え、ほんと? あとで確認しとく」


 会社内で昼食を摂っていると、同僚が連絡が来ていたことを教えてくれた。

 この時期ってなると……あぁ、サブキャラのことかな。


 あれは結構な自信作だけど……え、もしかしてダメだし? ダメだし貰っちゃう感じ?

 いやだなー、そうなったら。

 やり直しとか面倒だし……。


 ま、なるようになるでしょ。


「と、ところで桜木さん」

「ん、なに?」

「じ、実は、近くでいい店を見つけたんだけど、よかったら……」


 あぁ、なるほど食事のお誘いかぁ……。


「あー、ごめん、今日は予定あるんだよね」


 行く気はないし、どうでもいいから、私は申し訳なさそうな笑みを作って、そう答える。


「あ、そ、そう……じゃ、じゃあ仕方ないな! じゃ、じゃあ、俺はこれで」

「うん、ごめんねー」

「い、いいって! はぁ……」


 溜息を吐く同僚を見送り、いなくなったところで、ふぅ、と私も一息。


 正直、ああして誘ってくれるのは普通に嬉しいと言えば嬉しいんだけど、行く気がないこちらの身からすると、申し訳なさが先に来てしまう。

 だって、興味ないし。


 自分で言うのもなんだけど、私はまあ、モテる方だと思う。

 事実、高校時代はそれでいじめられたものだ。


 理由は……こう、クラスにイケメンな男子がいて、その男子が私によく話しかけて来るから、その男子に片思いをしていた女子に目を付けられて、って感じ。

 まあ、よくある理由と言えばそうかもしれないけど。


 田崎先生にも色々お世話になったし、途中から椎菜ちゃんのおかげで、吹っ切れて、あとはとあるVTuberを見て、私は一念発起。

 絶対見返してやるからな! あの性悪女! なんて思いながら、私は趣味だった同人誌とイラストの勉強を頑張りだした。


 それを冬コミで頒布したところ、たまたまいた今いる会社の社長にスカウトされた。

 いくつか内定をもらっていた当時の私は、どこの会社に行こうか迷ってもいたので、渡りに船だった私は、今の会社に入社。

 結果、仕事は順調。


 会社に入ってから二年後、私はふと、VTuberをやりたいな……と思い立ち、どうせだったらVTuberでもお金を稼ぎたい。そしてそれを椎菜ちゃんにこっそり貢ぐんだ! という目標を立て、どうせだったら新しい会社がいいんじゃないか、と思い、たまたま家からそこまで遠くなかったらいばーほーむに入った。


 そこからは、仕事をしつつ、同人誌を描き、そしてVTuberとしての活動を始め、二足の草鞋ではなく、三足の草鞋状態になった。

 まあ、仕事自体は基本的に在宅だし、納期も基本的に短いわけじゃないから問題も無い。

 同人活動は減ってもいるし、そう言う意味でもほとんど問題はない。


「桜木さーんっ! 助けてくださーい!」

「んー、どうしたの、赤見ちゃん」

「デザインでダメだしくらいました……」

「あちゃー、それは大変だ……」

「桜木さん助けて! ご飯奢りますからぁっ!」

「んー、まあ、私このあとは連絡確認するだけだし、まあ、少しだけだったら手伝ってあげるよ」

「ありがとうございますっ! ほんっとに助かりますっ!」

「いいよいいよ。ダメだしされた時の絶望感はよくわかるから」


 正直、あれはマジでしんどい……。

 いやまあ、仕方ないっちゃ仕方ないし、仕事だからね。

 そして何より、私たちクリエイターは妥協しちゃいけないから。


「うぅ、ほんとですよぉ……」

「じゃ、ちゃっちゃとやっちゃお!」

「え、お昼はいいんですか?」

「もう食べ終わってるからいいの! ほらほら、早くしないと、夜ご飯が遅くなっちゃうぞー?」

「あ、は、はいっ!」


 救世主でも見るかのような目で私を見る赤見ちゃんに苦笑しながら、デスクの方へ戻っていく。



「うぅ~~、彼氏欲しいよぉ~~~……」

「赤見ちゃん、飲みすぎじゃない?」

「だってぇ~~~っ」


 仕事を終えて、今は赤見ちゃんと一緒に食事中。

 まあ、食事と言ってもほとんど飲みに来てるようなものだけど。


 そんな赤見ちゃんは、目の前でお酒が入ったことにより、べろんべろんになっている。


 ちなみに、赤見ちゃんはこう、素朴な感じの可愛い人。一応一つ下。

 こう、ほっとする可愛さって感じで個人的に好感度は高い。


 あと、結構健気な所も大変よろしい。

 そのため、同じ部署だけでなく、他の部署でも密かに狙っている人もいるほどだ。


 多分……『あいつの魅力を知っているのは俺だけ』みたいに思われてるタイプ。

 もっとわかりやすく言えば、クラスで三番目くらいに人気のあるタイプって感じ?


