一方その頃レオナードは

 アンリが消えた。

 レオナードは荒れた。


 常に浮かべていた端正な笑みは影も形もない。授業へ出席し、終わればすぐに帰る。それ以外はほとんど、あの旧図書室で過ごしていた。

 気づけば、レオナードはアンリの面影を求めてばかりいる。もはや、誰もレオナードへ媚びを売らない。婚約者を気取っていた女子も、その取り巻き立ちも近寄らない。

 この上なく身軽で、このまま消えてしまいそうだと、他人事のように思っていた。実際にそんなことがあるわけもなく、レオナードの評判が落ちるばかりだった。


 レオナード自身、自分の気持ちが理解できない。どうして、アンリがいなくなっただけで、こんなに自暴自棄になってしまうのだろう。こんなに王族としてふさわしくない行いばかりをして。

 こんな体たらくを見たら、アンリはなんと思うのだろう。自責の最中ですら、アンリのことを思い出している。


「殿下、いい加減になさってください」


 従者の叱責はまるで届かない。口答えすらしないレオナードに、彼は深くため息をついた。

 レオナードは、アンリが読んでいた本を広げている。理解できやしないのに、文字を目で追っていた。

 殿下、と、従者が労わるように言う。


「……最近、あまり寝られていないでしょう。あなたはお疲れなのです」

「分かっている」


 固い声に、従者は眉を曇らせた。

 こんなレオナードは、今まで見たことがない。


「一時の感情に、惑わされてはなりません」

「今が苦しいんだ」


 噛みあわない返答をして、レオナードは自らの胸元を掴んだ。乾いた唇から長い吐息が漏れる。

 見かねたリリアが「お義父さま」と従者を退け、レオナードの隣へ強引に座る。レオナードはのっそりとリリアを見た。

 そして容赦なく、可憐な唇を開く。


「あなたは王族なのよ。落ち込んで、自分の思うがままに振る舞っていい立場じゃないの。分かる?」


 痛いところを突かれた、と言わんばかりにレオナードの顔が歪んだ。リリアはさらに追い打ちをかけるよう、言葉を続ける。


「たった一人がいなくなった程度でそんなになるんだったら、あなたに王族の資格はないわ。しゃんとしなさい」


 その言葉に、レオナードの目に輝きが戻る。そうだ、と彼はおもむろに顔をあげた。


「そうだ。うん。姉さんの言う通りだ」


 ぼさぼさの金髪を手でかき混ぜて、レオナードは「そうだった」と繰り返す。


「そ、そうよ」


 言葉をかけた当の本人は、いきなり立ち直ったレオナードに身体を引いて顔を引きつらせる。従者は目を瞬かせつつ、生気の戻ったレオナードにほっとした表情をした。

 レオナードは髪を手櫛でとかし、にこりと微笑む。


「分かったよ。二人とも、今まですまなかった」


 少し調子が戻ってきたらしいレオナードに、従者の二人はほっと胸をなでおろした。

 一方レオナードといえば、全く違うことを考えていた。


(王族をやめれば、この身一つでアンリを追いかけられるのか)


 少年らしい無鉄砲さで、王族らしからぬ身勝手さで、彼は夢見るようにちいさな窓を見た。今どこにいるかも、生きているかも分からないアンリ。


(好きだって言いたい、好きだと言ってほしい、……ずっと俺の側にいると、言質を取ってやりたい)


 アンリのいないところで、レオナードの欲望が肥大していく。黒くねばついた願いが、レオナードの胸に根を張っていく。


(絶対に見つけて、捕まえてやる。死んでも逃がしてやらない)


 紫の瞳がくらく輝き、彼は椅子を引いて立ち上がった。

 そのためになら、生きていたいと思う。

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