その後の顛末
あの部屋にいた全員は保護され、しかるべき場所へと送られた。
アンリがその後聞いた話では、ベレットは終身刑に処されるそうだった。刑が確定したら、二度と会うことはできないらしい。
それを知らされた晩、アンリはひとりでこっそり泣いた。
面会は一度だけ許可され、アンリはすぐにその機会を使うことにした。
そうして再会したベレットは一気に老け込んだように見えて、アンリは、訳も分からず笑った。
「お父さん」
そう呼ぶと、彼の瞳に光が戻った。アンリは戸惑いながらも、「僕は怒っています」と、少しずつ、胸の内を取り出していく。
彼と面会できる間に、話し合わなければいけないことが、たくさんあった。
「お父さんが、そういうことを企てなければ、僕たちは今頃、普通に親子をやれていました」
「ああ」
「あなたは、全然僕を、僕たちを見ていなかった。最低の夫で、最低の父親です」
「ああ」
「お母さんも、ずっと苦しんでいました。全部、あなたのせいだ」
「ああ……」
アンリは目じりから流れる涙を掌で拭いつつ、「あなたは最低で、最悪だ」と吐き捨てる。
「二度と、会いたくない。万が一あなたが恩赦されたとしても、僕は、会いたくない」
「ああ。それがいい」
ベレットは穏やかに頷いた。そして、くしゃりと顔を歪める。どこかアンリと似た表情だった。
「今まで、すまなかった」
アンリはとうとう我慢できなくて、机に突っ伏す。肩を震わせ、声をあげて泣いた。ベレットの目にも涙が光り、アンリへと手が伸ばされた。
その手は監視役に阻まれ、ベレットは顔を歪ませる。アンリは無理に顔をあげて、なんとか笑った。
涙は熱く流れて、でも、この人が最後に見る自分は、笑顔がよかった。
二度と会いたくないけれど、それでもアンリにとっては。たった一人の、父親だ。
「ざまあみろ」
その言葉に、ベレットは「そうだな」と、涙ながらに頷いた。
こうして、アンリはベレットに、別れを告げた。
侯爵家はとり潰しになり、アンリは本当に、平民として生きていくことになる。
レオナードとは、あれ以来会えていない。ひとまずジョンと一緒に搬入された病院で、アンリはのんびり治療を受けていた。
「お前って、一体なんなんだよ」
ジョンがベッドに寝そべりながら、藪から棒に言う。アンリは目を瞬かせた。
魔力が切れて衰弱していたアンリと、腕の骨折が悪化していたジョン。どちらも、全治三か月程度と告知されていた。
それが完治するとされている日は、ほど近い。来週には本当に治っているかの検査をして、異常がなければ退院だ。
「さあ。普通の人だと思うけど」
「そういうことじゃねぇよ」
吐き捨てるジョンは、少しすっきりした顔をしている。
ベレット侯爵家は、もうなくなった。二人を縛るしがらみは、もうないのだ。
アンリはジョンのベッドに座り、身を乗り出す。
「ねえ、ジョン。提案があるんだ」
「……聞くだけ聞いてやる」
その言葉が嬉しくて、アンリの声がわずかに弾んだ。これから話すことは、あまり楽しいことでもないのだけれど。
「王家から、口止め料として、それなりにお金をもらっただろう」
「ああ。あれな」
ベレットとの顛末について、アンリたちは、語ることを一切許されていない。
とはいえ王族の暗殺を目論んでいたのだから、殺されても文句は言えない。それをこうして生かしてもらって、その上治療を受けさせてもらっているのは、かなりの温情をもらっていると言えた。
「だいぶいい条件だっただろ。それがどうしたのか」
うん、とアンリは頷いて、「でも」と続ける。
「いつこの待遇がひっくり返されるか、分からないじゃないか。だから、逃げようと思って」
「続けろ」
「このお金で、遠くへ行って、そこで一緒に暮らそうよ」
はあ? と、ジョンの顔が盛大にしかめられる。だけどそれが、嫌な感情だけを表現しているわけではないと、アンリはもう分かっていた。
「お前、頭大丈夫か。俺と一緒に?」
「きみ以外にいるわけないだろ」
アンリはそう言って、軽やかに立ち上がる。
二人とも随分回復していた。退院も、もうすぐだ。
ジョンはアンリの顔色をうかがうように、ちらちらと視線をこちらへ向ける。
「……いや。話が急すぎる。理由を説明しろ」
「うん」
アンリは、つとめて明るく笑って見せる。引き出しから、一通の封筒を取り出した。
「こんな手紙が来てたんだ」
それは、王城への出頭命令だった。ジョンは目を眇め、アンリと顔を見合わせる。アンリは、それを再び引き出しへしまった。