「でも赤見ちゃん、結構モテてない? たまーに、食事に誘われるよね?」

「違うんですよぉ~~~、あいつら、みーんな体目当てだし……いいですよねぇ、桜木さんは。選り取り見取りで……」

「んー、そうは言うけど、私好きな人いるし」

「え!? 桜木さんに!? うっそー!?」

「ほんとほんと。だから、同僚とか上司に言い寄られても、困るだけでねぇ……」

「そうなんですかぁ~~……ちなみに、どんな人なんですか?」

「可愛い男の娘」

「え、桜木さんってショタコン……?」

「あー、どうなんだろ? たまたま一目惚れしたのが、その子だっただけだしね」


 ただまぁ、椎菜ちゃんって完璧な男の娘って感じだし……。


「はぇ~……うぅ、恋かぁ……いいなぁ……」

「まあでも、結ばれるかどうかは微妙だけどね。義理とはいえ姉弟だし」

「……え、今何かとんでもないこと言いませんでしたぁ!?」


 おっと、失言だった。

 まあでも、赤見ちゃんはお酒が入ると御しやすいし。


「あはは、私のことはいいから、赤見ちゃんのこと! 好みのタイプとかいないの?」

「……イケメンで高身長! とは言いませんけど……うーん、優男……?」

「範囲広いねぇ。もっとこう、ないの? 性格とか」

「そうですねぇ……浮気しないで、一途になってくれる人、かなぁ……あと、清潔感があると尚いいです」

「なるほどなるほど。まあ、浮気は当然嫌だよね」

「……死すべし」


 そう口にする赤見ちゃんの言葉には、呪詛が込められているようだった。

 何かあったんだろうか。


「赤見ちゃん、浮気関連で何かあったの?」

「……前に、私に言い寄って来た先輩いたじゃないですか」

「いたねー」

「あの人、彼女がいるのに私を口説いて来たんですよ」

「あー、そう言えば噂があったっけ。なるほどねぇ……」


 確か、葛木先輩だったかな。


 浮気癖があるって話だったけど……なるほど、私の友達である赤見ちゃんに、彼女がいる身で言い寄ってたってわけね。

 クズだねぇ。


「私、男運ないのかなぁ……」

「んー……別に会社に限定しなくても、マッチングアプリとかあるよね? あれはダメなの?」

「あれはなんかこう、体目当てでやる人が多いイメージが……」

「まあ、わからないでもないかなぁ」


 私も一時、試しでやってみたけど、すぐに食事に誘われたし、何より……そう言う系で誘われることもあった。

 中にはド直球に来た人もいたからね。

 このくらいの金額あげるから! って。

 椎菜ちゃん以外にこの体は許さないしね!


「あとは……何か新しい趣味を始めてみるとかもありだよ」

「趣味……そういうのもありなんですか?」

「ありあり。私だって、同人活動を始めたら知り合いも増えたしねー。もう今は仕事に専念しちゃってるけど」

「なるほど……趣味ですかぁ……うん! なにかやってみますっ!」

「そうそう、その意気! その調子で、彼氏を作っちゃお☆」

「はいっ! ……って、あれ? なんか今、彼氏を作っちゃおの部分、知ってるVTuberの声に似てた気がするんですけど」


 おっといけない。

 赤見ちゃんは私のファンだったんだっけ。


 たまーに、日常生活で出ちゃうんだよね、天空ひかりが。

 気を付けないと。


「最近の私の十八番でねー。モノマネだよ」

「結構多才ですよね、桜木さん……うぅ、羨ましい……」

「そう? 器用貧乏ってだけだと思うけどなー。それに、器用貧乏ってあんまり上手く行かないものだよ? それよりも、経験を積めば私を超えそうな赤見ちゃんの方が羨ましいよ」