「なんで、わざわざ僕たちを呼びだすんだろう。こんな末端の人間たちだよ」
「そりゃあ、お前がベレットの息子だからじゃないのか」
うーん、とアンリは唸る。
「ちょっと考えたんだけど、これ、厄介ごとに巻き込まれかけてない?」
「……一から説明しろ。一から、丁寧にだ」
ジョンはあぐらをかいて、アンリの話を聞く体勢に入った。
アンリは頷き、ひとつひとつ、理由を辿っていく。
「まず王様は、僕たちを殺すつもりはない。そうするつもりだったら、わざわざ治療なんか受けさせない」
うんうん、とジョンは頷いた。
「だったら、逃げる必要なんてないだろ」
「それがね」
アンリがもう一通の手紙を取り出す。それは、他の高位貴族からのものだった。
「僕、こういうところからスカウトが来ていて。うちの養子にならないか、って」
ジョンが、きなくささに顔をしかめる。ね、とアンリは頷いた。
「生かしておいてくれているけど、このままここで暮らし続けるわけにはいかなさそうなんだ。出頭したら出頭したで、いろんなことに巻き込まれるんじゃないかな」
「めんどくせ~」
あからさまに顔をしかめるジョンに、アンリは「ねえ」と、顔をのぞきこむ。
「ジョンって、田舎暮らしに興味はある?」
彼は長いため息をついた。顔を手で覆って、「なくはない」と呻く。
そうこなくっちゃ、とアンリは頷いた。
こうしてその日の晩のうちに、二人はこっそり病院を抜け出した。アンリは迷って、形見のピアスだけ、見える位置に置いていった。
大切なものだ。アンリの存在そのものだ。
だからレオナードの手元に渡ればいい、なんて、夢見がちで甘ったるい感傷を閉じ込める。
それにアンリは、これまでのことを、すべて捨てるのだ。思い出のよすがなんて、いらない。
駅で終点までの切符を買い、あてもなく夜行列車に乗った。列車の狭い座席に並んで、二人はやっと一息つく。
「どこで暮らすつもりなんだ」
「そうだね」
アンリが挙げたのは、魔獣が多く生息する危険地帯だ。治安も悪く、王侯貴族であれど、二人を見つけるのは難しいだろう。
ジョンは顔をしかめて、その後に「俺たちにはお似合いか」とため息をついた。
「あーあ。人生、ついてねぇな」
「それは僕の台詞だよ」
そうだな。二人は顔を見合わせて、笑い合った。アンリは窓の外をみやって、頬杖をつく。夜景がどんどん流れていって、街は遠ざかっていった。
ジョンは「だけどよ」と、遠慮がちに口を開く。
「……あの王子さまのことは、よかったのか」
「うん。これでいい」
アンリは躊躇わずに頷く。これでいい、ともう一度繰り返した。
「僕には、これで十分だ」
「いや、お前の満足度の話じゃない」
え? と、アンリは首を傾げた。ジョンはといえば、何かに怯えるように辺りを見渡している。
「お前、夜道には気をつけろよ」
「うん? ジョンもね」
「あと自己満足もいい加減にしろ。俺はもう、知らん」
何を言っているのか分からない。首を傾げるアンリに、ジョンは呆れたようにため息をついた。
「あの王子様との件について、俺はお前を守ってやれないからな」
「えへへ」
「なんで笑うんだよ……」
「それ以外からは守ってくれるんだ?」
「バカ言え。お前も俺を守れよ」
こうして二人を乗せた列車は、遠くへ向かった。
だからその後、レオナードがどれほど荒れたかは、二人の知らないことである。
二人は新天地で家を持ち、そこで汗水を垂らして働いた。
アンリは、念願だった魔道具技師になることができた。資金を貯めて、自らの店を構えることになる。
ジョンは、自らの腕っぷしを頼りに、魔獣狩りの職を得た。腕利きの狩人として、その土地に名を馳せることになる。
こうして二人は同じ家に住んで、新しい土地で身を寄せ合いながら、末永く幸せに暮らしましたとさ。
……こんなところで物語が終わるわけがないと、二人が思い知るのは、実に十年後のことだった。
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いつも読んでくださってありがとうございます!
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完結まであと少しですが、よければ最後までお付き合いください。
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