「そ、そうですか?」

「うん。だって赤見ちゃん、一芸特化型だし」

「さ、桜木さんにそうやって褒められるのはなんだか嬉しいですね……」

「うんうん。素直に褒められておくよーに」


 なんて、二人で軽口を言い合いながら、楽しくお酒を飲んで(私は軽くだけど)、食べて、帰宅となりました。



「それじゃあ、おつひかー☆ また会おうねー☆」

【おつひかー!】

【おっつおっつ!】

【今日も狂ってたぞー!】

【おつひかー!】

「ふぅ……」


 帰宅後、配信を終えて一息。

 室内にあるのは、私が愛用しているPCとVTuberをやる上で欠かせない道具一式。

 室内はそこそこ暗い。


「んー……やっぱり楽しいねぇ」


 私がVTuberを始めてからもうすぐ二年。

 そして、世界一可愛く、そして私が愛してやまない弟の椎菜ちゃんと気軽に会えなくなって二年以上。

 最後に家に行ったのは……たしか、一年ちょっと前だったかな。


 ぐぬぬ、お父さんとお母さんめ……私が椎菜ちゃん大好きなことを知っててあの暴挙なんだもんなぁ。

 私が何をしたって言うのか!

 ただちょっと、椎菜ちゃんを抱きしめたり、一緒に寝たり、二人だけでおでかけを週一でしたりしてるだけなのに!


「はぁ……椎菜ちゃんに会いたいなぁ」


 日本に帰って来たら、絶対抗議してやる!


「第一、弟離れしろって言われても……私、椎菜ちゃん以外を好きになる気はないし……」


 私は昔いじめられていたし、そのいじめっ子たちを見返して今の地位にいる。

 けどそれは、椎菜ちゃんがいたからこその面が強い。


 椎菜ちゃんと初めて会った時のあの笑顔。

 あの笑顔に私は救われたし、あの笑顔と椎菜ちゃんが私を慕ってくれるだけで頑張れた。

 というか、あれが最高。

 まさか理想とする男の娘が目の前に現れるとは思ってなかったしね……。

 おかげで一発で惚れましたよ、私。


 高3の女子高生が、小6の男の娘に惚れるは結構ヤバいけど……けど! それでも姉としての矜持で踏みとどまったから!


 そんな今の私はデザイナーでありVTuberだ。

 おかげで、同年代に比べればかなり稼げてるし、生活も安定している。


 実はこっそり仕送りを椎菜ちゃんに送っているのは内緒だ。

 とはいっても、そのことはお父さんたちも知ってるんだけどね。


「はぁ、椎菜ちゃん……椎菜ちゃん椎菜ちゃん! もう、会ってぎゅってしたい! 匂い嗅ぎたい! 一緒に寝たい! ……はぁ……辛い……」


 私が演じる【天空ひかり】は可愛い。

 別にトーク力があるわけでもないが、時たま行うイラスト配信は受けるし、ゲーム配信もなんか知らないけど受ける。


 気が付けば登録者数は70万人を超え、近々80万人行きそうなほどだ。

 Youtuberが昨今の子供の間では、将来になりたい職業ランキングで上位をキープし続けている職業だ。

 だからと言って、ここまでの人数を誰もが取れるとは限らない。


 大多数が数人~数百人。

 四桁行けばかなりいい方じゃなかろうか。


 ましてや五桁行けばそれは人気と言われてもおかしくはない数字だ。

 そしてそこから10万を超えれば中堅。

 50万を超えれば大人気という具合だろう。

 100万人を超えれば超人気。

 そんな感じの世界で、私は70万人越えのVTuberをやらせてもらっている。


 私が所属するらいばーほーむは、頭のおかしい企業として知られている。

 なんせ、大抵が何かしらで狂っているからだ。


 私は……まあ、最初の自己紹介でエロ同人作家って書いたけど、別におかしなことじゃないと思うんだけどなぁ……。

 まあ、たつなちゃんには結構お叱りを受けてるけど。


 ピロン♪


「ん、事務所から? なんだろ……」

『お疲れ様です。少々連絡なのですが、実は近々三期生募集を考えております』

「へぇ~、やっと三期生募集するんだー。長かったなぁ」


 たしか、2021年5月にらいばーほーむが設立……で、2022年1月に二期生加入だから、かれこれ一年半くらいはなかったんだよねー。

 なにかあったのかな?


『それでなのですが、一つご相談と言いますか、愛菜さんの弟君である、桜木椎菜君を三期生のオーディションに来てもらいたいなと思っております。どうでしょうか?』


 あー、椎菜ちゃんかー。

 たしかに、椎菜ちゃんは人気出そうだなぁ、らいばーほーむなら。


 他の事務所ならわからないけど、椎菜ちゃんがもしライバーをやるなら、確実に癒し系になる事だろう。多分、年上とかすっごい堕とされると思う。


 らいばーほーむにいるまとも枠は、一期生のたつなちゃんと、二期生のデレーナちゃんの二名。他はみんな狂ってると言われてる。

 そんな中に、癒し系の椎菜ちゃんが入ったらどうか? まあ、人気は出るだろう。相対的に。


 けど、なんで椎菜ちゃんにオーディション話を……ってあぁ、たしか、前に椎菜ちゃんと柊君が作った実況動画も見せちゃってたっけ……あー、なるほどねぇ……。


 だけど……。


『お疲れ様です。たしかに、椎菜ちゃんなら人気出ると思いますが、あの子は目立とうとするタイプじゃないですし、何より……世の中の女性が椎菜ちゃんを狙うかもしれないッ……! ので、できればパスで。まあ、椎菜ちゃんがやりたいって言った日には、オーディションを受けさせてもいいと思ってます』

『承知いたしました。では、その様に致します。あぁ、もし他にも面白い方がいれば誘ってみてください』

『了解でーす』

「……椎菜ちゃんがVTuberかぁ……」


 ま、やるって言うわけないよね。

 椎菜ちゃんだもん。


 多分、


『ぶ、VTuber!? む、無理無理無理ぃ! 無理だよぉ~~っ!』


 って言うと思う。

 間違いない。

 私の椎菜ちゃんへの理解度は完璧だからね。


「ま、もし椎菜ちゃんがやる! って言うのなら……その時は、絶対にコラボしたいよねー」


 絶対に無いけど、と最後にそう付け足しながら、私はPCをシャットダウンさせて、就寝となりました。



 それから少しだけ時間が経ち……私の大好きな椎菜ちゃんが女の子になった。

 それも超可愛いロリ巨乳に!


 そんな椎菜ちゃんが電話をかけてきた理由は、自身が女の子になったことに対する報告と、VTuberに興味があるという物だった。

 まあ、興味があるって言った瞬間に、オーディションに突っ込むことを決めた私は、椎菜ちゃんとビデオ通話しつつ、事務所用のスマホでマネージャーに連絡。


『すみません! うちの椎菜ちゃんがVTuberに興味があるみたいなんで、オーディションに突っ込んでいいですか!?』

『本当ですか!? 承知致しました! 応募書類はありますか?』

『問題ないです! いつでも応募できるように作成しておいたので!』


 実はあのオーディション打診の日から、もしものことを考えて、椎菜ちゃんの応募書類を作っておいたのだ。

 音声等については、以前の実況動画で事足りているので問題なし!

 あと、この通話の音声、録音してあるからね!


『では、すぐにそちらを』

『了解でーす!』


 と、私は椎菜ちゃんと話しつつ、マネージャーと話しながら応募書類を送るという、マルチタスクをこなす。

 結果、一瞬で椎菜ちゃんは選考通過。

 椎菜ちゃんにその事実を告げたら、ツッコミの嵐だったけど……うんうん、椎菜ちゃんが今日も元気で何よりです!


 あぁ、この椎菜ちゃんのロリボイス最高……私、今なら戦争に突っ込んでも生き残れる気がして来た。

 やらないけど。


 ……いやでも、椎菜ちゃんにお願いされたらやるかもしれない。いや、かもじゃないね、やる、だね。うん。


 でも……ふふふ、椎菜ちゃんが合格したら、コラボが出来る!

 そうすれば、椎菜ちゃんという可愛さを布教できるぜー!


「フハハハハハ! 待っていろ我が視聴者たち! そして、らいばーほーむファンとVTuber好きぃ! 椎菜ちゃんという逸材にひれ伏させてやるからなー☆」


 通話を終えた私は、部屋で一人、そんなことを叫ぶのでした。

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